碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

【旧書回想】  2020年7月後期の書評から

2022年07月20日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】

週刊新潮に寄稿した

2020年7月の書評から

 

貴志謙介『1964 東京ブラックホール』

NHK出版 1870円

「東京オリンピック」が開催された1964年。何かと語られることが多いが、それは本当に「明るい年」だったのか。NHKスペシャル『東京ブラックホールⅡ 破壊と創造の1964年』の制作に携わった著者が、時代の深層を掘り起こしていく。自民党の一党支配。新幹線や五輪道路の汚職。非正規労働者の搾取。そして地方という「犠牲のシステム」。2020年の“自画像”がそこにある。(2020.06.25発行)

 

安藤祐介『夢は捨てたと言わないで』

中央公論新社 1760円

それはスーパー「エブリ」社長の突飛な発想だった。バイトで働く無名の芸人たちを準社員に登用し、「お笑い実業団」として支援しようというのだ。店内催事場でのライブやマネージメントを担当するのは栄治。不本意な仕事だったが、客も従業員も彼らを応援するようになる。やがて売れない歴15年のコンビがテレビのお笑いグランプリに挑戦。笑いと涙の芸人物語は思わぬ展開を見せていく。(2020.06.25発行)

 

亀和田武『夢でもいいから』

光文社 1980円

7年前の『夢でまた逢えたら』に続く、待望の回想エッセイだ。著者は記憶のタイムマシンで過去と現在を自由に行き来する。インタビューした時に尾崎豊が見せた、イメージとは異なる気弱な微笑。ワイドショーの司会者としてスタジオで対決した、オウム真理教の上祐史浩。リアルタイムの現場と生身の人間ほど面白いものはない。本書はエッセイでありながら、秀逸な同時代史となっている。(2020.06.30発行)

 

若松英輔『霧の彼方 須賀敦子』

集英社 2970円

須賀敦子の『コルシア書店の仲間たち』は、なぜ彼女の代表作と言われるのか。またその巻頭に、「人生ほど、生きる疲れを癒してくれるものは、ない。」という有名な一節を含む、サバの詩が置かれているのは、なぜなのか。この評伝にはそんな問いに対する答えがある。須賀の人と思想を解読するのではなく、共振することで書かれているからだ。「高尚なる勇ましい生涯」の相貌が立ち現れる。(2020.06.30発行)

 

内海 健『金閣を焼かなければならぬ~林養賢と三島由紀夫』

河出書房新社 2640円

昭和25年(1950)7月2日未明、京都の金閣寺が焼失した。学僧・林養賢による放火だった。6年後、三島由紀夫は小説『金閣寺』を上梓する。主人公は「私」こと溝口だ。精神科医である著者は、林の軌跡を辿ると同時に、溝口を梃子にして三島の内面を探っていく。キーワードは「離隔」だ。金閣を焼く動機はなかった林。溝口を生み出さねばならなかった三島。スリリングな分析劇である。(2020.06.30発行)

 

藤木TDCほか:著『日本昭和エロ大全』

辰巳出版 1760円

男は誰でも「秘めたる自分史」を持っている。昭和の少年たちは特にそうだ。「エロ本」の入手に苦心し、「成人映画」にため息をつき、「エロマンガ」を堪能し、「官能小説」に酔った。さらに日常的な「お色気番組」を楽しみつつ、「風俗産業」の発展も気になる。それが昭和という時代だ。本書には、その全てがフリーズドライされている。照れくささと懐かしさで身もだえ必至の一冊だ。(2020.07.01発行)

 


【旧書回想】  2020年7月前期の書評から

2022年07月19日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】

週刊新潮に寄稿した

2020年7月の書評から

 

 

