若きカップルの婚礼パレードに加わったわたしは見よう見真似で踊り、声をあげた。時折、自分の背後に鎮座する新郎、新婦と目があい、共に笑い合った。新郎と新婦は初々しくもあり、また幸せそうだった。また多くの人らが彼らを祝福をした。パレードに参加している人だけでなく、バザールを往く人々らも新婚の者たちに手を振ってお祝いした。その光景を見ていると、わたしのような単なる旅人でさえ、幸せな気持ちになった。
一体、このパレードはいつまで続くかと思うくらい、延々と歩いた。日はいくらか傾いたが、それでもまだ暑さが残り、パレードの熱気と相まって、わたしは汗だくになって歩き続けた。どうやら、バザールを通り過ぎて、また自宅に戻るコースらしい。そろそろ疲れたなとわたしは列を離れ、新婚夫婦に手を振って別れを告げた。彼らは軽くうなづきわたしに挨拶をした。
列を離れたわたしはバザールの道端にあったござに腰を下ろし、煙草に火を点けた。1時間は歩いただろうか。足が棒のようになり、しゃがむと膝に痛みを覚えた。
ぼんやりと煙草をふかしていると、さっきパレードに「来いよ」と誘った男が小走りに近づいてきて、「最後までついてこいよ」と言った。
「いや、ちょっと疲れちゃって」とわたしが言い訳すると、「今夜はご馳走だ」と言う。その言葉に誘惑されそうになったが、そのためにパレードに戻るのは不純だと気づき、「ありがとう」とだけ言った。
「そうか」と言いながら、やにわに彼はポケットから葉っぱを取り出し、何かを作り始めた。広げた葉っぱに銀色のジェルを塗り込み、その上に実のようなものをふりかけている。
「それは何だい?」。
わたしが尋ねると、彼は顔を上げて答えた。
「キンマさ」。
実をふりかけると、器用に葉っぱを折り曲げ、それを口に入れた。
「キンマ?一体なんだろう。噛み煙草のことか」。
わたしが不思議そうに眺めていると、彼はポケットから再び葉っぱを出して、「お前もやってみるか」と訊いてきた。
わたしは好奇心を抑えられず、思わず「うん」と答えた。
彼はまた同じように「キンマ」をこしらえ、わたしに差し出した。そして、口に入れるゼスチュアをした。わたしは恐る恐る、それを口に入れ咀嚼してみた。
「キンマ」は不思議な味がした。薬のように苦味があり、一方では微かな清涼感もある。強いて言えば、昔父親が好んで口にしていた仁丹に味が似ている。あんまり、おいしい代物とはいえなかった。
「キンマ」を口にしていた彼は時折、口から唾を吐いた。それを見て、インドに来てから感じていた疑問がひとつ解けた。それはインド人が時折吐く赤い唾である。はじめは血の混じった唾だとばかり思っていたが、あまりにも多くのインド人が赤い唾を吐くので、ずっと不思議に感じていた。だが、それは「キンマ」によるものだったのだ。「キンマ」にはそういう成分が入っているのだろう。だが、唾を出すのは至難の技だった。口の中の「キンマが邪魔をして、うまく唾が吐けないのだ。わたしは段々苦しくなり、「キンマ」を口から吐きだしてしまった。
それを見て、彼は笑みを浮かべて、「これは慣れないと難しいからね」と言った。男はやがて立ち上がり、「パレードに戻るよ」と言った。
わたしは『ありがとう」と言った。そして、新郎新婦に「おめでとうと伝えてほしい」と付け加えた。
彼はうなづき、バザールの雑踏の中に消えていった。
改めて調べてみると、中々面白いことが色々とあるね。国によっての違いとか。
今は、発がん性の問題とか、赤いツバが不衛生とか、歯の色が変わってしまうなどといった理由で、どの国でも愛好者は減ってるみたいだね。
俺も、日本に戻って口腔がんの可能性があるって書いてあったのを見て、「うへぇ~~~。やめときゃ良かった」って思ったもんなあ。まあ、一回やったくらいじゃ大丈夫なんだろうけど。
しかし、結婚式のご馳走がどんなもんだったかは、興味あったなあ。師にはぜひ披露宴に参加してみてもらいたかったよ。
自分も調べてみたけど、店によってテイストが違うみたいだね。
「キンマ」という人もいれば、「パーン」と呼ぶ人もいて、同一のものなのかな。
結婚披露宴、どんなだったかなぁ。あの夫婦は今も幸せに暮らしているのか、時々思い出すよ。