昨夜はブログ記事アップ後、日付が変わってからの入浴。私より後に部屋に戻り、1時過ぎに電気を消したかと思うと、夫はすぐに気持ちよさそうな寝息を立て始めた。こちらは何やら眠れない。
次第に夫の寝息が鼾に変わっていく。手のひらの自律神経のツボを押してみても、深呼吸をしながらシャヴァーサナの態勢をとってみても、ダメである。トロリとして気づけば朝のスマホアラームが鳴る。寝不足である。
相変わらず過保護の親ではあるが、息子がきちんと起きているかLINEで確認後、朝湯へ。さっと入ってあがったが、空いていて良かった。
部屋で、コンビニで調達した朝食をぱぱっと頂く。フロントに降りて1日乗車券をゲットする。外は曇天。予報では夜から雨とのこと。昨日はあんなにいいお天気だったのに、少しひんやりする。ジャケットで出かける予定だったけれど、コートとストールにする。フロントには白人系とインド系の外国人ツアー客が2組ほど出発を待っている。大通りには大型バスが待ち構えている。
今日は午前中、思い切って予約したmikaさんのヘアサロンでシャンプー・カット&teateである。少し早めにホテルを出て地下鉄に乗ったら予定より1台前。さらに私鉄に乗り換えたらこれもうまくいって、どうにも早く着き過ぎてしまいそう。
私鉄のフリー切符があることが車内で分かり、途中駅で降りて購入。これでうまく時間調整が出来た。サロンの最寄り駅に到着し、夫と2人でお散歩方々ゆっくりと歩く。のどかで静かな風景である。
途中の川べりは桜並木。既に葉桜になっているが、数日前まではとても綺麗だったろうな、と歩く。サロンが入るビルを見つけ、ここで少し時間調整をしてから夫と別れ、施術後に、嵐山駅で合流することにした。
ブログ等の写真通りの美しいmikaさんが笑顔で迎えてくださる。同性なのにちょっとドキドキしてしまう吸い込まれそうな綺麗な瞳だ。
2015年夏、毎日新聞の三輪記者がmikaさんと私、もう一人、ステージⅣの患者の記事を掲載された。その三輪さんは2年前の5月、悲しいことに同じ乳がんで旅立ってしまわれている。
mikaさんが出演されたTVも拝見したし、書かれた本も読ませて頂いた。それ以来、ブログも長く拝見していたので、お目にかかったことがないのにもかかわらず、何やら一方的に旧知の方のように思っていた。私自身は諦め悪くしぶとく治療を続けてきて今があるのだけれど、潔く無治療の道を選んだmikaさんに、是非一度お目にかかりたかった。
その念願が叶い、美容師であるmikaさんにシャンプーとセットでハンドケア“teate”をお願いすることとなった。これまで沢山の方たちにハンドリフレやマッサージ等をして頂いてきたが、彼女の手はふっくらして温かく、けれど、とても芯のあるエネルギーを感じる実に“いい”手だった。
極上のハンドケアについウトウトしそうになり、ああ、勿体ない、と思ってしまう相変わらずの貧乏性である。こちらのとりとめのない話を聴いて頂いた後は、シャンプー台へ。これまた丁寧な、そして強すぎず、弱すぎずの丁度良い塩梅、リズミカルなシャンプーの手技に癒された。
思えば、もう四半世紀以上同じ美容院に通い、ほぼ同じスタイリストにお願いしているが、コロナ禍後は、あまり長く触れない方がいいですよね、という会社の方針なのか、シャンプーもマッサージもかつてに比べて随分あっさり短くなってしまった。
久しぶりに満足いくシャンプーで頭が軽くなる。続いて、ご夫君であるオーナーのカットである。最初のカウンセリングから、腑に落ちるいいアドバイスを色々頂く。いつものサロンの担当Jさんにカットして頂いてから40日ほど経過し、それなりに伸びている。
そもそも4回も脱毛していて、毛質がその都度変わっている。加齢のせいだけでなく、ボリュームもすっかり貧弱になっているので、つむじが目立つのも悩みの一つ。そのあたりも上手にカバーしてくださり、トップにボリュームを持たせつつ毛先を遊ばせ、サイドをすっきりさせて、とても満足でお洒落な仕上がり。
時計を見れば予定時間よりも随分オーバー、最初から最後までお二人を独占、サロン貸し切りという贅沢な時間を堪能した。ああ、近かったら毎月通うのに・・・と思う。これが最初で最後かな、との思いでサロンに入ったというのに、帰りには「また伺いたいです・・・」と言ってしまっている私である。
夫や息子にと、珈琲のお土産まで有難く頂戴し、オーナーにツーショットの記念写真を撮って頂いた。
そして夫が待つ嵐山駅を目指す。たった2駅違いで、あれほど静かだったサロンの最寄り駅とは別世界の異次元空間。ホームからごった返している。マスクをしていない白人系、アジア系の人たちの色々な言語が入り乱れている。やけに目立つ着物姿のカップルも日本人なのか外国人なのか不明である。やっと夫の姿を見つけて、合流。
