しばらく行くと、ちょっとした大きな門が現れた。この先が城内なのだろう。大陸には、こうして城壁に囲まれた街は珍しくなかった。インドに来て、城壁を見ることはなかったが、巨大な門構えを見て、わたしはなんとなく納得した。
門をくぐると、風景は一向に変わらなかった。田舎の町である。なんとなく懐かしい雰囲気だ。果たして、ホテルはあるのだろうか。
やがて、道はなだらかな登り坂になった。わたしは、坂を歩きながらホテルを探した。バックパックを背負っているのに、誰もいっこうに近づいてこない。普段のインド人は、うざったいのに、このときは少々寂しく感じた。ある意味、ホテル情報をもたらしてくれるリキシャーワーラーが恋しく感じた。
坂の上まで登ったが、ホテルは見つからなかった。道を行き交う人に西洋人の姿はなく、明らかにここは観光地ではないということが分かった。まさか、この町にホテルはないのか。そんな思いにすらとらわれた。坂の上の向こう側も物色しようとしたが、坂の上は何かと不便だと思い、坂の下をもう一度探してみることにした。注意深く建物の一つひとつを確認していると、金物屋の店頭で、ブラブラと暇そうにするオヤジと目が合った。
「何か用か?」。
不審な外国人に対して発する不安気な声だった。
「ホテルを探してる」。
と返すと、「あぁ」と小さく頷き、「坂の下の手前に一軒あるぞ」と指差した。果たして、ホテルはあるかと坂を下っていくと、ゲストハウスと書かれたこじんまりとした建物があった。建物の中を覗くと、人の気配がない。
「イクスキューズミー」。
何度か、声をかけたが、誰も出てこない。待つこと、十数分。ようやく、若い男が店の奥から現れた。彼はわたしの姿を見て、少し驚いた様子だった。
「泊まりたい」。
わたしがいうと、彼は動揺しながら、「OK」と言った。「一泊いくらか」と聞くと、彼は「45ルピーだ」と言う。約135円。ジャイプルで泊まっていた「ジャイプルINN」が48ルピーだったから、咄嗟に高いと感じた。もう少し安くならないかと聞くと、「何泊するか」というお決まりの質問が返ってきた。「2泊か3泊」とわたしが返答すると、若い店主は、ちょっと考える素振りをして、「ジャスト40ルピー」と言った。
まぁまぁかな。わたしは、その金額で手を打つことにした。少しずつだが、ニューデリーから宿泊代は安くなっている。
宿は、本当にゲストハウスなのかと疑いたくなるような設備だった。部屋は最上階で、8畳くらいある打ちっぱなしのコンクリートの空間だった。最上階といっても5階建てのビルである。部屋の真ん中に寝床が敷いてあった。それはベッドではなく、マットレスを床に直に置いただけのものだった。
部屋には入口以外に、もう一つドアがあり、そこを開けると、屋上に出た。ちょうど、辺りは夕暮れにさしかかる時分で、遠くを見渡していると、その先に見える山々に、夕陽が差し込んでいる。アジメールの町には、高い建物がなく、遠くの山まで見渡せるのだった。インドに来て、初めて見る山々だった。
風は優しく、わたしを吹き付けていく。ラジャスターンの渇いた風は妙に心地よかった。ジャイプルよりは暑くないのは、風が爽やかだからか。
アーグラー、ジャイプルと巨大な観光都市で10日を過ごし、インドに嫌気がさしてきた中で、出会った、一時のオアシス。「いい町に来たな」。
わたしはそう思った。
この宿はシングル。40ルピーだから、けっこうな料金でしょ。この後のインドもしばらくシングルを使うよ。
ニューデリーから、宿泊料金が安くなっていくことにも注目してほしいな。
なお、このゲストハウスはシングル?
ベッドでなくマットレスというのは中々荒々しいけど、そういうとそんな安宿あったよねえ。
俺はジャイプルインではドミトリーだったけど、師はシングルだったのかな?
さて、この静かそうな街でもなにか起こるのかな。