ペリー荻野『テレビの荒野を歩いた人たち』

新潮社 1760円

コラムニストで時代劇研究家の著者が、「テレビの開拓者たち」の体験談をまとめた一冊だ。『渡る世間は鬼ばかり』などで知られるプロデューサーの石井ふく子は、惚れ込んだ小説をドラマ化したくて、原作者である山本周五郎の家に通いつめた。時代が変わっても「やっぱり家族のドラマにこだわりたい」と言う。他に脚本家の橋田壽賀子、作曲家の小林亜星など総勢12人の貴重な証言が並ぶ。(2020.06.20発行)

 

熊代 亨

『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』

イースト・プレス 1980円

著者は精神科医にしてブロガーで著述家。過去と現在の社会を比較しながら、「消えた生きづらさ」と「新たな生きづらさ」について語ったのが本書だ。清潔で美しく、安全で快適な街。際限のない健康志向。自由選択になった人間関係。等しく求められるコミュニケーション能力。進歩したはずの私たちは、昭和の人々よりも幸福になれたのか。令和時代特有の社会病理が明らかになっていく。(2020.06.20発行)

 

泉 麻人 『夏の迷い子』

中央公論新社 1760円

表題作の主人公は、施設で暮す認知症の母と一緒に古い写真を眺める63歳の息子。ふと子供時代に起きた、お祭りの夜の出来事が甦る。「テレビ男」は、嘱託として会社に残りながら、図書館で新聞の縮刷版を楽しむ男の話だ。お目当ては昔のテレビ欄。ある日、奇妙なタイトルの番組を思い出す。懐かしさとほろ苦さと。全7作の短編小説のモチーフとなっているのは、著者ならではの「昭和の記憶」だ。(2020.06.25発行)

 

岩波新書編集部:編『岩波新書解説総目録1938―2019』

岩波新書 1100円

岩波新書の創刊は昭和13年(1938)11月。寺田寅彦『天災と国防』をはじめとする9冊が店頭に並んだ。岩波茂雄は刊行の辞に「挙国一致国民総動員の現状に少からぬ不安を抱く」と記している。それから80余年。本書は約3400点の内容を総覧できる、初めての総目録だ。生き方に結びつく知識を得るために、また世界を認識するための足場として、この「知のアーカイブ」を活用していきたい。(2020.06.19発行)

 

坪内祐三『本の雑誌の坪内祐三』

本の雑誌社 2970円

今年の1月13日未明、坪内祐三が亡くなった。急性心不全。61歳8カ月だった。『ストリートワイズ』『古くさいぞ私は』などの著作で知られるが、雑誌を読むのも、雑誌に書くのも好きだった坪内。本書には「スタッフライター」を自称した『本の雑誌』の記事が収められている。執筆した特集はもちろん、対談や座談会がすこぶる面白い。また23年分の「私のベスト3」も極上のブックガイドだ。(2020.06.25発行)

 

鷲田清一『二枚腰のすすめ~鷲田清一の人生案内』

世界思想社 1870円

新聞の「人生相談」6年半分である。著者は相談に「答える」のではなく、「乗る」ことを選ぶ。たとえば三角関係の悩みに対して「たぶんあなたはライバルに負けます」と言い切る。そして「でも私はあなたを肯定します」と続けるのだ。また自分勝手な夫への不満を訴える妻には、あえて「家族解散」を提案。読む側も結論だけでなく、「ねばり強い腰」を持つための思考プロセスを共有できる。(2020.06.30発行)

 


言葉の備忘録291 できること・・・

2022年07月18日 | 言葉の備忘録

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「できることを続けてやる」

 

 

  大谷祥平選手の言葉

  NHK『大谷祥平インタビュー~知られざる4年の真実~』

    2022.07.18放送

 

 

 


【気まぐれ写真館】 この夏の「よまにゃ」

2022年07月18日 | 気まぐれ写真館


【気まぐれ写真館】 ワクチン4回目の朝

2022年07月17日 | 気まぐれ写真館

2022.07.17


夏ドラマで目が離せない、 異色の「新人」2人

2022年07月17日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

夏ドラマで目が離せない、

異色の「新人」2人

 

異色の「新人」2人

夏ドラマで、目が離せない「新人」が、2人います。

いえ、「新人俳優」とかではありません。

以前とは全く違う職場で、初めての仕事に就いた新人。ドラマの登場人物のことです。

しかも、新人でありながら、2人とも既に若者ではない。というか、おじさん?

