新たな住居に移り住んだことで、母が服薬を間違うリスクはほぼなくなった。
ちゃんと食事を摂ること、そしてその前後に正しく多種の薬を間違わないで飲むこと。
それが大事。
今後はメリーポピンズみたいにとてもきっちり正確で、おきれいで、大きな声で母に話しかける方々が、母の服薬をばっちり管理してくれる。
A spoonful of sugar helps the medicine go down♪
The medicine go down♪
The medicine go down♪
(懐かしい! 余談ですが、学生時代の私はジュリー・アンドリュースのファンクラブ会員だったのでした)
閑話休題。
そんなわけで、これからは母の服薬も食事もきっちり行われるはず。
で、前回の記事で書いたように、私は関西から深夜バスで鎌倉へ戻った。
しかしその数日後のこと。
実は私は再び三田市へ向かったのでした。
母の転居という行為が終わると、今度はその後始末やそれに係る用事が発生するからだ。
これは、母が借りていた家の清算。屋内の点検があり、敷金から修理費や掃除の費用を差し引かれ、その残りが返金されることになる。
水道、ガス、電気、ケーブルテレビ(←こちらに電話も含む)を停止する。
私の休日に全部対応してくれるなら私がやるが、対応してくれないところもありそれは妻にやってもらう。
水道局なんて完全に役所であり、対応時間は限られる。
新たに母が住む家の契約はとっくに済ませてあるが、住むとなると火災保険の契約や、高齢者向けのレンタルベッド、手すりなどの契約が発生し、それを私が替わって行う。
いずれもわずかな契約だ。しかしそれでも私が三田市で各業者さんと契約手続きをすることになる。
一番大がかりだったのは母のリハビリ会議。
新しい母の住宅は大きな私立病院の経営である。広大な病院の敷地内に母が住む住宅、病院の各棟、デイケアサービスセンターもあって、それらにやって来る人のための大きな駐車場もある。
母はその敷地内で住宅からデイケアサービスセンターに通ってリハビリに努めることとなる。
今の母は独力で歩行可能だが、若干ながら困難があり、病院治療と並行して行うリハビリでその困難を改善する。
また歩行の困難が原因で昨年転倒したが、その際に脱臼してしまっており、そのリハビリも行う。
これがその計画書だ(↓)。
母が住む住宅施設のスタッフ、デイケア施設のスタッフ、ケアマネージャー、福祉用具スタッフ、ヘルパーさん達、それに私と母。
総勢ぴったり10人が一斉に集まり、今後の母のリハビリ計画を、上の画像の計画書にそって確認する会議だ。
中心になるのはケアマネージャーさん。少数派の男性。すでに母はこのケアマネさんにすっかりお世話になっている。
こんなことしたら、大変なカネがかかると思う人もいるかもしれない。
そんなことはないのだ。この住宅はいわゆる「サ高住」(サービス付高齢者住宅)で、基礎となる料金は年金で賄えるようなものになっている。いろいろと付帯サービスやリハビリや治療が必要となるが、母の状態は「要介護2」なので、介護保険でかなりの部分が賄われてしまう。
そういったことをどう組み合わせて使えば良いかを、知識豊富なケアマネさんがあれこれ考えてくれるので、私はそのアイデアをお借りするだけだ。
さて、まだやっていなかったのが転居手続き。
三田市役所へ母と行き、市内の転居届を出す。
合わせて新たな住民票をもらう。
それを持って銀行2つを回る。
なんと、銀行印や一部の通帳も紛失していることがすでに発覚しており、それらの手続きも済ませ再発行。
役所や銀行の手続きはやたら時間がかかる。
やっと終わったと思ったら銀行から電話があった。書類の徴収漏れだとか。
また母を連れて銀行に立ち寄る。
新しい家の中で、小さなソファやそれに合うテーブルや掃除機や掛布団カバーが新たに必要なことがわかる。
それらは全部、現地(三田市)滞在中にスマホからamazonプライムで注文し、翌日には届いた。
あとはトイレット・ペーパーだとか、マウスウォッシュだとか、こまごましたものを現地ドラッグストアで調達。
その他に、今わかっているものでは、タオル掛けが要るんだなぁ・・・、どうしようか?
********************************************************
ケアマネさんから携帯を母に持たせてくれとたのまれた。
ガラケーって今もかろうじて生産されている。
電話機能があればよい母にとって、あまりに多くの機能が詰め込まれたスマホは不要。
私の母は兵庫県三田市における長期にわたる入院から解放されて、そこから近いサービス付高齢者専用アパートに移った。そこは各部屋に固定電話の電話線は引けない。
そこで母専用のガラケーを買った。
いいね、この感じ。かろうじて「電話」という感じがまだ残っている。
私やケアマネさんや病院の電話番号をこのらくらくホンに登録する。
しかし、このらくらくホンを使い、母はそこに登録された私の番号にたどり着けるだろうか?
むしろ、私の電話番号がかかれた手書きの古い住所録を見ながら、私の電話番号のボタンを一つずつ押すのではないか?
