碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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再出発描く2本の夏ドラマ 気になる若くない「新人」たち

2022年07月10日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<週刊テレビ評>

再出発描く2本の夏ドラマ 

気になる若くない「新人」たち

 

各局で「夏ドラマ」が始まった。その中で気になる「新人」が2人いる。新人俳優ではない。それまでのキャリアを捨て、新天地で初めての仕事に就いた登場人物のことだ。2人とも既に若者ではないという点で共通している。

1人目は日曜劇場「オールドルーキー」(TBS系)の主人公、新町亮太郎(綾野剛)だ。37歳の元サッカー日本代表選手。J3のチームに所属し代表への復帰を目指していたが、突然チームが解散となり、引退を余儀なくされる。ハローワークで紹介された仕事にトライするが、うまくいかない。

そんな新町を拾ってくれたのが「スポーツマネジメント」の専門会社だ。有望なアスリートのために練習環境を整え、宣伝活動やCM契約などをフォローする。慣れない仕事に戸惑う新町だが、マネジメントという仕事の面白さを少しずつ理解していく。何より、スポーツ選手の気持ちを理解できる点が強みだ。

新町にとって最大の課題は、忘れられない過去の栄光と、捨てきれないサッカーへの未練だろう。それは一般社会とも重なる。かつての肩書や実績にこだわる人間ほど、転職先で浮いてしまうことが多い。倒産やリストラなどで、余儀なく転職した「新人」のケーススタディーとして、彼の今後を注視していきたい。

そしてもう1人の新人が、「ユニコーンに乗って」(同)の小鳥智志(西島秀俊)だ。48歳の元銀行マン。ヒロインの成川佐奈(永野芽郁)がCEOを務める教育系IT企業に転職してきた。誰もが平等に学べる場を作りたいという佐奈の理念に共感したからだ。

新町とは違い、小鳥は自らの意思で銀行を辞め、未知の世界に飛び込んできた。しかし若者ばかりの会社では、即戦力とは言えないおじさんはお荷物扱いとなる。また仕事以前のコミュニケーションも容易ではない。今後、世代間ギャップや異なる価値観が物語に起伏を生んでいくはずだ。

若き女性経営者と、転職してきて彼女の部下となる中年男の物語は、米映画「マイ・インターン」(2015年)を想起させる。アン・ハサウェイが社長を務める通販会社で採用されたのが、ロバート・デニーロだ。当初は異質だったおじさんが徐々に存在感を増し、女性社長との信頼関係が生まれる。小鳥もまた、いい意味で周囲を変えていくのではないだろうか。

元スター選手のプライドと情けなさをバランスよく演じる綾野。常識とユーモアを併せ持つ中年男をひょうひょうと演じる西島。やはり2人の新人から目が離せない。

(毎日新聞「週刊テレビ評」2022.07.09 夕刊)

 


【新刊書評2022】1月前期の書評から

2022年07月09日 | 書評した本たち

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【新刊書評2022】

週刊新潮に寄稿した

2022年1月前期の書評から

 

石戸 諭『東京ルポルタージュ 疫病とオリンピックの街で』

毎日新聞出版 1760円

コロナ禍と二度目のオリンピックに揺れた、2020年から翌年にかけての東京。著者はひたすら人と向き合っていく。新橋の飲み屋店主。下北沢の劇団主宰者。歌舞伎町のホストクラブ経営者。自粛警察のユーチューバー。東京都知事選のポピュリズム政治家。さらに在宅医療の医師などだ。日常と化した非日常を生きる人たち。その営みと言葉を通じて、リアルな時代の空気が克明に記録されていく。(2021.11.30発行)

 

清沢洌:著、丹羽宇一郎:編集・解説

『現代語訳 暗黒日記 昭和十七年十二月~昭和二十年五月』

東洋経済新報社 2200円

ジャーナリストで外交評論家だった清沢洌。昭和17年12月から敗戦の3か月前まで書き続けた戦中日記が本書のベースだ。当時の清沢は総合雑誌への寄稿禁止者。日記は後の資料とすべき実感の記録だった。「大東亜戦争は浪花節文化の仇討ち思想である」「この時代の特徴は精神主義の魔力だ」と見え過ぎるほどに本質が見えていた。何より「空気」で動く社会の指摘は、そのまま現代に通じている。(2021.12.16発行)

