ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2010.6.25 褒めて育てる

2010-06-25 18:47:43 | 日記
 人は育てられたようにしか育てられない、と聞いたことがある。
 だからこそ虐待は繰り返す、という悲劇も生まれるのだろう。わが身の子育てを振り返り、本当にそうだ、と思う。

 自分の子どもの頃を思い出すと、哀しいことにあまり褒められて育った記憶がない。「そんなんじゃダメだ!」といつも言われることで、逆に「なにくそ・・・」と思ってなんとか褒めてもらえるように頑張ってきたように思う。今思えば、厳しくしつけられたことで結果として良かったこともあるけれど、明るい嬉しい思い出があまりないのも確かだ。

 一人っ子だったから、家族の中で他の兄弟姉妹と比べられる、ということはなかったけれど、容姿端麗でなんでも器用に上手に出来た年上の従姉と比べられることが子供心にとても辛かった。両親からはいつも「なぜか私たち二人の悪い所ばかり似て、いい所を似ればもっとずっと可愛かったのに・・・」と言われていた。 不細工だから勉強だけは頑張らなくては・・・、と真剣に悩んでいたこともある。もちろん親も親戚もそれほど深い意味をもって言っていなかったのだろう、と今になれば思うけれど、残酷である。

 両親の目が届くので、いつも逃げ場がなかった。
 特に父にはいつも「愚図で鈍臭くて不器用で無造作だ。」と言われていた。その父が折に触れて母に「お前が何もさせないからだめなんだ。」と言うのを聞いて育った。両親とも末っ子だったし、我が家は核家族だったので、他に行き場がないから、親に見放されたら・・・、といつも親の顔色を窺って大人のご機嫌をとろうとする嫌な子供だった。祖父母の家に遊びに行っても外孫かつ一番ちびの味噌っかすだったから、「あんたどこの子だっけ?」と言われる始末。

 もちろん子供心にはとても傷ついており、私は鈍臭くて無造作でダメなんだ、と思って長いこと委縮していたのも事実だ。今思えば、子供なんてものは当然のことながら、大人に比べて不器用で無造作で無神経なものなのだけれど、(大人より器用で造作がしっかりしていて神経が細やかだったら子供らしさなんかかけらもないではないか!)一人っ子だと身近に比較できる子供がいないから、親も子供のレベルでものが考えられなくなる。子供のほうは子供のほうで、周りが大人ばかりだから耳年増になって、実際には何もできない割に口ぶりだけは生意気に一丁前になり、実像とのギャップでますます分が悪くなるのだろう。

 それでも年を重ねていくにつれ、他の皆が皆、私よりずっと器用で気が利いていて私より何でもできる、というわけでもなさそうだな・・・、と気付いた。だいぶ大きくなってからだったけれど。自分のペースでやればいいじゃない、と肩の力が抜けると、とても楽になったし、だんだんと自信もついていった。

 そんな育ちをしたので、何の心配もない自慢のお兄ちゃん!と崇められ、初孫の内孫として祖父母からも父母からも全面的に肯定されて育ってきた夫とは、どうもわが子である息子に対しての接し方に大きな違いを感じる。

 両親にとってもある程度年をとってからようやく授かった一人娘。彼らにとっては最初で最後の子育てだった。
 一人っ子だと、親が亡き後、兄弟姉妹に頼ることも出来ず、自分一人でしっかりして生きていかなければならない、そういう子どもに育てなければならないという気負いのようなもの、絶対に失敗は出来ない、という切羽詰まった気持ちが両親にもあったのだろう。一人っ子イコール我儘で自分勝手、そういうレッテルを張られないように人一倍厳しくきつく仕込んだのだろう、とも思う。

 私も今、祖母になる年まで生きていられないであろうという焦りとともにその思いを強くしているので、実によくわかる。自分がいなくなっても他人様から笑われずに、他人様に迷惑をかけずにきちんと前を向いて生きていってくれなくては困る、と。まあちゃんとしてくれないと、後で笑われるのは私なんだから・・・、という気持はそれほどないけれど。