今のiPhoneに比べればアダプターの差し込みもかなり大きい。
なんだか久しぶりに見るガラケー充電の光景だ。
何かあった時に母が私に気楽にかけられるようにするには必要なこと。
普段ほとんどかけることはないだろうが、たまにはこちらから、あるいはあちらから、かけることもあるので。
このらくらくホンを母に手渡して来た。
簡単に操作を説明したが、うーーん、使えるまでには多少練習が必要なようだ。
それはまた次回にしましょ。
ちゃんと食事を摂ること、そしてその前後に正しく多種の薬を間違わないで飲むこと。
それが大事。
今後はメリーポピンズみたいにとてもきっちり正確で、おきれいで、大きな声で母に話しかける方々が、母の服薬をばっちり管理してくれる。
A spoonful of sugar helps the medicine go down♪
The medicine go down♪
The medicine go down♪
(懐かしい! 余談ですが、学生時代の私はジュリー・アンドリュースのファンクラブ会員だったのでした)
閑話休題。
そんなわけで、これからは母の服薬も食事もきっちり行われるはず。
で、前回の記事で書いたように、私は関西から深夜バスで鎌倉へ戻った。
しかしその数日後のこと。
実は私は再び三田市へ向かったのでした。
母の転居という行為が終わると、今度はその後始末やそれに係る用事が発生するからだ。
これは、母が借りていた家の清算。屋内の点検があり、敷金から修理費や掃除の費用を差し引かれ、その残りが返金されることになる。
水道、ガス、電気、ケーブルテレビ(←こちらに電話も含む)を停止する。
私の休日に全部対応してくれるなら私がやるが、対応してくれないところもありそれは妻にやってもらう。
水道局なんて完全に役所であり、対応時間は限られる。
新たに母が住む家の契約はとっくに済ませてあるが、住むとなると火災保険の契約や、高齢者向けのレンタルベッド、手すりなどの契約が発生し、それを私が替わって行う。
いずれもわずかな契約だ。しかしそれでも私が三田市で各業者さんと契約手続きをすることになる。
一番大がかりだったのは母のリハビリ会議。
新しい母の住宅は大きな私立病院の経営である。広大な病院の敷地内に母が住む住宅、病院の各棟、デイケアサービスセンターもあって、それらにやって来る人のための大きな駐車場もある。
母はその敷地内で住宅からデイケアサービスセンターに通ってリハビリに努めることとなる。
今の母は独力で歩行可能だが、若干ながら困難があり、病院治療と並行して行うリハビリでその困難を改善する。
また歩行の困難が原因で昨年転倒したが、その際に脱臼してしまっており、そのリハビリも行う。
これがその計画書だ(↓)。
母が住む住宅施設のスタッフ、デイケア施設のスタッフ、ケアマネージャー、福祉用具スタッフ、ヘルパーさん達、それに私と母。
総勢ぴったり10人が一斉に集まり、今後の母のリハビリ計画を、上の画像の計画書にそって確認する会議だ。
中心になるのはケアマネージャーさん。少数派の男性。すでに母はこのケアマネさんにすっかりお世話になっている。
こんなことしたら、大変なカネがかかると思う人もいるかもしれない。
そんなことはないのだ。この住宅はいわゆる「サ高住」(サービス付高齢者住宅)で、基礎となる料金は年金で賄えるようなものになっている。いろいろと付帯サービスやリハビリや治療が必要となるが、母の状態は「要介護2」なので、介護保険でかなりの部分が賄われてしまう。
そういったことをどう組み合わせて使えば良いかを、知識豊富なケアマネさんがあれこれ考えてくれるので、私はそのアイデアをお借りするだけだ。
さて、まだやっていなかったのが転居手続き。
三田市役所へ母と行き、市内の転居届を出す。
合わせて新たな住民票をもらう。
それを持って銀行2つを回る。
なんと、銀行印や一部の通帳も紛失していることがすでに発覚しており、それらの手続きも済ませ再発行。
役所や銀行の手続きはやたら時間がかかる。
やっと終わったと思ったら銀行から電話があった。書類の徴収漏れだとか。
また母を連れて銀行に立ち寄る。
新しい家の中で、小さなソファやそれに合うテーブルや掃除機や掛布団カバーが新たに必要なことがわかる。
それらは全部、現地(三田市)滞在中にスマホからamazonプライムで注文し、翌日には届いた。
あとはトイレット・ペーパーだとか、マウスウォッシュだとか、こまごましたものを現地ドラッグストアで調達。
その他に、今わかっているものでは、タオル掛けが要るんだなぁ・・・、どうしようか?
********************************************************
ケアマネさんから携帯を母に持たせてくれとたのまれた。
ガラケーって今もかろうじて生産されている。
電話機能があればよい母にとって、あまりに多くの機能が詰め込まれたスマホは不要。
私の母は兵庫県三田市における長期にわたる入院から解放されて、そこから近いサービス付高齢者専用アパートに移った。そこは各部屋に固定電話の電話線は引けない。
そこで母専用のガラケーを買った。
いいね、この感じ。かろうじて「電話」という感じがまだ残っている。
私やケアマネさんや病院の電話番号をこのらくらくホンに登録する。
しかし、このらくらくホンを使い、母はそこに登録された私の番号にたどり着けるだろうか?
むしろ、私の電話番号がかかれた手書きの古い住所録を見ながら、私の電話番号のボタンを一つずつ押すのではないか?
今のiPhoneに比べればアダプターの差し込みもかなり大きい。
なんだか久しぶりに見るガラケー充電の光景だ。
何かあった時に母が私に気楽にかけられるようにするには必要なこと。
普段ほとんどかけることはないだろうが、たまにはこちらから、あるいはあちらから、かけることもあるので。
このらくらくホンを母に手渡して来た。
簡単に操作を説明したが、うーーん、使えるまでには多少練習が必要なようだ。
それはまた次回にしましょ。