 

小川榮太郎『作家の値うち 令和の超ブックガイド』

飛鳥新社 1500円

文芸評論家の著者は、現役作家の平均的創作水準が「下落しつつあるのは厳然たる事実」と言い切る。100点満点で個々の作品を評価したのが本書だ。「世界文学の水準」である90点以上には、カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』や村上龍『愛と幻想のファシズム』などが並ぶ。一方、「公刊すべきでない水準」という29点以下の作品も挙げていく。読者自身の知力や感性も問われる、禁断の書だ。(2021.12.22発行)

 

湯川 豊『海坂藩に吹く風~藤沢周平を読む』

文藝春秋 1980円

藤沢周平が没して四半世紀が過ぎた。だが、作品は今も愛され続けている。著者は元「文学界」編集長。考え抜かれたストーリー展開や、端正で透明感に満ちた文章の秘密を探っていく。書名の「海坂藩」は藤沢が創造した、東北にある架空の小藩だ。『蝉しぐれ』や『三屋清左衛門残日録』の舞台となった。それらの時代小説はもちろん、江戸市井小説や伝記小説など豊かな作品世界と向き合える。(2021.12.10発行)

 

中日新聞編集局、秦融:著

『冤罪をほどく~“供述弱者”とは誰か』

風媒社 1980円

2003年、滋賀県の病院で男性患者が死亡した。当時24歳だった女性看護助手が呼吸器のチューブを「外した」と自白。懲役12年の有罪判決が確定した。しかし、それは冤罪だったのだ。20年の再審で無罪判決が出たが、彼女はなぜ無実の罪を「自白」させられたのか。両親に宛てた、無実を訴える350通の手紙。「組織」対「個人」。「供述弱者」という盲点。地方紙が挑んだ、粘り強い報道の成果である。(2021.12.20発行)

 

金井久美子、金井美恵子

『鼎談集 金井姉妹のマッド・ティーパーティーへようこそ』

中央公論新社 2420円

画家の姉と小説家の妹。この姉妹からお茶に誘われたら、たとえ「不思議の国」でも行くしかないだろう。厳選された客の顔ぶれも豪華だ。「私の知っている男性の中で一番素敵だ」と姉が言う大岡昇平。「キャッチ・ボール程度のお相手」をしてもらったと妹が告白する蓮實重彦。唯一の女性ゲストは武田百合子である。初出は約40年前の雑誌『話の特集』という、芳醇なワインのごとき鼎談集だ。(2021.12.25発行)

 


モノ・マガジンで、「実相寺昭雄監督特集」

2022年07月08日 | 本・新聞・雑誌・活字

「実相寺昭雄研究会」が全面協力しています

ドキュメンタリー映画を撮った、実相寺研の高橋巌監督

実相寺研の重鎮、中堀正夫撮影監督

研究会が制作・発売した、オリジナル・フィギュア

「モノ・マガジン」2022.07.16号 

 


元プラモ少年たちも揺さぶる、与田祐希主演『量産型リコ-プラモ女子の人生組み立て記-』

2022年07月07日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

元プラモ少年たちも揺さぶる、

与田祐希主演

『量産型リコ-プラモ女子の人生組み立て記-』

 

