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芝明神の近く、商店街の通りに草木に覆われた建物がある。ちょっと廃墟のような建屋。店の看板に「喫茶 モト」とあり、そこが喫茶店であることが分かる。問題はその店が営業しているかどうか。いや、喩え営業しているとしても、入りにくい。
昔から、この店はあった。
ボクが浜松町で働き始めた21年前から、すでに店はあったように思う。但し、興味のない人には、この店は目に入らないだろう。草木に包まれた、廃屋としか映らないだろうから。
ある日、ボクは店に入ってみることにした。入口の扉も壊れかかっており、扉はやや半開き。恐る恐る扉をひいてみて、中を覗くと、そこは本が平積みされ、様々なアートが所狭しと置かれている。テーブルは、その隙間に、かろうじて置かれているに過ぎない。それらが、整然と並べられていたら、美しくあるのだろうが、そこはとにかくカオスだった。悪く言えば、ゴミ屋敷と言っても、あながち間違いでもないだろう。
ボクは、2人掛け用のテーブルに腰掛けた。
すると、店主とおぼしき、年配のマスターが出て来ておしぼりとお冷やをテーブルに置いた。
意外なマスターだった。もっと、いかつい頑固おやじが出てくるものとばかり思っていたが、優しそうなお父さんが現れたからだ。
ボクは、「ブレンドコーヒー」に「ミックスサンド」を頼んだ。
ボクの座っているとこは、分厚い美術書がたくさん平積みになっており、ちょっと触るだけで、本が倒れてくるのではないかと心配になる圧迫感があった。しかも、そのいずれもほこりっぽかったし、本のすき間から虫が出てきそうな嫌な予感もした。
ふと、窓の方を眺めてみた。
窓の外は、草木で覆われており、窓外の様子は分からない。ただ、木漏れ日がキラキラと光っており、美しい。そこにひっきりなしに鳥が飛んでくる。しかも1羽や2羽ではない。どうやら巣があるようだ。しかし、鳥のさえずりは、きいていて悪い気はしない。むしろ、最高のBGMである。なんとも、ここは鳥たちにとって、都会のオアシスのような場所なのかもしれない。
やがて、「ミックスサンド」が運ばれてきた。ずんぐりとした、おやじさんがこしらえたとは思えない、繊細なそれだった。
ひとつつまんで、頬張ってみる。
「うまい」。
ずいぶん、手慣れた「ミックスサンド」である。
はじめは落ち着かなかった雰囲気も、鳥のさえずりで、すっかりリラックスできた。所狭しと置かれた美術作品を見ていると、店そのものがアートに見えるから不思議だ。
道行く人を隔てる草木。そのグリーンカーテンのこっちがわは、想像もできない混沌が広がっていた。アートはカオスである。その世界観は、作ったものではなく、自然に堆積してできた美術館なのだった。
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