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青いピンは9月の旅、ピンクのピンは10月の旅 スクロール 拡大していただくとわかるのですが スポットはほぼ直線に並んでいました。
熊野那智大社 → こちら
青岸渡寺 → こちら
熊野元宮大社 → こちら
大斎原 → こちら
熊野速玉大社 → こちら
高山から名古屋 新大阪を経て 紀伊勝浦駅に着いたとき 時刻は23時でした。駅から2分のビジネスホテルに宿泊 翌朝 勝浦港でみかんを売っている とらやのおばちゃんと知り合いになりました。おばちゃんは私を見て心配になったのでしょう。那智大社 や本宮へのショートカットを教えてくれました。
9時出発 レンタカーを借りました。ここの木田さんもとても心配してあれこれ教えてくれました。よほど心もとなく見えるようです。最初に那智大社 おばちゃんに教えてもらったように防災道路から青岸渡寺のパーキングに向かいます。三重の塔にのぼると(拝観料200円)4Fから那智の滝の滝つぼまで見えます。轟々と滝音がとどろき霊気がひたひたと寄せてきますます。思わず手をあわせ 水を汚し奉った罪をお詫びし 水へ感謝奉り 日の元の国へのご加護をお願いしました。昨年台風12号で滝は氾濫し20名もの方が亡くなられたそうです。そのまま那智大社に向かいました。ご参拝させていただきご神体は那智の滝であろうと感じました。 パワーは那智の滝からくるのでしょう。飛瀧神社のパーキングがいっぱいだったのが残念でした。
本宮へは40キロ弱 168号線を走ってゆくうち 懐かしい風景が目の前に繰り広げられました。先月の旅 では ① 大神神社 大和神社 石の上神宮 そして ② 吉野水分神社 天河神社 熊野三社の奥宮である玉置神社 にたどりついたのですが 河に寄り添う168号線を今度は反対に遡っているのです。台風12号の被害から まだ回復せず あちらこちらで一方通行 工事中、 山肌が削られた痛ましい山容を目にしました。
二時間ほどで本宮です。本宮にご参拝してオヤと思ったのは これがほんとうに熊野大社本宮なのか...というなにか 肩透かしのような気分でした。たしかにウラの森からは霊気を感じるのですが これだけではないはずだと思ったのです。今度の旅では 大斎原 と花の窟神社と神倉山が気にかかっていたことを思い出し 大斎原に向かいました。紫の袴の禰宜さんがおられたので道を訊ねました。道路の反対側に巨大な鳥居 その奥の森がそうだというので すぐ向かいました。大斎原おおゆのはら とは もともと熊野座神社が鎮座していたところですが 明治時代の上流の森林の乱開発で大洪水が起こり 熊野川の岸辺にあった大斎原は流されてしまったのでした。今の元宮はその一部を遷座したものです。
緑の畑のなかをまっすぐな一本道がつづいています。見上げるばかりの大鳥居をくぐり 森に入ります。ひらけた野が目に入ります。大斎原の気はすばらしいものでした。くらくらいたしました。参拝したあとしばらくベンチで呆然としておりました。至福の時間でした。そのとき わたしは 熊野元宮のご神体は熊野川であると確信したのです。 緑のなかに白と紫の衣装のさきほどの禰宜さんの姿を見かけたので お尋ねすることにしました。「ご神体は熊野川ではありませんか?」 と訊くと「そう考えてもよいと思います 龍神ですね このあたりは伏流水が流れています」という答えが返ってきました。大斎原のパワーについては 口にする方がいるとのことでした。パワーが強すぎて大斎原に入れない方もいらっしゃるそうです。
帰り道 熊野川の岸辺をあるきました。とうとうと流れる川 迫るやまなみ 壮大な眺めです。けれども 風にのって耳障りな音が聞こえます。それは砂利を採取している工場の音でした。工場の裏手にある岸辺の産土神社に参拝しました。とてもなつかしい気持ちがしました。
左現在 右往時の大斎原
駐車場で ぎょっとすることが待っていました。レンタカーの右に5センチほどの傷があったのです。那智大社ではなかったキズでした。たしか営業補償 2万円といったっけ.....。貧乏旅行でお金はないし.......4時 みるりいな というカフェで 野菜スープとチーズケーキの遅いランチをとって 明日すこしでも早く車を返すために 今日のうちに熊野まで行くことにし 速玉大社に向かいました。
速玉大社は熊野三山の元締めのようなものなのだそうです。気もたいへんよかったし 巫女さんの対応がすばらしかったです。境内の左斜め後方から強い力を感じたので もしや 神倉山では? とお尋ねしたところ やはりそうでした。ご神体は神倉山 あるいは 右手が熊野川河口ですから 熊野川...かと思いました。(そのことは翌日神倉山であきらかになりました。) 参拝後 すぐ脇を流れる 熊野川を見にゆきました。神事御舟祭りでは川のなかの島を舟で競争して回ります。けれども その島が 昨年の台風12号で木という木がなぎ斃され見るも無残な姿になっておりました。
それから熊野市に急ぎました。宿が決めてなかったのですが 道の駅の方にお手配いただき 簡保の宿にとまることになりました。翌日 簡保の宿と花の窟神社 産田神社が至近距離であることを知りました。
9月 奈良吉野熊野の旅 http://blog.goo.ne.jp/luca401/s/%C6%E0%CE%C9%A4%CE%CE%B9