goo blog サービス終了のお知らせ 

Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

土筆(134)

2018-07-19 11:13:04 | 日記

 そうかと孫は俯き呟くと、

「でも、まだ死んだと決まった訳じゃないんだろう。」

と、じっちゃん、ほら、僕らの世界でも戦後何十年か経って発見された人もいたじゃないか、やり手のじっちゃんの事だもの、何処か南の島にでも流れ着いて、飄々と自活して暮らしているんじゃないかな、誰かに発見されるのを気長に待ってさ。そう彼は祖父を慰めるように冗談めかして言うと、祖父ににやりと笑って見せました。

『じっちゃんがそんななら、この世界、俺は尚更いない訳だ。』

彼は納得するのでした。

 「それで、あの子は何で亡くなったんだい?」

祖父は思い付いた様に疑問に思っていた事を孫に尋ねてみます。ああ、と、孫は事も無げに言いました。

「首の骨が、折れていたそうだ。」

祖父は悲壮な顔をして眉をしかめました。

「あんな小さな子が…、また何でそんな事になったんだい。」

理由は分からないけど、と、孫は答えます。

「なってしまった物は仕方ないじゃないか、お医者様がそう言っていたんだから。」

あんな小さな子のか細い首なんて、何かあればポキンで一たまりも無いさ。内心とは反対に、さばさばとこう素っ気なく言って、彼は自身の内にある可なりの動揺を発散して紛らせているかの様でした。

 『この時点迄に僕があの子に会ってさえいれば…』

こんな事にはならなかったんだ。そうすれば相手も手加減して殴ったんだろうに。彼女の首も折れる程迄には行かなかっただろうにと、彼はそんな事を考えてこの世界の蛍さんを大層不憫に思ったのでした。


土筆(133)

2018-07-19 10:37:27 | 日記

 「存在?」

と孫は応じて、存在していたと言うとと、ああそうかと頷きました。

 「もう亡くなっていたの?」と、じっちゃんと彼は思わず祖父を見やって心配そうにその顔色を窺います。いや、

「否、存在はしていたんだが、ほれ、此処の世界の戦争は相当に長引いたという話だっただろう。」

こう祖父が言うと、うんと孫は相槌を打ちます。

 「しかし、新型爆弾が開発され無かったから、そのお陰で憂慮するような汚染が全く無く、また、戦争が長引いた分人の数は大量に減ったって言ってたな、その為人の手が足りない此処では人工物が減って、自然は本来の野生状態に近くなり、空気も綺麗だし、一旦爆撃で傷んだ大地もその後は回復傾向、自然に草木が芽吹いて土地は滋養に溢れて来ているという話だった。」

 旅行者然として、2人はこの土地の人々からこの世界の情報を集めて来たのです。此処では戦後10年程が過ぎ、大抵の人々の暮らしは未だかなり貧しかったのですが、大気は澄み、人も動植物も元気に生育できる自然な環境の世界となっていました。その為でしょう、ナチュラリストの祖父は現在まで、此処について知る程にこの世界が至って気に入って来ていたのでした。

 「去りがたい。」

去りがたい場所だと祖父は嘆息し、遂に自分自身からは言い出しにくかったこの世界の自分の事を口にするのでした。

「出生して行方不明になり、全く消息が分からなくなってしまい、未だその儘なんだそうだ。」

今でも生死不明だと、役場の人はこの世界の私の事を話していたな。親戚が尋ねて来たのは初めてという事だった。祖父は元気なくそこ迄言うと口を噤みました。


土筆(132)

2018-07-17 10:11:09 | 日記

   僕がいなければあの子はこの時点でもう存在しなくなるんだ。もしこの世界に僕が存在していても、あの子と出会わずにいれば社会的な今の僕は無いんだ、多分ね。これが因縁というものなんだ。

「他の誰でも無い、僕達2人の因縁なんだよ。」

彼は何かしら悟った調子で感慨深く嘆息するのでした。

 「こうなったら仕様が無い、あっちは断るよ。」

いよいよ引導を渡す時期が来たんだ。本当に長かったけれど今が潮時だ。

「仕様が無い。」

彼はそう呟くと祖父を見やりました。

「こうと決めたら事を急ごう。」

そう祖父を促し、彼は何となく気の乗らな風な素振りの祖父を背後に従えると、2人道から姿を消し去ったのでした。

 「祖父ちゃんは自分に会ったのかい?」

孫の言葉に祖父はまあなぁと呟きます。「へぇ、どんなだった?」と彼が祖父に尋ねると、祖父はまぁなぁと繰り返し、気乗りしなさそうな声を発していましたが、「まぁ、存在はしていたんだよ。」と答えます。


土筆(131)

2018-07-17 10:06:37 | 日記

  「この世界はもう出よう。」

孫の言葉に祖父は頷きました。

「ここは此処で良い世界だったがなぁ。」

祖父の言葉に孫は答えます。

「最初から少し妙だと思っていたんだ。」

「此処は人も少なくて空気も綺麗だ。太陽も元気そうだし。前の所よりはよっぽどいいと思ったがなぁ。」

祖父はこの地が去りがたく、しみじみとこの時代を懐かしんでいる風でした。

「誰もじいちゃんに気付かなかったし、あの場面で僕の話も出なかっただろ。」

孫の言葉にああと祖父は相槌を打ちました。

「確かにな、他では皆私に気付いたし、あの時お前の事も話題にしていたな。」

多分と年若い方の男性は話します。

   多分、この世界では僕とあの子は出会ってないんだよ。もしかすると、僕自身も存在していない世界なのかもしれない。だとしたら、 僕とあの子が出会って関わり合いを持つのは、僕達の存在にとっては必然だったのかもしれない。そして僕がこの道に進む事になったのも、僕が存在していた世界では当然な事だったんだ。