土筆(136)
「考えというか、…」と、彼は口籠りました。彼のこれから言い出す答えが祖父には気に入らないだろう事は、彼には前以て想像がついていました。「…これから先は、僕と同じ研究室の優......
雨模様の今週初めです。家で少しのんびりしています。
土筆(136)
「考えというか、…」と、彼は口籠りました。彼のこれから言い出す答えが祖父には気に入らないだろう事は、彼には前以て想像がついていました。「…これから先は、僕と同じ研究室の優......
雨模様の今週初めです。家で少しのんびりしています。
ああ、この前話したが、あれは私にはそう言っていた。
「あの子のこれまでの人生で、お前に叩かれたのが一番の嫌な思い出だそうだ。」
祖父のこの言葉に、「そんな、…」祖母は思ってもいなかった真実を突然告げられた形になり、彼女は事ここに置いて酷い衝撃を受け、その為放心状態の体となった。
「あの子の為に、」「心を鬼にして、」「感謝されこそすれ恨まれていたなんて、…」等々。祖母の震えるような声がうわ言の様に繰り返されると、力ない彼女の声が私のいる場所に迄伝わって来る。
「恨むまでは、…行っていないと、思うがなぁ。」
祖父は何やら考えながら妻に言った。彼はふっと嘆息気味に息を吐いたが、
「まぁ、子供の事はその親に任せるのが一番良いんじゃないのかね。」
と結論した。
「流石、父さん、男同士だなぁ。」
父の喜ぶ声が仏間から聞こえた。祖母はそれっきり声を発しなかった。私の所へは父と祖父の朗らかな声が伝わって来るのみとなった。
その後の2、3日は、スパルタ教育の言葉と、情操教育、自由思想、等々の言葉が、主に父と祖母の間の話に取り交わされていた。私には全く意味が分からず聞き流すだけの言葉だった。が、祖母はご近所の馬鹿息子、ドラ息子、あれをご覧、親が叱らないから、甘やかすから、等々、あんなになるのだ。と言う言葉は理解出来た。
しかしなぁ母さん、今はそういう思想なんだ。子供本位なんだ。個人主義だ。等、父は大学出の学のある所で自身の母に思う存分に知識を披露していた。挙句、私は祖母が一人、肩を落として彼女の鏡台の前にペタンと座り込み、静かに目頭を押さえている姿を見るに至った。それは幼い私の目で見ても、祖母が悲しみに沈んで泣き伏している姿としか見えなかった。
「お祖母ちゃん、何か悲しい事があったの?」
私はその祖母の姿に、こう声を掛けずにはいられなかった。繰り返し問い掛ける私の声に、祖母は何も返事をして来ない。到頭私は自分の声が彼女に聞こえていないのだろうと一人合点すると、祖母の連れ合いである祖父に祖母の現状を訴えに行った。祖父は私の話を聞くと、やはり祖母同様肩を落とした。は~っとばかりに深々と溜息を吐いた。
「今頃、人生の今頃になってこういう目に遭うとは。」
もう終わりも近付いて来る今頃になって…。嘆息気味にこう言葉を漏らすと、祖父も何やら目頭を熱くしているようで、我が家の現状を全く理解できない私には、家では何事が起こっているのだろうと唯々不思議に思うばかりだった。
その人の、明らかに泣いている姿をはっきりと見なかったとはいえ、どちらかと言うと祖父の目の方が厚ぼったく赤くなり腫れているのを現実に私は目にする事になった。
「お祖父ちゃんの目、目の周りが変!。」
祖父の目の周囲の皮膚が赤くなりたるむ様に腫れていた。私にはその祖父の、常には見た事が無い異常な皮膚のたるみと紅色が、祖父が何か悪い病気に罹患している事の発露である様に見えた。私は祖父の身を案じるあまり、祖父は医者に行った方が良い、父か祖母が祖父を医者に連れて行った方が良い、と、繰り返し声を大にすると、周囲の家族に訴えずにはいられない状態へと追い込まれて行った。この時の祖父の目は、『恰も李を二つつけたよう…』という、あの物語の例えの状態にも匹敵するように誰にも見受けられただろう。
土筆(132)
僕がいなければあの子はこの時点でもう存在しなくなるんだ。もしこの世界に僕が存在していても、あの子と出会わずにいれば社会的な今の僕は無いんだ、多分ね。これが因縁というものなんだ......