 特に息子のような“なんとかもおだてりゃ木に登る”タイプは間違いなく褒めて育てないとだめだ、ということが頭では分かっている。それなのにどうしても自分が育てられたときのように「(これじゃあだめだ、君はもっときちんと、ちゃんと出来るはずなのだから)もっと頑張れ!もっとしっかり!」と言ってしまう。

 「ママはちっとも褒めてくれない・・・」と言われる。
 ちゃんとやって当たり前で、ダメなときだけしっかり怒られる、それでは確かに大人だってやる気がなくなる、そんなこともよくわかっているはずなのに。大人だって褒められたいのだから。好きな人に認めてもらいたい。当然のことだ。

 “褒めて育てる”を心していきたいと思う。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2010.6.24 今年の夏休み

2010-06-24 21:39:30 | 日記
 夫と息子が初めて2人だけで長期の鉄道旅行に出かけたのは、4年少し前、息子が小学校5年になる春休みのことだった。寝台特急サンライズ瀬戸に乗り、松山で坊ちゃん電車に乗り、岡山で路面電車に乗るという3泊4日の旅だった。
 鉄ちゃんの息子としては、自分が乗りたかった電車にたくさん乗れて、口うるさい母がいなくて、父と2人の男同士での旅行はスナック菓子も食べ放題で、その後の歯磨き等も含めて結構ゆるくて、それはそれは楽しかったようだ。夫も初めての息子の2人旅だったから最初は不安だったようだが、とてもいい思い出が出来た模様。

 それまでは珍しい電車、綺麗な特急電車等に乗るために、北は北海道、南は九州まで3人で駆け回っていた。まだ息子は小さかったから、好きな路線全線乗車とか寝台特急を含めて朝から晩まで1日中電車に乗る、というようなマニアックな旅のしかたではなく、親主導のスケジュールで、特急電車に1区間でも乗れればOK、一緒にピースして写真に映ればOK、適当に観光も込みで、というレベルだったけれど。

 その後、すぐに中学受験準備となってしまい、その間はさすがに長期鉄道旅行どころではなかったが、何とか進学する中学も決まり、私の再発治療も無事開始され、ということで、スポンサー(私)の一言で再開した。子ども料金最後の旅は、富山・福井と北陸で路面電車を堪能し、京都から帰京する旅だった。(それにしてもこの段階までは現在の所要経費を思えば、実にリーズナブルだった。)

 2年半前に再発が判明したのと同時に、今後は寝台列車等に揺られてひたすら朝から晩まで電車に乗り、食事は昼も夜も駅弁、という旅行に同行することは、残念だけれどとても体力が持たない、とあきらめた。そして、その頃は結構真剣に(あと何年一緒に過ごせるかわからないけれど、ママ・ボーイだった息子がこれからは私抜きでも夫と2人でずっと仲良くやっていってほしい。そのために、2人で一緒に旅行をして、男同士で沢山素晴らしい思い出を作って、なんとか2人だけの生活にソフトランディングできるよう備えてほしい。)と強く思っていた。

 せっかく時間とお金をかけて実現させるオーダーメイドの旅行である。そのまま行きっぱなしではそれこそもったいないので、その都度きちんと旅行記という形で残し(私が2人の旅先での様子を知るためにもとても重要な作業であり)、これまで部活で年2回発行される冊子に掲載してきた。
 中1の夏は青春18切符で豊橋・浜松へ、冬は博多から熊本へ。中2の夏は北斗星で北海道へ、そしてこの春は最後の寝台特急で北陸へ、とひたすら乗り鉄、撮り鉄、食べ鉄を楽しんでいる。

 こうしてブログを書いていても実感するが、やはり記録しておくことは大切だと思う。その時、いくら鮮明に感じ、経験したことも時が経てば必ず風化する。それでも記憶が新鮮なうちに書きとめておけば、必ず当時のことを思い返すことができるのだから。

