「マイ・モンテーニュ月間」も今日明日の二日で終了する。
モンテーニュ『エセー』読解のために書かれた画期的な一書(昨年六月刊)の書評の依頼を三月に受け、その締め切りが今月末、つまり明日なのだが、昨日それを書き終え、今日明日と推敲してから依頼者に送信する。この書評執筆が「マイ・モンテーニュ月間」の「開催」理由だった。
若い頃から『エセー』は折に触れて読んではきたが、この書評の依頼を受けて以後ほど集中的に読んだことはなかった。そのような機会を恵まれたことをありがたく思う。それを与えてくださった方々に感謝している。そして、なによりも、その書評の対象である一書の著者に心からの感謝を捧げたい。
この書評のために『エセー』本文に親しく接することができただけでも、豊穣な読書の時間を享受することができたが、その傍らで多くのモンテーニュ論に出会うことができたことも、小さくはない「余得」であった。それらは主にフランス語の研究書やエッセイだが、すでにこのブログでもたびたび言及した保苅瑞穂氏の二つのモンテーニュ論をじっくりと読む機会を得たことも大きな喜びであった。
モンテーニュの人と思想について教えられること数多であったばかりでなく、その美しい日本語を堪能できたことはそれだけ読書の愉楽を大きくし、さらに、氏が親しんできた他の作家・詩人たちからの自在な引用とそれをめぐる学識には度々目を開かれる思いがした。それはまるで予期していなかった素敵な贈り物を受け取ったような歓喜を私にもたらした。
その贈り物の一つがロンサールの詩である。『モンテーニュ よく生き、よく死ぬために』の「学術文庫版あとがき」に著者が記していることだが、長年の大学勤めの先が見えてきたときに、「一筋にフランス文学を勉強してきた人間としてやっておきたい、やっておかねばならないと思ったことがあった」。それは、「もういちど気持ちを学生の頃にもどしてフランス文学をルネサンスから読み直すことであった」。それはまた、「フランスの文学や芸術にこころざしをいだく異国の若者たちを迎え入れて彼らに支援を惜しまないフランスという国へのせめてもの恩返しになる」という思いも伴っていた。
そこで著者がまず読んだのがロンサールであった。「そこには近代詩とはまったくちがうルネサンスの豊かな詩の世界があってわたしを魅了し圧倒した」という。そこからいくつかの論文も生まれ、その成果が『モンテーニュ よく生き、よく死ぬために』にもふんだんに取り入れられている。
ロンサールはモンテーニュより九歳年上で、七年早く一五八五年に亡くなっている。ふたりはまさに同時代人だったわけである。「モンテーニュと同じく旧教徒として宗教内乱に巻き込まれて、苦しみながら紛争を鎮めるために力を尽くした詩人だった」(65頁)。モンテーニュはロンサールを「古代の完璧さからそう離れているとは思わない」と高く評価している。
しかし、両者は同じような世界観・自然観・宇宙観を共有していたわけではない。両者の思想を比べるときに際立つのはむしろ両者の特質の違いである。モンテーニュは、「ロンサールからも遠く離れた地点に立っている。かれは人間を等身大に引き戻す。われわれがそこに見出すのは、ルクレティウスが『事物の本性について』の根底に置いていた唯物的な現実認識に近い人間の認識だと見ていいだろう」(201頁)。
この点については明日の記事で引き続き保苅氏の考察を辿ることにして、モンテーニュもおそらく共感したであろうロンサールの詩句(保刈書281頁に引用されている)によって今日の記事を閉じることにする。
Vivez, si m’en croyez, n’attendez à demain :
Cueillez dés aujourd’huy les roses de la vie.
生きなさい、私を信じるならば、明日を待たずに
今日からすぐに、命の薔薇を摘みなさい。