『オールドルーキー』の新町亮太郎(しんまち りょうたろう)

1人目は日曜劇場『オールドルーキー』(TBS系)の主人公、37歳の新町亮太郎(綾野剛)です。

元サッカー日本代表選手で、J3のチームに所属しながら代表への復帰を目指していました。

しかし、突然チームが解散となったことで、現役引退へと追い込まれます。

ハローワークで紹介された仕事にもトライしましたが、うまくいきませんでした。

そんな新町を拾ってくれたのが、スポーツマネジメントを専門とする「ビクトリー」。

有望なアスリートのために練習環境を整えたり、宣伝活動やCМ契約などをフォローする会社です。

慣れない仕事に戸惑いながらも、後輩のサッカー選手(第1話)や、スケートボードの天才少女(第2話)などと接していく新町。

そのおかげで、少しずつですが、マネジメントという仕事の面白さも分かり始めてきました。

何より、スポーツ選手の気持ちを理解できることが、この新人の強みです。

新町にとって最大の課題は、忘れられない過去の栄光と、捨てきれないサッカーへの未練でしょう。

それは一般社会とも重なります。かつての肩書や実績にこだわる人間ほど、転職先で浮いてしまう。周囲が困ってしまうことが多いそうです。

会社の倒産やリストラなどで、余儀なく転職した「新人」のケーススタディとして、新町の今後を注視していきたいと思います。

『ユニコーンに乗って』の小鳥智志(ことり さとし)

もう1人の新人が、『ユニコーンに乗って』(同)の小鳥智志(西島秀俊)です。

こちらは48歳の元銀行マン。本物のおじさんです。

ヒロインの成川佐奈(永野芽郁)がCEOを務める、教育系IT企業に転職してきました。

「(ネットを通じて)誰もが平等に学べる場を作りたい」という佐奈の理念に共感したからです。

新町と違って、小鳥は自らの意思で銀行を辞め、新たな環境に飛び込んできました。

とはいえ、若者が中心の会社では、即戦力とは言えない”おじさんの新人”はお荷物扱いになりそうです。

仕事以前のコミュニケーションも容易ではありません。

今後、両者の世代間ギャップや異なる価値観が、ドラマのストーリーに起伏を与えていくはずです。

米映画『マイ・インターン』を想起

若き女性経営者と、転職してきて彼女の部下となる中年男の物語ということで、思い出すのが、米映画『マイ・インターン』(2015年)です。

アン・ハサウェイが社長の通販会社に採用されたのが、ロバート・デ・ニーロでした。

当初は異質だったおじさんが、徐々に存在感を増し、ビジネスへの貢献と共に女性社長との信頼関係も生まれます。

単に年長者ということではなく、その人柄と経験が若手社員たちにとっても刺激となり、仕事仲間として認められるようになっていきました。

おそらく小鳥もまた、いい意味で周囲を変えていくのではないでしょうか。

「新人」を演じる、2人の俳優

どちらの新人も、キャスティングが見事にハマっている点は同じです。

元スター選手のプライドと情けなさを、バランスよく演じている綾野さん。

常識とユーモアを併せ持つ中年男を、ひょうひょうと演じている西島さん。

やはり、2人の「新人」から目が離せません。


【書評した本】 斎藤文彦『猪木と馬場』

2022年07月16日 | 書評した本たち

 

 

半世紀に及ぶ 2人の「大河ドラマ」

斎藤文彦『猪木と馬場』

集英社新書 1012円

 

昭和のスポーツ界には「宿命のライバル」が何組も存在した。例えば野球の長嶋茂雄と王貞治。大相撲なら大鵬と柏戸。そしてプロレスではジャイアント馬場とアントニオ猪木だ。