昔の文章は、ほんの1年前なんですが、まずいなぁと思う個所が有りますね。
以前、自費出版した「めいぷるしろっぷ」、本の在庫がまだあります。
ご希望の方は、書店でお取り寄せなさってくださいね。沢山の方に読んでいただけると嬉しいです。
1月ほど前、6月の在庫数です。今日届きました。
遅くなりましたが。ご購入いただいた皆様にはどうもありがとうございました。
重ねてお礼申し上げます。
「うまい事言うねぇ、知ちゃんはお利口さんだね。」
何時もならこう言ってくれる祖母が、急にしんとしたような気配である。その静けさに、私は祖母の顔を見上げじいっとその顔を窺うと、何やら何時に無く彼女の目は細い。更によくよく見るとその蟀谷には青筋が走っているようだ。その内顔色も青ざめて来た。
「お祖母ちゃん具合が悪いの?。」
私の質問には答えず、ふいっと祖母は私から顔を背けて次の間へと向かうと、
「四郎、四郎はいないのか。」
と父の名を呼んで息子の姿を探し始めた。父は家中にいるはずなのだが、何故か返事が無い。私は首を傾げた。
祖母は彼女の息子の名を呼びながら各部屋のあちらこちらと覗き込み、遂にその姿を探して仏間へと向かった。すると、障子の陰を覗き込んだ祖母がやっぱりと言った。お前そこにいたんだね。と言うと、祖母は足早に仏間へと姿を消した。
すると、「まぁ、見つかったならしょうがないがな。」「お前、何で隠れるんだい。」と父と祖母のやり合う声が少々聞こえて来た。その声で私は父が仏間にいる事を確信した。
父は聞こえていたんだと言う。だからこうなると思って、ここにそのままいたのだ。と、ぼそぼそ内緒話の様に祖母に言っているらしかった。祖母は次に甲高く、
「お前さん、お前さん、何処にいるの、ちょっとこっちに来ておくれ。」
と、祖父を呼んだ。祖父は玄関先から私の目の前に現れた。彼は何事かという風にちらりと私の顔色を見て、「如何したんだい?。」と尋ねたが、祖母が早くこっちへと急ぎ呼ぶものだから、私の返事も聞かずにやはり足早に仏間へと姿を消した。
私は仏間の様子に聞き耳を立てていたが、その時の大人の話は殆ど理解できなかった。
「どう思います、お父さん。」
祖母の聞く声が大きく聞こえた。この「お父さん」は祖父の事だなと私は思った。そして、祖母は何かに腹を立てているのだという事が分かった。
「まぁ、ご時世が違うんだろう。」
祖父の声は穏やかだ。そして普段よりは力の無い声だと感じた。その後はまぁお父さん、と祖母の何やら不満気な声が続き、
「私は子供達に、お姑さんにこんな事は言わせませんでしたよ。」
と、何やら改まった声になり、祖母の声が醸し出す雰囲気は何やら手厳しい物に変わった。
叩きなさい。子供は叩かないと駄目になって仕舞うよ。等々、聞こえて来る祖母の懸命な声に、『何処の子供の話なのだろう?、気の毒に。』と、何時も家族にちやほやと甘やかされていた私は、自も明らかにそうだと感じていたので、この家に生まれた自身の身の幸福を感じていた。
何しろ、この頃の私と来たら、何をしても、どんな馬鹿気た事を言っても、「まぁ、知ちゃんたら、…。」と家の大人が皆にこやかに愛想笑いしてくれる事を知っていた。しかし、家が昔からそうだった訳では無く、如何いう訳かある日を境に家の大人が私への対応を緩和したのだ。それ迄は礼儀作法、箸の上げ下げに至るまで可なり厳しかった。大人の態度が緩んでから、ある日私はこの何をしても叱られないという事態に気付いた。そこで時には態と悪戯し、惚けた事を言って見せたりしてみた。が、本当に家の大人は誰一人私を叱らないのだ。出来ないのだと馬鹿にしたりもしない。それで私は益々自分は甘やかされ可愛がられている子なのだという確信を深めた。
「だがなぁ…。」
父の声である。今時スパルタ教育など古いという話だ、そんな事を言っている。皆がそうなのに、あの子だけ時代遅れに育つのもなぁという意見のようだ。
「スパルタの何処がいけない、あの子は立派に育ちましたよ。」
あの子を見てごらん。そう祖母は言って、ここで父と祖母の話の間に祖父が割って入った。
「その子だがなぁ、一郎の事だろう。」
祖父はそう確認すると、祖母はそうだと言い。父はそう思って聞いていたと言う。
「あの子はああ育ちたくなかったそうだ。」
と、ここで祖母の「えっ!」と驚く声が上がった。一郎が?あの子が?、と信じられないという感じの声だ。