夫はこの間、鹿王院を観た後、隣の駅で下車して車折神社を参拝し、嵐山駅まで移動してお昼の予約等しておいてくれたようだ。
先日TVで紹介されていたお蕎麦屋さんが2時間待ちだったそうで、とりあえず名前を書いておいたという。訊けばその時間まであと30分ほど。抜かされているかもしれないけれど、とダメ元で行ってみたら、もうすぐです、とのこと。ラッキー。
明治の日本画家・川村曼州画伯が居を設けたという地にあるこちらのお店は、渡月橋を眼前に臨む絶好のロケーション。普段は頂かないお蕎麦を2種類、半量で頂く。揚げたての天ぷらはサクサク、蕎麦湯も濃厚でコクがあり美味しかった。それにしても、両脇も斜め前も全て外国人観光客。いやはや、ここは早く脱出した方がよさそうだ。・・・と言いつつ、桜餅に目がない夫は隣のお店で、餡なしの桜餅とあんころ餅をセットで頂いている。私はお腹一杯なので、申し訳ないけれど一口味見をしておしまい。
お腹一杯の中、再び私鉄に乗って、御室仁和寺へ向かう。そう、2014年春、息子の大学入学式の後、この嵐電嵐山線に乗り、まさに満開、まさに盛りの桜のトンネルを走ってから9年が経った。あの時、この景色は忘れない、でももう来ることはないだろう、と思ったのだけれど、こうして生きているのが本当に不思議である。
さすがに今回は大分葉桜になっていたけれど、まだ十分楽しむことが出来た。
次の目的地、花まつりの最中の御室仁和寺はとんでもない混雑である。御室桜とミツバツツジが丁度見頃のマークである。この後もあれこれ予定があるので、これも見ると90分かかるという霊宝館は諦めて、御所庭園と花まつり特別入山の2か所にする。
まずは888年宇多天皇による創建、格式ある世界遺産「旧御室御所」からスタート。五重塔を臨む庭園は美しいが、改修中の箇所がちょっと残念。あたかも原宿の歩行者天国のごとく混雑した南庭、書院等渡り廊下を歩くと、すっかり人疲れしてしまう。
御所を出て、石段を上り、坂道を上がり、遅咲きの御室桜の林をスノコに沿って歩く。根元から枝を張り、樹高が低いのが特徴だという御室桜は、ソメイヨシノに比べて花が大輪だ。皆立ち止まって写真を撮るので、なかなか進まない。1時間ほど滞在して、さすがに草臥れる。
お寺の前からバスで息子がお世話になった大学へと向かう。途中で学部キャンパスが茨木に変わったので、入学式の年に行って以来だが、夫は父母会役員等を務めたせいで何度も訪れており、この地に詳しく色々良く覚えている。新年度の平日、新入生歓迎のブースがあちこちにあるが、既に夕方でキャンパスは静かだ。生協もどこも閉まっている。桜も葉桜。息子の学部があった棟をのぞいたら、別の事務室になっていた。
そして、入学式の後に、枝垂れ桜の美しさに目を見張った平野神社に寄る。大分曇っていて冷えてきている。10日が桜花祭という張り紙があるが、桜は既に散り始めている。かなり草臥れ、喉も乾いているのでカフェを探すが、どこもクローズ。仕方なく、バス停までテクテクと歩く。
息子がお世話になった寮があった西陣近辺で下車。晴明神社を目指すが、既に6時。門が閉まっていて残念ながらお参りは出来ず、写真撮影のみに留める。急に腹痛になり、コンビニで赤青ヨーグルト等を調達してお手洗いをお借りする始末。出先でこれでは本当に困る。
職人さんに上生菓子をその場で作って頂き、お抹茶と一緒に賞味出来る和菓子屋さんにも良く通った。ここにも立ち寄りたかったけれど、夕飯の予約の時間を考えると、ここでお茶をする時間もない。そうこうしているうちに雨がポツポツ降り出す。
息子が以前お世話になった寮の前で写真を撮る。予約した隠れ家中華のお店の予約時間までまだ40分近くある。夫が電話をすると、もう準備は出来ていますとのことで、早めに入店することが叶った。
ここのお料理は何を頂いてもとても美味しくて、息子と3人で、そして母も一緒に1度、合わせると5,6回は通っただろうか。
8年ぶりであるが、変わらずそこにあり、変わらぬ美味しさだった。夫は紹興酒をロックで、私は桃のジュースを氷なしで乾杯。残念ながら2人なのでそう多くの品数も頼めず、欲張って頼んだ麺は食べきれずごめんなさいだった。それでも豆乳の杏仁豆腐は別腹で夫とシェアして、お店を後にした。
雨の中、バスで地下鉄の駅まで移動して、無事ホテルに戻ってきた。明日の朝までと思った雨はなんだか長引くようである。
夫は綺麗に整えられたベッドでプロ野球を観ながらお夕寝。起きたと思ったら、早速mikaさんから頂戴した珈琲を美味しそうに頂いている。
息子から「〇〇はどこにある?」という電話があったけれど、なんとか無事でやっているようだ。明日からは都心駅で研修勤務が開始するという。頑張ってほしいものである。
今日の万歩計も16,000歩超え。明日はSさんのオンライン瞑想ヨーガ4月初回、ホテルの部屋から参加予定である。