ただし馬場と猪木には、他と大きく異なる点があった。それがライバル期間の長さと業界に与えた影響だ。斎藤文彦『猪木と馬場』の読み所もそこにある。

1960年(昭和35年)に同じ力道山門下として同時デビュー。昭和40年代、タッグチーム「BI(馬場・猪木)砲」が火を吹いた。やがて馬場が全日本プロレスを、猪木が新日本プロレスを創設。社長レスラー、またプロデューサーとして激しい興行戦争に突入する。

そんな内幕を、長くプロレス記者を務めた著者は克明に描いていく。中には、76年(昭和51年)6月26日に行われた、猪木VSアリ「格闘技世界一決定戦」の顛末もある。しかも、あの試合が完全な「真剣勝負」だったことを明かすのだ。

猪木が現役を退き、馬場が亡くなったのは平成10年代。その後、いくつもの団体の興亡があり、彼らの弟子たちの栄枯盛衰が続いてきた。半世紀に及ぶ2人の物語は、著者の言う通り「大河ドラマ」である。

「BI砲」以降、このライバル同士はリング上で直接対決したことはない。“世紀の一戦“が形を変えて実現したのは、板垣恵介の漫画『グラップラー刃牙(バキ)』シリーズだ。馬場と猪木をモデルした、マウント斗羽(とば)と猪狩完至が激突している。興味があれば、ご一読を。

(週刊新潮 2022.07.14号)

 


言葉の備忘録290 何が新しいか・・・

2022年07月15日 | 言葉の備忘録

 

 

 

何が新しいか何が古いかということは

単純きわまる論拠なんだねえ。

新しいものは

古いものからしか生まれてこないのだ。

古いものから出た新しいものというのはある。

しかし新しいものという究極のものはないんだ。

また古いものの究極もないのだよ。

 

 

長谷川伸の言葉

池波正太郎 『新年の二つの別れ』

 

 


「六本木クラス」竹内涼真の代表作になるかもしれない

2022年07月14日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

 

木曜ドラマ「六本木クラス」(テレビ朝日系)

竹内涼真の代表作になるかもしれない

 

竹内涼真主演「六本木クラス」(テレビ朝日系)の元になっているのは、言わずと知れた韓国のヒットドラマ「梨泰院(イテウォン)クラス」だ。

とはいえ、「梨泰院」を見た人、見ていない人、どちらも十分楽しめる1本になっている。「復讐物語」という軸がしっかりしているからだ。

主人公は、六本木で居酒屋を経営している宮部新(竹内)。初回では、物語の発端となる高校時代が描かれた。父の信二(光石研)が勤めていた長屋ホールディング会長・長屋茂(香川照之)と、息子である龍河(早乙女太一)との因縁だ。

何より、新の「追い込まれ方」が凄まじい。龍河のイジメを止めたばかりに退学処分。長屋に逆らった信二も退職。2人で居酒屋を始めようとした矢先、龍河が起こした交通事故で父が死亡。新は龍河を痛めつけて逮捕され、実刑判決を受ける。

竹内は静けさと熱狂の両面を併せ持つ主人公を好演。一昨年の日曜劇場「テセウスの船」と並ぶ代表作になる可能性もある。香川は土下座ネタも余裕で披露し、早乙女は卑屈な御曹司がハマり役。2組の父子の対比も鮮明で、新が復讐を誓うことに納得感があった。

担当の大江達樹プロデューサーも田村直己監督も、「ドクターX」シリーズの作り手たちだ。一見「和製韓国ドラマ」のテーストだが、きっちりテレ朝の「木曜ドラマ」に仕立てている。

(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2022.07.13)


【気まぐれ写真館】 7月の雨

2022年07月13日 | 気まぐれ写真館


【旧書回想】  2020年6月後期の書評から

2022年07月13日 | 書評した本たち

 

【旧書回想】

週刊新潮に寄稿した

2020年6月の書評から

 

