インド西部のアフマダーバードは19時半を過ぎても、まだ明るい。西陽は強く、いくらか涼しくはなったものの、まだまだ相当に暑い。宿に帰る帰路、バザールを歩いていると突如、無力感に襲われた。日本を出て半年になるが、それまで一度もそんな思いが湧いてきたはなかったと思う。それは望郷ともいえる、里心だった。
「日本のビールが飲みたい」と思い始めると、その気持ちの綻びはまるで感染症のようにじんわりと広がっていった。アーグラー以来、日本人に会う機会はなく、日本語を話さない日が続いていた。これまで辿ってきた国々では少なくともそんなことはなかった。どこ町にも日本人は大概いたし、何日も続けて、日本語を話さない日などはなかった。だが、かれこれ数えてみると、もう2週間は日本人と会わず、日本語を話していなかった。
また、これまで通ってきた文化は中華圏に属し、身近に感じたがインドの文化や風習はこれまでとは異なり、すぐに馴染めるものではなかった。とりわけ、買い物の値段交渉は心身ともに疲弊する。うんざりするとともに、敗北感や逡巡、時には自分を弱気にさせるものの一つだった。
恐らく、この先、インドを南下すれば、ますます日本人の姿を見かけなくなるだろう。しかも、日本との距離はもっと離れていくことになる。それは不安だし、心細くも感じる。それを里心と呼ぶかは分からないが、もはや自分の中には絶望にも似た空しさと虚無感が支配しつつあった。
なんとか宿に戻り、シャワーを浴びたが、気持ちは全く落ちつかなかった。この先、自分は旅を続けていけるのか。そんな不安が広がり、心が揺らぎ始めた。
「帰ろうかな」。
そんな思いをつい言葉に出してみた。口にしてみることで、ようやく心の均整がとれるような気がした。
長く続けることで、旅が非日常ではなく、日常になってしまった時に訪れる、つまらなさや虚しさ、寂しさ。
そして、暇故に、それらがどんどんと己の頭を支配し、更にネガティブ思考へとつながっていく負の連鎖があったよ。
俺の場合、それらに支配さて、旅程を切り上げて帰国した時もあったなあ・・・。
でも、この時の師は帰ることなく、このあと南インドへと旅を続けていくんだっけ?
俺のインドの旅路は、まさにゴールデンロードをかいつまんだだけだったからなあ。今思えばホントビビりまくってたな。
ただ、今も、もうインドと戦えるパワーはないようにも思う。悲しいかな、身も心も老化したせいだと思うよ・・・。
ある意味、badだよね。精神的な。
一度、badに入ると、立て直すのはなかなか難しく、辛かったなぁ。インドは。
仕事をリタイアしたら、この旅の続きをしたいよ。気力はあっても健康かどうか分からないけど。あ、世界ぎ平和であるかも分からないけどね。