 旅行記を息子にタイピングさせると時間が何時間あっても足りないので、彼の口述筆記を私がPCで書きとめて、原稿にしてきた。今年は中3になり、その冊子の編集長を仰せつかったそうだ。自分の原稿も自分で作れないのに他の部員の原稿の世話まで本当に大丈夫か、結局こちらにお鉢が回ってくるのでは、それだけは勘弁してほしい・・・と今からくらくらしている。

 今年の夏、2人は東北方面に8日間の旅行の予定をたてていた。ちょうど東北三大祭の時期に行くというのに、ほとんどそれを見る時間もなく朝から晩まで電車に乗る予定だったようだ。
 が、先日テストが返されて、本人の口から「旅行なんて行っている場合じゃない。夏休みは勉強する。」とのセリフが出た。確かにもう後がない崖っぷちの点数ではあったけれど。夫としては既にいろいろ予定をたてて宿の手配もすべて終わっていたので、なんとか連れて行きたかった様子だったが。

 そうはいっても夏休み中毎日勉強だけしているわけにもいかないし、私は相変わらず休みの残りが少なく、しかも夏休みも毎週の通院に振り替える予定で、楽しみな予定は何もなく・・・、ではちょっと可哀想だと思ってくれたのか、土日を挟んで以前から一度泊まってみたかった近場の宿に家族3人で出かけることになった。

 そんなわけで今年の夏休みは長期の鉄道旅行はお預け。それでも息子は夫から「部活の冊子のネタに青春18切符で1泊の旅行くらいなら付き合ってやる。」と言われているようだ。

 来年、ちゃんと高校生になっていたら今年と同じスケジュールの旅を是非実現させてほしいものだ。
 その時には私も往復飛行機で、体力を温存しつつも、夫の郷里の墓参りも兼ねて数日だけでも合流したいと思っている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2010.6.23 ハーセプチン98回目

2010-06-23 19:31:31 | 治療日記
 今日も朝から土砂降りの雨。案の定最寄り駅では電車が遅れており、乗換駅でも1台遅れの電車になった。内科受付後、「中待合へどうぞ」の受付番号ランプが付くまでに1時間。さらに診察室に入るまで30分ほど待った。

 先生とは先週お目にかかっていなかったので、先週来ひいている風邪についてもざっとご報告。相変わらずしつこい咳と鼻水が残っている。
 先週金曜日に撮影したCTの結果は、前回までのレントゲンで見つかっていた左右1箇所ずつの影が各々大きく濃くなっている以外、新しい病変は見つからなかった。前回の画像と比べると、両肺の影は確かにもやもやとしていたものがよりはっきり写っているし、薄かったものも濃く写っていた。
 先生がおっしゃるには、こちらに転院してきたときのように両肺の複数の病変を心配していたが、問題なしとのこと。また、胸部の痛み等があるため皮下組織の病変も心配していたが、それも問題なし。骨も肝臓等の内臓にも新しい変化は何も出ていないということで、「このまま予定通りヒスロンで継続治療していくことに問題なしと考える。」ということだった。今のところ、ヒスロンの副作用である食欲増進、ムーンフェイスは出ていない。「まあこれからでしょう。」とのこと。ちょっとがっかり。

 処置室に移動すると、「少なくともあと1時間半は点滴椅子が空かない」ということで、院内レストランで早めの昼食をとった。隣に座っていた赤ちゃんをあやしてしまった。恥ずかしがりつつ、こちらを意識してちらちらと見る男の赤ちゃんが可愛い。

 12時半前に戻り、1時前から予定通りハーセプチンスタート。点滴薬の指示表の年齢がしっかり49歳0ヶ月になっていたので、看護師さんに「しっかり加算されたんですよ。」と言うと、「あら、実は私、今日誕生日なんです。」とのこと。「先生も6月生まれでしたよね。」と6月生まれ談義をしてしまった。