池内 了『ふだん着の寺田寅彦』

平凡社 2750円

寺田寅彦をめぐる著作は多いが、本書では素顔の文人物理学者を知ることができる。甘いもの好きで、おにぎりの中身は梅干しではなく黒砂糖だ。また欧州留学以来のコーヒー党。タバコも止めるより「死んだほうがましだ」と終生嗜んだ。子供たちについては極度の心配性。勉学から結婚まで普通の父親以上に気にかけた。大病の経験があるのに医者嫌い。没後85年で甦る愛すべき駄々っ子ぶりだ。(2020.05.20発行)

 

今野 敏『任侠シネマ』

中央公論新社 1650円

代貸の日村をはじめ阿岐本組の心優しきヤクザが活躍する「任侠」シリーズ。これまでも傾きかけた病院や学校、さらに銭湯などを救済・再建してきた。最新作の案件は映画館だ。存続の危機にある「千住シネマ」を救おうとするファンの会。その活動を妨害する者たち。調べるうちに思わぬ黒幕の存在も見えてきた。映画と映画館への愛を足場にした、阿岐本組ならではの「頭を使う」喧嘩が始まる。(2020.05.25発行)

 

村上春樹『村上T~僕の愛したTシャツたち』

マガジンハウス 1980円

夏はほとんどTシャツにショートパンツで過ごす著者。本書には「個人的に気に入っている古いTシャツ」の写真と短いエッセイが収められている。ハワイ・カウアイ島「スシ・ブルーズ」はサーフィン関係。濃いグリーンの「ワイルド・ターキー」は、著者が「かなり好き」だと言うウイスキー関係だ。他にビールやレコードなどを描いたTシャツが並び、いわば「好きなモノ図鑑」としても楽しめる。(2020.06.04発行)

 

内田樹、内田るん『街場の親子論~父と娘の困難なものがたり』

中公新書ラクレ 990円

離婚後、8歳の「るんちゃん」との生活を始めた内田樹。本書は38歳の詩人である娘との往復書簡集だ。「家族の間に秘密があるのは当たり前」と父。自分は「めんどくさくて鬱陶しい厄介な人間」だと言う娘。家族の絆や、親子のコミュニケーションなどについて本音で語り合っていく。手紙形式は「書きながら考える」2人に最適で、微笑ましくもスリリングなやり取りから目が離せない。(2020.06.10発行)

 

桜木紫乃『家族じまい』

集英社 1760円

いつまで、そしてどこまでが家族なのか。そんなことを考えさせる長編小説だ。舞台は北海道。48歳の智代は美容室でパートをしながら還暦間近の夫、啓介と暮している。突然、妹の乃理から母親が認知症になったと知らせが入った。智代の中で父へのわだかまりが甦る。夫との関係に悩んでいた乃理が選んだのは、新たな家での二世帯同居だ。しかし両親を背負ったことで、心の崩壊が加速していく。(2020.06.10発行)

 

田原総一朗『戦後日本政治の総括』

岩波書店 2090円

どんな失政にも疑惑にも無責任でいられる。現在の政治と政治家の劣化にあきれる人は多い。では、なぜこうなってしまったのか。本書は86歳のジャーナリストが総括する体験的戦後政治史である。直接取材してきた田中角栄、中曽根康弘、小泉純一郎など歴代首相たちの功罪。その後の自民党政権の凋落。そして安倍晋三という悪夢。通底するアメリカの対日戦略、特に日米地位協定問題に注目だ。(2020.06.05発行)

 

山田邦紀『今ひとたびの高見順~最後の文士とその時代』

現代書館 2860円

高見順は昭和を代表する作家の一人だが、本書は単なる評伝ではない。著者が企図したのは「高見順を通して見た昭和史」だ。プロレタリア文学から出発した高見の作家活動は、社会の動きと深くからみ合っている。著者は森繁久彌や山崎豊子の文章、さらに歌手・淡谷のり子の証言なども交え、「昭和」という時代を複層的に描いていく。まさに「いやな感じ」の今、高見とその作品が光芒を放つ。(2020.06.25発行)

 

