インドの映画館は凄まじかった。
ジャッキーが人間技とは思えないアクションを繰り出す度、観衆は立ち上がり、嬌声をあげて喜ぶのである。ご存知の通り、ジャッキー・チェンの映画は彼が派手なアクションをする度に、何度も別角度でリプレイする構成になっているが、ボンベイの映画館に集った野郎どもらはその冗長なシーン毎に手を叩きながら奇声を発した。マークもそれに合わせて、立ち上がり、ワオ!と声を上げた。もうストーリーどころではない。
ヒンドゥ語を操るジャッキーに面食らい、日本では考えられない劇場の雰囲気にわたしはのまれていたが、やがて少しずつそれに慣れていき、気がつけば自分も拍手を打って歓声をあげた。幸い、ジャッキーの映画は言葉が分からなくてもおおよそストーリーが分かる。ハッピーエンドで映画が終わろうとすると、観客は総立ちになり、やんややんやの大騒ぎになった。
映画館を出る頃、自分の声がかすれていることに気がついた。ついつい自分も大声を出してしまったらしい。映画を見終わったボンベイの野郎どもも帰宅の途につこうとしていたが、まだまだ彼らは興奮していた。
一人の男が近づいて、「どっから来た?」とわたしに尋ねてきた。
わたしもまだ興奮していたのだろう。
「香港だ」と軽い冗談のつもりで言った。
すると男は「ほぅ」と相槌を打って、更に興味深げに話してきた。
「ジャッキーに会ったことあるか」と聞く。
「もちろんだ」と答えた。
「本当か?」
男は少し興奮気味にうわずっている。
「あぁ、わたしはジャッキーの弟なんだ」。
日本なら、「んな訳ないだろ」となり、それで話しは終わるはずだ。このボンベイでも「冗談はよせよ」くらいで、笑っておしまいと思った。ところがそうはならなかった。
男は興奮を隠さず、周囲の野郎どもらに大声で叫んだ。
「お〜い、こいつ、ジャッキーの弟だってよ!」
すると、それを聞いたボンベイの野郎どもが次々に集まってきた。
「本当かよ」。
口々にそう言いながら、人が集まってきて、わたしの周りに群がった。それを見ていたマークは、「じぁあな」と言い残し、その場から離れていった。
「お前もアクション出来るのか?」
「サインくれよ」。
これは困ったことになった。もう冗談ではすまないだろう。人が群がっているのを見て、更に人の波は増えていく。なんだか急激に怖くなってきた。わたしは「少し疲れているから、ちょっと勘弁してくれ」と小走りでその場を離れようとした。ところが彼ろも早足になり、更にわたしを追いかけてくる。
わたしは少し速度を上げて走り出すと、一軒のゲストハウスを見つけ、そこに駆け込んだ。扉が閉まると、彼らは建物の前で急停止し、一様に両手を上げた。そして、諦めたように散らばっていった。
いやはや危なかった。このインドではうっかり冗談も言えない。ゲストハウスの店主は呆気にとられていたが、事情を話すと彼は理解してくれた。
さて、宿に戻るか。
外に出て、歩き始めると、後ろから声をかける者がいる。はじめは自分のことではないだろうと思っていたが、その声は少しずつ大きくなり、やがてわたしの背後で聞こえるようになった。
「ハロー」。
後ろを振り向くのが怖くて、わたしはまた早足になった。
よく無事で切り抜けましたな。
自分も興奮していたからー。
「地球の歩き方」とかに暴動が起きた時の対処方とか、暴動の前兆とかについて書かれていて、暴動なんて起こるのかなと思ったりしたけど、興奮状態の人が集まると暴動に発展するような気がして、怖くなりました。
インドは何が起こるか分からない!
本人だったらまだシャレになってたかもしれないけど、弟なのがやばかった。よく暴動にならなかったなあ、ほんと。
しかし、歩き方に暴動の前兆とか、起きた時の対処法とか書いてあったっていうの、メッチャ興味あるよ。
本人と名乗っても信じたりして。
「おい、ここにジャッキーがいるよ!」みたいな。しかし、インド人て、日本の常識でははかりかねるところが多々あるね。
「歩き方」のインド編て、けっこう怖いこと書いてあったね。
ハシシで捕まって拘留されていた人が、ようやく釈放されることになって、本人も楽しみにしていたのに、前日夜自殺したみたいなこととか。
「歩き方」のインド編が一番えぐかったなぁ。