 今日は待ち時間がたっぷりあったので4冊読めた。
 1冊目は高橋克徳+河合太介+永田稔+渡部幹さんの『不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか』(講談社現代新書)。本当にいずこも同じなのだ、と思う。誰しもが“ギスギスした職場”が増えていると感じているのは事実なのだろう。もちろん、今更成果主義を否定するつもりはないし、年功序列を礼賛するわけではないし、派遣等さまざまな働き方がなくなるとも思えないが、やはり組織力とは『個人の力』と『個人間のつながり』の掛け算なのだろう、と実感する。隣は何をする人ぞでは、あれだけの長い時間を過ごす職場があまりに哀しい。評価軸が「業績」という一軸だけになっていることもそうだ。会社には多様な能力が集まり、多様な協力があるからこそ全体としてうまく回っていく。自分を認知しない個人、組織、社会に対して人は愛情を弱める。・・・など本当に頷きつつ一揆加勢に読んだ。
 2冊目は姜尚中さんの『悩む力』(集英社新書)。「私たちは100年前の漱石やウエーバーと同じ壁にぶつかっている!」と帯にあったが、漱石の小説をふんだんに例に取りながら論を進めてあった。久しぶりに若い頃に読んだ漱石の三部作等を読み直してみようか、と思った。それにしても漱石は50歳で亡くなっているのだった。またまた我が身を振り返り、下を向いてしまう。「何が生きる力になるのか」の項では「たぶん、お金や学歴、地位や仕事上の成功といったものは、最終的には人が生きる力にはなりきれない。力になるものとは何かと問うていくと、それは究極的には個人の内面の充足、すわなち自我、心の問題に帰結すると思う。」にはとても同感する。
 3冊目は三浦展さんの『下流大学が日本を滅ぼす!-ひよわな“お客様”世代の増殖(ベスト新書)』。ここまで本音で喋っていいのでしょうか、というくらい一刀両断な語りおろしだった。確かに大学の非常勤講師の扱いは酷いよな、と思う。そしてやはり大学は決して義務教育機関ではないし、万人が行く必要のある所ではないと思う。「可能性のある沢山の子どもを学校も親もつぶしている。大人たちは子どもを座敷犬のように育て、社会や自然から隔離している。それよりなにより、自分の足で地面を歩き、生きていく力を育てないといけないのではないか、」と実にもっともなあとがきであった。
 4冊目は手持ちがなくなったので、病院の本棚から桐野夏生さんの『柔らかな頬(上)』(文春文庫)。平成11年の直木賞受賞作。この頃は本当に子育てだけで読書をしていなかった、と実感。それにしても通院疲れも気にせず帰りの電車内まで一気に読んでしまい、下巻がないのがとてもストレス。やはり買ってくれば良かった、と後悔先に立たず。

 病院を出るときには雨は小降りになっていた。それにしても蒸し暑く体力を消耗する気候だ。最寄り駅にたどり着いたのはいつもの終業時間になった。1日がかりの通院日であった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2010.6.22 これ以上必要なもの

2010-06-22 20:14:26 | 映画
 先日、息子と一緒に「プリンス・オブ・ペルシャ 時間の砂」という映画を観た。
 もともとRPGゲームから出来上がったストーリーだったとのこと。モロッコで撮影されており、広大な砂漠等の風景はとても美しかったし、主人公のまるでモモンガと見まがうようなアクロバット的な一挙手一投足にもアドレナリン全開状態で十分楽しめた。

 終わって「興奮したね。面白かったね。」と言い合ったけれど、その後の、息子の一言に「いい所に目をつけてるな・・・」と感心した。

 王の座が欲しいがために裏切りを試みた国王の弟(王子たちの叔父)に対して、かつて孤児であり、王の養子になった王子(主人公)が問いただすシーン。「“家族に愛されて、権力があり、何不自由ない生活があって、一体これ以上何が必要なのか。”って言ってたよね・・・」と。

