従業員が退職の申し出と同時に、使い残した年次有給休暇(以下、「有休」と略す)の取得を要求してくることがある。
確かに、有休は労働者の権利であり、それをこれまで取らせて来なかった会社にも非のある話ではあるが、退職予定者が長期間出勤しないことによって業務引継ぎに支障が出るのであれば、会社としては対策を講じなければならないだろう。
と言って、「有休を取らせない」という選択肢は無い。有休は、労働者が指定した時季に与えなければならず、会社側には、事業の正常な運営を妨げる場合に限り他の時季に与えることが許されている(労働基準法第39条第4項)だけなので、この時季変更権を在職中に行使できない以上、本人の求める通りに有休を取得させなければならないのだ。
会社もしくは経営者によっては、「退職願」を受理せずに「解雇してしまおう」と考えるかも知れない。
しかし、解雇するには合理的な理由があり社会通念上相当でなければならない(労働契約法第16条)ところ、「有休取得を申し出たこと」は解雇の合理的な理由たりえず、仮に業務引継ぎが不完全であったとしてもそれだけをもって解雇するのは相当性の点で無理がありそうだ。
また、解雇に際しては、30日前の解雇予告またはそれに代わる解雇予告手当が必要(労働基準法第20条)であるので、会社が本人に支払う金額は有休を消化した場合と大差なく、解雇の効力を争われるリスクを冒してまでこの方法を採るメリットは無いに等しい。
それよりも、会社としては後任者への業務引継ぎを確実に行ってほしいわけで、そのために有休を消化できない場合は、退職日を繰り延べしてもらう(=退職願を書き直してもらう)か、消化しきれなかった有休を買い上げる(有休の買い上げは通常は禁じられているが退職時に残った有休は買い上げても良い)ことを前提に、本人と交渉するのが最善策と言えよう。
ただ、これは、あくまで退職者本人に納得してもらわなければならず、会社が強制できるものではないことは承知しておかなければならない。会社の都合による退職延期を肯定した裁判例(東京高判H21.10.21)もあるにはあるが、他の争点も絡んでいるので、この部分だけを切り取って判断するのは危険だろう。
もちろん、引継ぎも業務であるから、会社がそれを命じるのは当然であるし、退職予定者もその命令に従う義務を負う。そして、これに従わなかった場合には、(無論「解雇」以外の)制裁を科したり、賞与や退職金の金額に差異を設けたりすることは、規程に定める範囲内で可能ではあるので、それによってある程度の実効性は担保できよう。
もっとも、こういった場面で慌てないように、計画的付与制度を活用するなどして日ごろから有休取得を促進しておくべきであるし、そもそも“働きやすい会社”として自己都合退職自体を減らしていくことを経営者は目指すべきなのではなかろうか。
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