アガサ・クリスティー、田中一江:訳『雲をつかむ死 新訳版』

ハヤカワ文庫 1210円

事件はパリ発ロンドン行きの飛行機の中で起きた。死亡した女性の首には蜂に刺されたような謎の傷。乗客の一人だったポアロがこの密室殺人に挑む。ミステリの女王のデビュー100周年と生誕150周年を記念しての「新訳」シリーズだ。当然だが旧訳と同じ文章はない。たとえば「本物の貴族」は「生まれつきの貴族」に、「空中楼閣」は「砂の城」となり、名作に分かりやすさが加わった。(2020.06.25発行)

 


【旧書回想】  2020年6月前期の書評から

2022年07月12日 | 書評した本たち

 

【旧書回想】

週刊新潮に寄稿した

2020年6月の書評から

 

安井裕雄『図説 モネ「睡蓮」の世界』

創元社 3740円

印象派の巨匠モネが描き続けた「睡蓮」とその関連作、全308点である。水面に呼応して振動する睡蓮の葉。水鏡に反映する青空と白い雲と赤い睡蓮。中でもオランジェリー美術館「睡蓮」の部屋に展示された作品群には圧倒される。フランス近代美術を専門とする学芸員である著者は、モネがなぜ「睡蓮」に後半生を投じたのかを探っていく。鍵となるのは「水」だ。モネを魅了した自然の神秘とは?(2020.04.20発行)

 

白土三平『白土三平自選短編集 忍者マンガの世界』

平凡社 3520円

本書で重要なのは、「四貫目」をはじめとする傑作短編を選んだのが白土自身であることだ。また女忍姉妹の過酷な運命を描く「目無し」や、天女伝説を織り込んだ「羽衣」など女性を軸とした作品が読めることも貴重だ。白土は現在もサスケを中心に、スケッチ帳へのペン画の日課を欠かしておらず、本書ではその一部を見ることができる。最終章「カムイ伝第三部」への期待も俄然高まってくる。(2020.04.24発行)

 

吉田篤弘『流星シネマ』

角川春樹事務所 1760円

崖下の町、鯨塚にあるタウン紙「流星新聞」の編集室。アメリカ人の経営者と日本人の僕が働く仕事場だ。しかし、大きな出来事や事件が起きるわけではない。中学時代に読書部の部長だったミユキさん。古びたピアノを弾きに来るバジ君。ちょっと風変わりな人々との静かな日常の中に、大切な友人だったアキヤマ君との思い出が封印されていた。やがて小さな記憶のかけらは深い意味を持ち始める。(2020.05.18発行)

 

咲沢くれは『五年後に』

双葉社 1650円

新進作家の第一作品集だ。表題作は第40回小説推理新人賞の受賞作である。主人公の華は中学教師。同僚の男性教師が女子生徒から告白された際、「五年後に言うてくれたら嬉しいのに」と答えたという。それは、やはり中学教師だった亡き夫が、21歳の華に投げた言葉だ。しかもその時の夫には別の女性がいた。収められた他の三作も含め、その推理小説らしからぬ作風に著者の個性が滲んでいる。(2020.05.24発行)

 

小佐野景浩『永遠の最強王者 ジャンボ鶴田』

ワニブックス 1980円

元『週刊ゴング』編集長が、没後20年を迎えた「最強の日本人レスラー」の実像に迫った。中央大時代、レスリングでミュンヘン五輪出場。全日本プロレス入団。アメリカでの武者修行。そして衝撃の日本デビュー。ジャンボ伝説が生まれてゆくプロセスを、著者は貴重な証言を集めながら追っていく。長州力、天龍源一郎との対決は本書の白眉だ。リングだけを望んだ男の肖像が鮮やかによみがえる。(2020.05.30発行)

 

