
「焼半衛」で飲んで、さぁ帰ろうかと西武線の駅へ向かって歩いてると、1軒の店を通り過ぎた。何気なしに店に目を遣ると、何ともそこは立ち飲み屋だった。
店の名前は出ていない。それどころか、店舗の上部にあるテントに目を向けると、福助のような時代がかったキャラクターに「のり巻・お弁当・おにぎり」と書かれ、更に「だんご・和菓子」とある。
「一体何の店なんだ?」。
だが、店内に目を転じると、確かに人が立ち飲んでいる。
おや?着物の女性がいるぞ?ボクはその異様な光景に思わず道端に立ち尽くしてしまった。
間違いない。確かに和装の女性だ。どうやら店の人のようだ。
ボクは店に入ることにした。
長いこと、立ち飲みの店で飲んできたが、着物のママがいる店は知らないし、聞いたこともなかった。
川口でスナックのママから立ち飲みのママに転身した「山田」という店があり、ボクは「立ち飲みスナック」とタイトルをつけたが、ここは正真正銘のスナックといっていい。
しかし、この秋津という街は、なんて街なんだ。
立ち飲みのテーマパーク。いや、立ち飲みの博覧会。各パビリオンはどれもキャラが立っている。
「野島」、「もつ家」、「なべちゃん」、「焼兵衛」。そしてこの店。
「なべちゃん」以外は女性がカギを握るというのも、この秋津の特徴であろう。
さて、おにぎりと団子の店は「早苗」というらしい。
もしかして、この和装の女性が早苗さんなのか。ボクは「お茶割り」(350円)を頼みながら、女性に尋ねると、「そうですよ」と答えてくれた。
美人である。涼しげであるが、きりっとした目が、その和装と合わせて日本人らしい美を感じさせる。古風な美人である一方で、儚げなどこか薄倖の影があるのは気のせいだろうか。
店は外見からも想像できるように、決して立派なものではない。
いや、言葉は悪いが場末だ。かつての和菓子屋の店舗を改装したが、外観はそのまま。プレハブのような引き戸は決して滑らかには滑らない。
お客はご年配の方が多い。どう見ても60代以上の方が4人。そして一人だけ40代と思しき男性がやけに元気である。その男性は松戸から来られているという。ともかく、ご年配が多いお客だが、しっかりと立って酒を飲む。これは素晴らしい。
お客のニーズに合わせてなどと言って、転んできた立ち飲み屋をボクは何軒も見てきた。だが、ここは老境に差し掛かる人も文句を言わず、立って酒を飲んでいる。
ボクは無条件で感動した。
つまみは100円から。「柿ピー」、カウンターにある「韓国海苔」など。200円を支払うと「チーズサラミ」、「ウィンナー」に「やっこ」などが食べられる。
まさにスナックである。文字通りのスナックである。これにカラオケさえあれば、もはや完璧である。
先客らの話は軽妙だった。単なる馬鹿話なのだが、早苗さんがそれをおかしい話にアレンジすると、話はどんどん盛り上がっていくという風だった。店に入って、ものの20分で、ボクもその輪の中に入れてもらい、馬鹿話に花が咲く。
その早苗さんの術中はさすがだった。ずっとこの世界で生きてきたという手練な技。これが楽しくて、足繁く店に通うのだろう。しかも、美人女将とくれば、なおさらだ。
1日の終わりに、男は女に話を聞いてもらう時間が必要なのである。だから、女は海であり、港なのかもしれない。
今、世の中に起きているスナックブームは、そうした男の本能が寄港する場所を強く求めているからなのではないだろうか。「ブルータス」が特集を組み、水道橋博士のランパスのようなものが出るくらいに。
艶やかな早苗さんのお店。
そこはまさしく男の港である。
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