内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

店の奥の部屋 ― モンテーニュ『エセー』第一巻第三十九章「孤独について」より

2023-05-21 22:35:40 | 読游摘録

 フランス語に « arrière-boutique » という言葉がある。店舗の奥の部屋のことである。言うまでもないことだが、この部屋は表に面した店舗の存在を前提としている。店舗がなければ、店舗の奥の部屋もへったくれもない。店舗には商品が飾られ、客との対応もそこで行われる。それに対して、アリエール・ブティックには客は入ってこない。そこは仕事の合間に休憩する場所である。商品の倉庫を兼ねる場合もあるであろう。
 モンテーニュの『エセー』第一巻第三十九章「孤独について」のなかにこの言葉が出てくる。宮下志朗訳で引用する。

できるならば、妻子や財産を持ち、とりわけ健康を保持すべきだ。でも、われわれの幸福が、それらに依存しなくてはいけないほど、執着するようであってはいけない。われわれの本当の自由と、極めつきの隠れ家と孤独とを構築できるような、完全にわがものであって、まったく自由な、店の奥の部屋(アリエール・ブチック)を確保しておくことが必要だ。そしてこの部屋で、きわめて私的にして、外部のことがらとの交際や会話が入りこむ余地もないような、自分自身との日常的な対話をおこなわなければいけない。妻も子も、財産も、従者も召使いもないように、話したり、笑ったりするのだ。それは、そうした存在を失うような事態が訪れても、それなしで済ますのが、別に目新しくないことにするためである。

 しかし、アリエール・ブティックに引きこもったままでは商売にならない。店に出て客と対応し、商品を売りさばいてこそ、店の奥の部屋を持つこともできるし、それを確保する必要も出てくる。