富岡幸一郎『天皇論 江藤淳と三島由紀夫』

文藝春秋 2420円

江藤淳との長時間にわたる対論を縦軸に、そして三島作品の解読を横軸としながら展開してゆく、新たな視点の天皇論である。天皇機関説を承知しているからこそ、神的な天皇の幻影を求め続けた三島。昭和天皇崩御をめぐって、人としてではなく「天皇(すめらみこと)としてお隠れになったのではないか」と語る江藤。令和の現在も、両者の交点にこそ、論ずべき天皇論の核心があると著者は見る。(2020.05.30発行)

 

中条省平:編『現代マンガ選集 表現の冒険』

ちくま文庫 880円

筑摩書房が創業80周年記念出版として取り組む、全8巻の文庫オリジナルだ。総監修も務める学習院大教授の中条は、60年代以降における日本の「現代マンガ」の流れを新たに「発見」する試みだと宣言する。第1巻の本書には石ノ森章太郎「ジュン」、つげ義春「ねじ式」、赤塚不二夫「天才バカボン」など、マンガ表現の定型を打ち破り、未知の領域を切り開いた名作18編が収められている。(2020.05.10発行)

 


【気まぐれ写真館】 日没前の月

2022年07月11日 | 気まぐれ写真館

2022.07.11


過去の「名作ドラマ」が、もっと再放送されていい理由

2022年07月11日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

過去の「名作ドラマ」が、

もっと再放送されていい理由

 

6月20日から7月4日までの3週にわたって、NHKBSプレミアムとBS4Kで、ドラマ『ハゲタカ』(全6話)が再放送されました。
 
ドラマ『ハゲタカ』の衝撃
 
最初に放送されたのは、15年前の2007年でした。企業買収劇と人間ドラマを描いた名作です。
 
タイトルのハゲタカは、弱い企業を安く買収して企業価値を高め、株価が上昇した時点で売却する、企業買収ファンドを指す経済用語です。
 
物語の始まりは、バブル経済崩壊後の1998年。
 
先日、現在の円安水準が24年ぶりと報じられましたが、それが1998年でした。不思議な符合です。
 
ドラマでは、米国投資ファンドの敏腕マネージャー・鷲津政彦(大森南朋)が、不良債権処理で青息吐息の日本に帰ってきます。
 
目的は「日本買い」であり、かつて自分が勤めていた三葉銀行が所有する、不良債権を買い叩いていきます。
 
その後、老舗旅館や玩具メーカーなどに債権者として乗り込み、会社の売却を仕掛ける鷲津。
 
それを阻止して、企業再生の道を探ろうとするのが、鷲津の銀行時代に上司だった芝野健夫(柴田恭兵)。
 
ドラマは、この因縁の2人の攻防戦を軸に展開するのです。
 
最強の制作陣
 
起伏に富んだストーリー。俳優陣の迫真の演技。そして的確な演出と力のある映像。
 
経済ドラマというジャンルを超え、ドラマならではの醍醐味を堪能できる作品でした。
 
原作は真山仁さんの同名小説で、脚本は『医龍』(フジテレビ系)などの林宏司さん。
 
プロデューサーが、朝ドラ『あまちゃん』の訓覇(くるべ)圭さんです。
 
そして演出は、大河ドラマ『龍馬伝』の大友啓史さんや、同じく『利家とまつ』の井上剛さん。
 
さらに、朝ドラ『ちゅらさん』の堀切園健太郎さんもいました。当時、最強の布陣と言っていいでしょう。
 
原作・松本清張×演出・和田勉
 
また、今年4月から6月にかけては、松本清張原作の名作ドラマも総合テレビで再放送されました。
 
『けものみち』『天城越え』『ザ・商社』の3本です。
 
いずれも演出を手掛けたのは、「アップのワダベン」と呼ばれた鬼才・和田勉さんであり、見る価値のある好企画でした。
 
「名作ドラマ」再放送の意義
 
現在、NHKオンデマンドなどで、過去のドラマを視聴することが可能です。
 
とはいえ、見たい作品を自分で探し出さなくてはならない。年齢層によってはハードルが高い。
 
その点、再放送は普段の視聴スタイルのままで名作と出会うことができます。
 
ただ、難点は再放送が不定期であることです。
 
たとえば、名作ドラマ枠の「定時(レギュラー)番組」があれば、多くの支持を得るのではないでしょうか。
 
外部の専門家などを「キュレーター(学芸員)」に指名して、再放送する名作を選んでもらうのも一案かもしれません。
 
「再放送」という日常的な機会を活用することで、より多くの人が「名作ドラマという文化財」に接することが出来ればと思うのです。
 
 