やるなあ、テレビ東京。
 
バッティングセンターやポッドキャストなどを、巧みにドラマに取り込んできた深夜枠で、今度はプラモデルだ。
 
6月30日の深夜に始まった、木ドラ24『量産型リコ-プラモ女子の人生組み立て記-』(テレビ東京系)です。
 
「量産型」と呼ばれて
 
主人公は、イベント企画会社に勤務する小向璃子(乃木坂46・与田祐希)。
 
「仕事頑張ります!」とか、「プライベート命!」とか、どこかに力が入ったタイプじゃない。
 
自分なりに楽しく暮らしていられたらOKみたいな、ごく普通の女性です。
 
しかし、口の悪い同期の浅井(前田旺志郎)に言わせると……
 
「目立たないように仕事して、決まった金もらって、ランチを楽しみにして、誰も見ていないのにSNSに上げてる」璃子は、「量産型」なのだそうだ。
 
没個性の平均的人間、つまり「量産型リコ」ってことだろうか。
 
そんな璃子が、消えかけている個人商店を応援する、「まぼろし商店フェスティバル」という企画を手伝うことになります。
 
子どもの頃、おもちゃ屋さんが好きだったことを思い出し、会社の帰りに偶然見つけた店に入っていく。
 
それが「ホビーショップ 矢島模型店」との出会いでした。
 
ここの店主、矢島(田中要次)という存在が素晴らしい。プラモ愛の権化みたいな人なのだ。
 
初プラモは「量産型ザク」
 
しかも、たまたま璃子の目に止まったプラモが、アニメ『機動戦士ガンダム』の「量産型ザク」である。
 
ジオン公国軍が持つ、有人操縦式の人型機動兵器。主力量産型のザクだ。
 
量産型ゆえに、個性はない。モブ(その他大勢)的なキャラであり、戦闘以外の一般作業でも使われる。
 
矢島に言わせれば、「特徴的で強いモビルスーツたちの引き立て役」です。
 
しかし、ザクたち量産型が大量に登場したことで、「一般兵が戦っていた」というリアリティを感じさせる演出がなされました。
 
また、量産型は陸戦用、水中用とバリエーションが多彩で、見る側の想像も膨らんでいった。
 
「量産型ならではの魅力が、今でもユーザーを熱狂させてるんだ」と矢島。
 
この「量産型ならではの魅力」という言葉にピン!と反応する璃子。
 
人生初のプラモ作りは、この1/144スケールの「量産型ザク」に決定だ。
 
組み立てシーンは細かなカットを重ね、丁寧に撮られており、プラモを組み立てるときのワクワク感がそこにあります。
 
何より組み上がっていくザク、そして完成したザクが魅力的なのが嬉しい。
 
また、地上波連ドラ初主演の与田さん。その自然体の演技にも拍手です。作業が進行し、没入していく璃子の表情が美しい。
 
この初のプラモ体験によって、「私だけの量産型ザク」を手にした璃子が、これからどう変っていくのか、楽しみだ。
 
元プラモ少年たちも
 
現在、プラモファンやプラモマニアはたくさんいらっしゃる。
 
だが、男性に限って言えば、「少年時代にやってたなあ」と懐かしく思う人、少なくないはずです。
 
いつの間にか遠ざかってしまったけれど、楽しかった記憶は残っている。
 
こんなドラマを見ちゃったら、仕事帰りにホビーショップとかに立ち寄ってみたくなること必至。
 
ちなみに次回、璃子が挑むプラモはクルマで、「ニッサンGTR」です。

栗山千明主演「晩酌の流儀」は、完璧な酒テロドラマ

2022年07月06日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

 

飯テロならぬ、酒テロドラマだ!

ドラマ25「晩酌の流儀」(テレビ東京系)

 

リモート勤務が多くなったとはいえ、1週間の区切りとなる週末の解放感は今も変わらない。

その金曜深夜に、新たなグルメドラマが登場した。ドラマ25「晩酌の流儀」(テレビ東京系)である。テーマは「家飲み」を極めることだ。

主人公は不動産会社に勤務する伊澤美幸(栗山千明)。一日の終わりに、おいしく酒を飲むことを至上の喜びとしている。しかも、そのためには努力を惜しまない。

定時退社したいので集中して仕事をする。次が最高の状態で酒と向き合うための準備だ。1日の初回はサウナだった。

さらにスーパーで安くて旨い食材を買う。モットーは「家飲みで一番大事なのは、最小のコストで最大のパフォーマンスを出すこと」。帰宅後の手早い料理で、しめさばカルパッチョや麻辣にら玉などが食卓に並ぶ。

最大の見せ場が、待望の1杯目だ。まるで恋人を見るような目で、ビールが注がれたグラスを見つめ、やがて静かに、しかし情熱的に黄金色の液体を喉に流し込む。

そして2杯目。美幸は「これが私の流儀だ!」と宣言し、別のグラスを冷蔵庫から取り出す。適度に冷えた状態のグラスで飲み続けたいからだ。

番組冒頭、美幸が「ドラマを見終わった後、あなたもきっと、お酒を飲み始める」と言っていたが、まさにその通り。飯テロならぬ、完璧な酒テロドラマである。

(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2022.07.06)


名作ドラマの再放送

2022年07月05日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

名作ドラマの再放送

 

6月下旬から3週にわたって、NHKBSプレミアムとBS4Kで、ドラマ「ハゲタカ」(全6話)が再放送された。最初の放送は2007年。企業買収劇と人間ドラマを描いた名作である。

タイトルのハゲタカは、弱い企業を安く買収して企業価値を高め、株価が上昇した時点で売却する、企業買収ファンドを指す経済用語だ。

物語の始まりは1998年。米国投資ファンドの敏腕マネージャー・鷲津政彦(大森南朋)が、バブル経済崩壊後、不良債権処理で青息吐息の日本に帰国する。目的は「日本買い」だ。かつて自分が勤めていた三葉銀行が所有する、不良債権を買い叩いていく。

その後、老舗旅館や玩具メーカーなどに債権者として乗り込み、会社の売却を目論む鷲津。それを阻止して、企業再生の道を探ろうとするのが、鷲津の銀行時代の上司・芝野健夫(柴田恭兵)だ。ドラマは因縁の2人の攻防戦を軸に展開する。

起伏に富んだストーリー。俳優陣の迫真の演技。そして的確な演出と力のある映像。経済ドラマというジャンルを超え、ドラマならではの醍醐味を堪能できる作品だった。

原作は真山仁の小説だ。脚本は「医龍」(フジテレビ系)などの林宏司。プロデューサーが「あまちゃん」の訓覇圭。演出陣には「龍馬伝」の大友啓史や「ちゅらさん」の堀切園健太郎がいる。最強の布陣と言っていい。

また今年の4月から6月にかけては、松本清張原作の名作ドラマも総合テレビで再放送された。「けものみち」「天城越え」「ザ・商社」だ。3本とも、演出を手掛けたのは鬼才と呼ばれた和田勉であり、見る価値のある好企画だった。

現在、NHKオンデマンドなどで、過去のドラマを視聴することが可能だ。とはいえ、見たい作品を自分で探し出さなくてはならない。年齢層によってはハードルが高い。その点、再放送は普段の視聴スタイルのままで名作と出会うことができる。難点は再放送が不定期であることだ。

たとえば、「名作ドラマ枠」の定時番組があれば、多くの支持を得るのではないだろうか。外部の専門家たちを「キュレーター(学芸員)」として、放送する名作を選んでもらうのも悪くない。

(しんぶん赤旗「波動」2022.07.04)

 


『オールドルーキー』 が描く、「第二の人生」のつくり方 

2022年07月04日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

「第二の人生」のつくり方

 

6月26日に始まった、日曜劇場「オールドルーキー」(TBS―HBC)。主人公の新町亮太郎(綾野剛)は37歳の元サッカー日本代表選手だ。J3の「ジェンマ八王子」に所属し、代表への返り咲きを目指していた。

しかし突然、チームは解散となり、思いもしなかった現役引退に追い込まれる。このドラマは、かつて“ヒーロー”だった男が“普通の人”へと転身していく物語だ。

引退したスポーツ選手と聞けば、6月まで放送されていた「未来への10カウント」(テレビ朝日―HTB)を思い出す。木村拓哉が演じたのは、世捨て人のように生きていた元ボクサーだ。高校ボクシング部のコーチとして生徒たちを鍛えるうちに、自身も生きがいを見つけ、心の再生へと向かっていった。

新町の自分探しも容易ではない。初回ではハローワークに通い、いくつかの一般的な仕事にトライしていたが、いずれも無理があった。初めて知る、世間の厳しい現実。新町の場合、その転職を阻むものの一つが、忘れられない“過去の栄光”だ。

結局、受け入れてくれたのが「スポーツマネジメント」の専門会社である。対象は現役のスポーツ選手。競技面ではトレーニング環境を整え、ビジネス面ではイベントや宣伝活動、CM契約などをフォローする。長年身を置くスポーツの世界とはいえ、新町にしてみれば表舞台から裏方への大転換だ。

現代社会は、かつてのように終身雇用が一般的だった時代とは大きく異なる。2度目、3度目の転職も珍しいことではない。その意味で、主人公が「第二の人生」を模索していくというテーマには普遍性がある。さらに新しい仕事や人間関係は、当人だけでなく家族にも影響を与えていく。本作は異色のスポーツドラマであると同時に、主人公を支える家族のドラマでもありそうだ。

主演の綾野だが、近年はハードボイルドな作品が多かった。さまざまな社会問題を背景とした事件を追う、警視庁機動捜査隊員を演じた「MIU404」(TBS―HBC)。司法の手が届かない場所にいて悪事を働く者たちを、謎の集団が罰した「アバランチ」(カンテレ・フジテレビ系―UHB)などだ。

今回、綾野は元トップアスリートならではの特性と、普通の人としての愛すべき情けなさの両方を、絶妙のバランスで演じている。それを支えているのが、NHKの大河ドラマ「龍馬伝」や朝の連続テレビ小説「まんぷく」などを手掛けてきた、福田靖のオリジナル脚本だ。

(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2022年07月02日) 


【気まぐれ写真館】 バラが咲いた

2022年07月03日 | 気まぐれ写真館


【旧書回想】  2020年5月後期の書評から

2022年07月03日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】

週刊新潮に寄稿した

2020年5月の書評から

 

赤塚不二夫『少女漫画家 赤塚不二夫』

ギャンビット 2200円

今年、十三回忌を迎える赤塚不二夫。その少女漫画家としての軌跡をたどるのが本書だ。最初期の『嵐をこえて』をはじめ、貸本時代からの作品が読めるのが有難い。またデビュー当時の絵が手塚治虫に似ていたり、石ノ森章太郎の影響が見られることにも驚かされる。さらに、ヒット作『ひみつのアッコちゃん』の制作に、元・妻の登茂子が大きく貢献していた話など、舞台裏のエピソードも興味深い。(2020.04.07発行)

 

オリヴィエ・ゲズ:編、神田順子ほか:訳

『独裁者が変えた世界史』上・下

原書房 各2420円

研究者やジャーナリストが分担して描き出す、20世紀の独裁者たちの肖像である。政治警察をフル稼働させ、専制的な「同族集団」ロジックを展開したスターリン。ヒトラーの力の秘密は、国民の心が発するつぶやきに対して「無意識にアクセスするなみはずれた能力」だ。「もとをただせば、彼らは何者でもなかった。もしくは小者であった」と編者は言う。確かに、小者の暴君ほど怖いものはない。(2020.04.10発行)

 

片岡義男 『彼らを書く』

光文社 2200円

彼らとはザ・ビートルズ、ボブ・ディラン、エルヴィス・プレスリーだ。著者は何枚ものDVDを眺めながら彼らについて語っていく。『エド・サリヴァン・ショー』にも溶け込むビートルズは、元々「中道的な雰囲気を持っていた」。またディランは歌にメッセージはないと言うが、観客は「受けとめている。ディランの歌の歌詞、つまり詩を」。そして、エルヴィスが演じた精彩を放つ役柄とは?(2020.04.30発行)

 

コロナ・ブックス編集部:編『フジモトマサルの仕事』

平凡社 1980円

漫画家でイラストレーターだったフジモトマサル。本書では、その画業と才能を一望することができる。絵の主なモチーフは熊や狐や猫などの動物だ。しかも彼らは二足歩行で散歩し、本を読み、ピアノを弾くなど極めて人間的な生活を送っている。明らかに異界だが、どこかリアルで、泣きたくなるような懐かしさがある。2015年秋、46歳で亡くなったフジモト。作家たちの寄稿文にその素顔を探す。(2020.04.24発行)

 

保阪正康『吉田茂~戦後日本の設計者』

朝日新聞出版 1980円

「昭和時代に歴史上語られるべき首相」として、著者は3人の名を挙げる。東條英機、吉田茂、田中角栄。彼らが昭和の重要な「時代相」を象徴的に示しているからだ。戦後の難しい時期、この国の舵取りを担った吉田には「軍事主導の昭和前期の歴史を否定し、明治維新期を継承する」という信念があったと著者は言う。現在にも繋がる功罪を含め、独自の視点で異能の宰相に迫った本格評伝である。(2020.04.25発行)

 

内田樹:編『街場の日韓論』

晶文社 1870円

緊急事態宣言のために棚上げしていた課題は多い。日韓関係もその一つだ。複雑な「もつれた結び目」を見つめ直す時、参考になるのが本書だ。「歴史意識」に目を向ける白井聡。「文化政策」を入口に考える平田オリザ。「知らないこと」の意味を問う山崎雅弘。そして自身が「先生」と呼ぶ、2人の韓国人との出会いの経験を静かに語るのは編者の内田だ。「結び目」の構造が少しずつ見えてくる。(2020.04.25発行)

 


【旧書回想】  2020年5月前期の書評から

2022年07月02日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】

週刊新潮に寄稿した

2020年5月前期の書評から

 

樋田 毅『最後の社主~朝日新聞が秘封した「御影の令嬢」へのレクイエム』

講談社 1980円

今年3月3日、朝日新聞創業者の孫で、社主の村山美知子氏が亡くなった。享年99。生前、非上場である朝日新聞社株の36・4%を保有していた。本書は7年にわたって彼女に仕えた元記者の回想録だ。読みどころはやはり創業家と会社側の対立の内幕である。社主が「君臨すれども統治せず」の立場に追いやられた背景。体面と体裁に汲々とする経営陣の実態。「社会の公器」の裏面史でもある。(2020.03.26発行)

 

佐藤友亮『身体的生活~医師が教える身体感覚の高め方』

晶文社 1760円

「人生で過ごす時間の充実にこそ価値がある」と医師で大学准教授の著者は言う。身体の能力を発揮することで、内面を充実させて生きるにはどうしたらいいかを考察したのが本書だ。中でも興味深いのが、充実感が生み出されるときの法則。行動の対象に深く没入した状態を「フロー」と呼ぶが、そこにあるのは心身の一体感であり統一感だ。ならば、フローを妨げるものをどう取り除いていくのか?(2020.03.30発行)

 

堂場舜一『空の声』

文藝春秋 1870円

NHKにはスポーツ中継で名を遺したアナウンサーたちがいる。たとえばベルリン・オリンピックの女子200メートル平泳ぎ、「前畑がんばれ」の河西三省だ。そして昭和14年1月、69連勝中の双葉山に土がついた取り組みで、「双葉山敗れる!」を連呼した和田信賢である。本書はヘルシンキ・オリンピック中継の帰途、40歳で客死した和田の伝記小説。説明ではなく、描写に命を懸けた男の肖像だ。(2020.04.10発行)

 

松岡ひでたか『小津安二郎の俳句』

河出書房新社 2640円

著者は僧侶にして俳句研究家。小津の日記に残された句を鑑賞しつつ、監督そして私人としての軌跡をたどっていく。句の初登場は昭和8年。岡田嘉子主演『東京の女』などが公開された年だ。「一人身の心安さよ年の暮」の句を、著者は「凡作の域を出ない」と手厳しい。一方、翌年の「藤咲くや屋根に石おく飛騨の宿」は、「この句はすぐれている」と高評価。句作は晩年近くまで続けられた。(2020.03.30発行)

 

宇都宮直子『三國連太郎、彷徨う魂へ』

文藝春秋 1760円

俳優・三國連太郎が亡くなったのは7年前の4月だ。90歳だった。代表作『飢餓海峡』から『釣りバカ日誌』シリーズまで、世代によって思い浮かべる作品は異なるだろう。しかし三國の魂は常に変わらない。「納得できる芝居をしたい」、それに尽きるのだ。役者である自分自身を「何より、誰より、強烈に愛していた」三國。優れた聞き手を得たことで、虚も実も含む役者人生の深層が見えてくる。(2020.04.10発行)

 

村井康司『ページをめくるとジャズが聞こえる』

シンコーミュージック・エンタテイメント 2200円

本が好きで、同時にジャズも好きな人には至福の一冊。著者は学生時代にビッグバンドを経験したジャズ評論家だ。本書ではまず小説やエッセイに登場するジャズが語られる。冒頭が村上春樹『風の歌を聴け』だ。続いてフィッツジェラルド、ケルアック、佐藤泰志などの作品が並ぶ。さらに同業のジャズ評論家やジャズ・ミュージシャンの著作についても論評していく。曲の総数は何と462曲だ。(2020.04.10発行)


月刊ゲーテに、「熱狂人生・倉本聰」を寄稿

2022年07月01日 | 本・新聞・雑誌・活字

GOETHE(ゲーテ) 2022年8月号

 


【気まぐれ写真館】 猛暑、続く

2022年07月01日 | 気まぐれ写真館

2022.06.30