今日の午前中、学部二年生の「古代日本の歴史と社会」の学期末試験があった。通年の授業で、前後期それぞれに中間・期末試験があるから、今日の試験が四回目の試験である。多くの学生たちとってこれが二年生として今年受ける最後の試験であった。
以前話題にしたことだが、この授業は科目名に「古代日本」とあるが、実際は通年で古代から幕末までをカヴァーすることになっている。しかし、これはいくらなんでも無茶な話である。フランス語の参考文献だけを使い、フランス語で説明するだけでよいのならば、なんとか駆け足で日本の中学レベルの日本史の教科書程度の内容はカヴァーできるかもしれない。ところが、学生たちはそのような通史は一年ですでに受講している。二年必修のこの授業では、原則日本語の文献を基礎とし、授業中に日本語のテキストを読ませながら語学的説明と歴史的内容の説明をしていく。学生の多くの日本語読解力はまだ初級レベルだから、当然、進度は遅くなるし、取り上げることができるテーマも限られてくる。そのような制約の中で、私はできるだけ日本の一流の歴史家の書いた一般向け書籍からテキストを選ぶようにした。だからなおのこと日本語の構造の説明に時間がかかる。
結果、いわゆる鎖国が完成する一六四〇年までしか到達できなかった。残された江戸時代の主要部分については、来年三年生の「近代日本の歴史と社会」の最初の二・三回を使って補うことにした。両方とも私が担当しているからこうした柔軟な対応が可能だった。
試験では毎回一題和文仏訳を課す。今回は永原慶二の『戦国時代』(講談社学術文庫、2019年)から次の文章を選んだ。
キリスト教と南蛮(なんばん)貿易あるいはポルトガル人との交流そのものが、中世から近世への展開に、直接もたらした影響は、明治(めいじ)維新期(いしんき)の西洋文明のようにかならずしも広範囲(こうはんい)ではないが、鉄砲(てっぽう)・火薬(かやく)だけではなく、仏教に対する見方など、意識や思想の面にも及んでおり、やはりそれなりにはかりしれない大きなものがあった。
実際の試験問題では、括弧内の訓みはそれぞれ当該語の上の振り仮名になっている。この文の下に「南蛮 : Barbares du Sud;明治維新期 : la période de la restauration Meiji;広範囲 : étendu;鉄砲 : arme à feu;火薬 : poudre;及ぶ : s’étendre」が語義として与えられている。その他の語はすべて授業で取り上げたテキストに繰り返し出てきた言葉ばかりで、その習得を前提としてこの文を試験問題として採用した。
二年生の終わりに読ませる一文としてはどちらかと言えば長い方である。その長さにもかかわらず、実はこの文が単純な構文であることを把握できるかどうかが第一のポイントである。つまり、「影響は」「広範囲ではないが」「大きなものがあった」がこの文の骨子であることを捉えているかどうかで点数に大きな開きができる。ざっと答案を見たところ、43人の受験者中、構文が掴めていたのは半数以下であった。
この骨子さえ掴めれば、あとは語句同士の修飾被修飾の関係をどこまで正確に捉えられるかが問題となる。文頭の「キリスト教」から「もたらした」までが「影響」を修飾していること、そしてこの「影響」がこの文の提題であり、文末まで支配していること、この二点を抑えることができれば、あとは語彙力の問題である。
ただ、もう一点、別の問題がある。それは、与えられた日本語にはそれに相当する語句はないが、仏訳する際に必ず補わなければならない指示代名詞があることである。この文は「影響」が提題であるゆえ、「西洋文明のように」も日本人にはするりと読めてしまう。つまり、「西洋文明(の影響)のように」と補って読むことができてしまう。逆に言うと、それがわからないとこの文はよく理解できない。案の定、できのあまりよろしくない学生たちは、文に顕在的な要素だけで理解しようとするから、ここで躓く。
この文が話題にしているのは、十五世紀半ばから鎖国までのいわゆる「日本におけるキリスト教の世紀」における西洋文明の影響と明治維新期の影響との違いと前者固有の重要性である。言うまでもなく、キリスト教の世紀における西洋文明の影響と明治維新期の西洋文明とが、より端的に言えば、「影響」と「文明」とが比較されているのではない。それは自明だと日本人なら言うであろう。「西洋文明の影響」と「の影響」(あるいは「のそれ」)を補うほうが確かに厳密かもしれないが、「くどい」あるいは翻訳調だと感じる日本人も少なくないであろう。
しかし、これはフランス語では通らない。比較されているのは二つの影響であることを明示しなくてはならない。「影響」の訳語としてinfluence を選んだのなら、それを繰り返すか、あるいは指示代名詞 celle に置き換えなくてはならない。以下の私訳では、「影響」を impact と訳しているので、それに応じて指示代名詞は celui となっている。
L’impact direct du christianisme, du commerce avec les Barbares du Sud ou des échanges mêmes avec les Portugais sur le développement depuis le Moyen Âge à l’époque prémoderne n’a pas nécessairement été aussi large que celui de la civilisation occidentale durant la période de la restauration Meiji. Pourtant, comme il ne s’est pas résumé aux armes à feu et à la poudre, mais également il s’est étendu sur les plans de la conscience et de la pensée, telles que les opinions sur le bouddhisme, il eut aussi une importance inestimable à sa manière.
フランス語における指示代名詞の使用は日本語においてよりはるかに厳密である。それゆえ、フランス語に訳すことで元の日本語文では非顕在的な要素が炙り出されることになる。とりわけ、提題の「は」をめぐってこの問題がよく発生する。