内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「クダラナ記」― 遠ざかる愛しき昭和の三種の神語、「そのうちなんとかなるだろう」「なんでそうなるの」「だめだこりゃ」

2023-05-03 20:26:34 | 哲学

 ふと気づきました。日本は今、ゴールデンウィークの真只中なのですね。
 こちらは春休みが月曜日に終わったところです。授業もあと二週間。今日水曜日の授業を終え、実質来週の授業を残すのみとなりました(明日の授業は学生たちの発表を聴くだけなので)。
 だからというわけではないのですが、ちょっと頭のネジがどこか外れたような状態が続いていて、真面目に考えることができません。というわけで、今日も実にとりとめもなくクダラナイ話で恐縮でございます。
 こういう精神状態とは関係ないと思いますが、ジョギングの方は絶好調なんです。五月に入って、十四、十二、十三キロと、軽々と走れてしまうのです。まあ、そうはいっても、爺ですから、ゆるゆると走るだけなのです。でも、本人の体感としては、脚が勝手に前に進んでくれるって感じなんですよ。これ、ホント、気持ちいいんです。
 さて、昭和ど真ん中生まれで、昭和臭を周囲にプンプン撒き散らしている鼻つまみものの老生でございますが(でも、回りはフランス人たちだから気づかれないもんね)、突然、「あなたにとって、昭和を象徴する三つのフレーズって何ですか」って、街頭インタビュー(でなくてもいいのですが)聞かれたら、どう答えるだろうという、愚にもつかない空想に、空気はまだ冷たい五月晴れの午後、ぼんやりと耽りました(アンタ、ホント、暇ナンヤネー)。
 答えは以下の通り。
 「そのうちなんとかなるだろう」(ハナ肇とクレージーキャッツ「だまって俺について来い」より)、「なんでそうなるの」(日テレ系お笑い番組「コント55号のなんでそうなるの」より)、「だめだこりゃ」(ドリフターズのいかりや長介がコントで使っていた決まり文句)。
 老生にとっての昭和はこの三つのフレーズに凝縮されていると言っても過言ではありません。そして、令和五年の今年、三十年間の平成の向こう側に日々遠ざかりつつある昭和に向かって、「ありがとう。さようなら」と、なぜだか知りませんが、ちょっと涙ぐみながら別れを告げたい気分の午後の紅茶なのでありました(マジ、意味不明デアリマス)。