 本当にそうなのだ、と思う。幸せのハードルを上げるのも下げるのも本当に自分次第。十分幸せであるのに、いつの間にかもっともっと・・・と地位も名誉も権威も欲しくなる。それがたとえ身を滅ぼすものになるかもしれなくても。
 もちろん何の野心もないことが素晴らしいとは決して言わないけれど、まず、自分の足元がきちんとしていること、自分の足できちんと立って自分で生活していけること、支えてくれる家族がいて、友人がいて。それ以上必要なものとは一体何なのか。

 それを思えば、仕事があり、好きなことがあり、語り合える友人がいて、家族にも支えられている私は、確かに病気を抱えていて思うに任せないこと、出来ないこともあるけれど、それでも今、やはり十分幸せだ、と思う。

 そして本当はもっともっと息子にも夫にも優しく接しなければ・・・と思っている。
 例え学校のテストの点が悪かろうが、クラスが下がろうが、元気に学校に行ってくれていることだけで十分、自分にとって本当に大切なものが何か、今、自分は何をなすべきか、ということがいずれきちんと捉えられるようになれればいいじゃない・・・とも思っている。

 それなのに、気がつけば(目の黒いうちに言っておかなくては・・・)と、ついつい小言が先に出てしまい、険悪な雰囲気になることの繰り返し。
 情けなくも日々自己嫌悪に陥っている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2010.6.20 プチ虹のサロン開催

2010-06-20 20:41:06 | あけぼの会
 今日はあけぼの会の虹のサロンでご一緒したKさん、Sさんとのランチ会に出かけた。当初は「4人でお会いしましょう。」とお約束していたのだが、もうお一人のSさんから、「先日隣家からのもらい火で家が焼けてしまい、欠席です。」という本当に突然のお知らせを頂いていたこともあり、Sさんのお見舞いの相談も兼ねて3人での開催とあいなった。
 ランチは、新宿に最近開店したカジュアルフレンチのお店で。11時のオープンからなんと3時半まで延々4時間半。最初から最後までいたのは私たち3人のみだった。本当によくもこんなに次から次へとお話が出来る、と自分でも驚くくらい。病気のことはもちろん、家族、子ども、姑のこと、お墓のことまで実に多岐に渡る話題で時間を忘れて盛り上がった。

 これまで虹のサロンは2時間限定開催。参加者がたいてい10人以上の大人数なので一巡の自己紹介をしたところでほぼ終わってしまい、なんだか話し足りない感じでの名残惜しい解散になるのだが、今日は本当に思う存分お話が出来、子どもへの処し方などについてもとても勉強になった。なんと子どもが通学する学校には共通の知人もいたり、ということで不思議なご縁も感じた。

 東京支部の活動が休止になってしまったので、これからはなかなかお会いできないのか、ととても残念に思っていたが、とにかく来月も「プチ虹のサロン」開催候補日を決めて、今後も連絡を取り合うことにした。

 Sさんのその後の詳しいご様子もわからないので、とても心配だ。ご両親はもちろん、ご自身に疲れが出てしまい治療等に影響が出ないことを祈るばかりだ。

 おりしも今日は父の日。
 息子から頼まれたプレゼントも買い求め、私からも1品追加。今日のお留守番と夕食当番にも心より感謝を込めてケーキを買って帰宅した。

 今日は往復で1冊読んだ。川上弘美・小池真理子・篠田節子・乃南アサ・よしもとばななさん著・新潮社編『恋愛小説』(新潮文庫)。“人気女性作家が熟成させた、心と体にしみわたる5色のヴィンテージ”という裏表紙のとおり5編とも楽しめた。小池さんの「夏の吐息」にはある日突然姿を消した夫への身も心も千切れそうな切ないまでの想い、篠田さんの「夜のジンファンデル」には、かつての異国の地でのアクシデントが時間を超えてこんな展開になるのか、と引き込まれてしまい、特に印象に残った。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする