
円空のふるさと美並から北上して、飛騨で一泊した。
天気は相変わらず不安定で、朝まで雨が降っていた。
十二が岳から眺望を楽しむつもりでいたが、
好転しそうもないので、高山観光に切り替えた。

古い町並みを歩き、陣屋の朝市で旧知のおばあさんから、
キュウリやトマトを少々買ったら、スクナカボチャとエダマメを貰った。


おまけの方が高いので、支払おうとしたが、
受け取ってくれない。
飛騨の人は、いつも親切で暖かい。

山里に住んでいた頃、農作業や田舎暮らしのコツを
教わった人にも会うことが出来た。
85歳になるが、元気に農作業に励み、主宰しているわら細工大学校で、
ムシロやワラジ、縄ないなどを教えている。

今年の米の出来具合や、世間話などで旧交を温めた。

円空彫刻から話が広がり、家の前にある、
二之宮神社の大ケヤキのいわれを聞いた。

樹齢800年以上の大木が枯れ始めたので、
幹に仏像を彫ったら生き返ったと伝えられている
ほとんど風化していたが、顔の部分は形を留めていた。
八百比丘尼と言われているが、ひょっとすると円空が
彫ったのではないかと、話が発展した。
目や口の表情は、明らかに違っているので、
説は変えられない。
言い伝えや伝説は、こんなことから生まれるのかと、思ったりしたが、
何となく田舎の懐かしさが伝わる話題になった。

ひるがの高原サービスエリアから、飛騨の山々へ別れを告げて
名古屋へ向かったが、最後まで雲に隠れて、顔を見せてくれなかった。