【新刊書評2022】1月後期の書評から

2022年07月10日 | 書評した本たち

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【新刊書評2022】

週刊新潮に寄稿した

2022年1月後期の書評から

 

樋口州男ほか編著「『吾妻鏡』でたどる北条義時の生涯」

小径社 2200円

三谷幸喜脚本のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。主人公は北条義時だ。書店には関連本が並ぶが、本書の特色は鎌倉幕府の記録『吾妻鏡』を手がかりにして義時に迫っていることだ。幕府・北条側の視点で編まれているからこそ、解読はスリリングなものとなる。そもそも頼朝挙兵以前の義時についての史料は伝わっていない。『吾妻鏡』、歴史上の事実、三谷が描く人物像を比較するのも一興だ。(2021.12.13発行)

 

湯川れい子『時代のカナリア~今こそ女性たちに伝えたい!』

集英社 1760円

エルヴィス・プレスリーをいち早く日本に紹介し、ビートルズの単独インタビューを成功させてきた著者。本書は自ら語る「86年間の歴史」であり、「戦後第一世代の女の記録」だ。9歳で終戦。中学生で聴いた米軍放送。高校生で受けた女優オーディション。やがて音楽評論家として活躍する。それが困難だった時代から「女性の自立」を実践してきた著者。戦争と差別に立ち向かう姿勢も筋金入りだ。(2022.01.10発行)

 

近藤健児『絶版文庫万華鏡

青弓社 2200円

『絶版文庫交響曲』『絶版新書交響曲』に続く、シリーズ最新作だ。絶版文庫という深い海の底から、これぞという逸品91点を引き上げ、その魅力を語っていく。菊池寛の「職人的なうまさ」が冴える、戦前の人気作『東京行進曲』。若き日の文豪の「ダメな男」ぶりに励まされる、トルストイ『青春日記』。さらに入手困難・高値で有名な一冊、パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』も手にしてみたい。(2022.01.17発行)

 

西川清史『文豪と印影』

左右社 2420円

かつて本の奥付には、書き手のハンコが捺してあった。出版社が売り出した冊数を確認するための「検印」だ。多くは名字だったが、そこに作家の趣味嗜好や個性を見出し、収集したのが本書である。印章を好んだ漱石は58種もの印影を持つ。荷風は自分でも篆刻していた。また太宰は妻に、三島は父親に検印を任せていたという。130人、170の印影に宿る、書物に対する愛。ありそうでなかった一冊だ。(2021.12.15発行)

 

五木寛之『一期一会の人びと』

中央公論新社 1760円

著者が今も忘れえぬ人たちについて綴った回想録。そのラインナップが豪華だ。突然のピンポン対決を挑んできたヘンリー・ミラー。世間の評判は人為的なものだと語るフランソワーズ・サガン。赤坂のバーで少女たちを見つめていた川端康成。さらに「サディスティックなところがあるの、精神的に」と告白した、女優の太地喜和子も本書の中で生きている。「一夜の友こそ永遠の友」かもしれない。(2022.01.10発行)

 

瀬戸内寂聴『その日まで』

講談社 1430円

昨年11月に99歳で亡くなった著者。それまでの約3年間に書かれた、最期の長編エッセイが本書だ。「人は生まれて以来、常にひとりだと想っている」という覚悟。「死ぬまで私は、自分勝手な、ひとりよがりのわがまま人間であることだろう」と言い切る厳しさ。その一方で、作家の石牟礼道子や俳優の萩原健一など縁のあった人たちへの眼差しが温かい。人間の業を知るからこその懐の深さだ。(2022.01.11発行)