町田営業所業務日報

地元周辺の鉄道・バス車両について気紛れに綴ります。

山の手から湾岸部まで運用範囲を拡げた東京都交通局(都営バス)のフルフラットバス

2024年12月31日 | 都営バス

2012年度で一般路線車をノンステップバスで統一した東京都交通局では、更なるバリアフリー化を図るべくフルフラットノンステップバスの導入しました。現在の国内向けに量産されているノンステップ仕様大型路線バスは中扉以降の車内後方に大きな段差が出来るため、これを解消するのが課題となっており過去にも車内後方の通路をスロープ状にした試作的ノンステップ車が在籍しましたが、全体で見れば少数派に留まり後年に一般的な仕様の新型車で置き換えられています。しかし2017年9月7日の報道で、床面をフルフラット化した車両の導入を発表し平成30(2018)年度末の運行開始を予定していることが発表され、製造メーカーに注目が寄せられました。手掛けたのは大型トラック生産で世界第3位を誇るスウェーデンのスカニア(Scania)社がシャーシ(製造工場はポーランド)を、ボディーはアジア向け輸出の実績も数多いオーストラリアのバス用ボディーメーカーのボルグレン(Volgren)社で、実に戦前以来となる欧州からの輸入車となりました。

海外市場での型式はN280UB4x2EBですが、日本で型式認定を受けた際には2DG-NB4X2BVJとされています。初めて上陸したのは2018年10月のことで、短尺を採用している在来車より車体が若干長く標準尺相当になることから各所で試運転を実施し同年12月25日より巣鴨自動車営業所に配置されたD902号車が都02系統(大塚駅〜錦糸町駅)で運転を開始しています。その後は2019年4月までに杉並・小滝橋・南千住にも配置され総勢29台が導入されました。カラーデザインも一新され一目で海外製と分かる外観からも非常に目を引く存在です。

配置されてからは主に山手線の北部から副都心の周辺で運用されていましたが、2023年3月〜4月の大規模な転属が実施され小滝橋・巣鴨より千住・北・江戸川・深川・有明の各所に転出し、これまで見られなかった湾岸部の路線でもその姿が見られるようになりました。

エンジンとその周辺機器をリア部に集中させているため、行先表示器を設ける一方で窓が無く排気口が設置されているのも日本車では見られないスタイルです。車体素材はアルミ製で、衝突事故などを考慮し強度を更に向上させています。

従来車両に近付けながらも、FRP成形品の座席や大型の窓など欧州車らしい雰囲気が漂う車内。座席はドイツのキール(Kiel)製品で、多様な国の製品が盛り込まれる仕様になりました。床材は灰色仕上げですが、無地ではなくフローリング模様が入り、間接照明と相まって高級感を出しています。また、試験導入に留まっていたUSBポートが本格的に設置され、Wi-Fi設備と共にサービス向上が図られました。タイヤハウス上の座席が設置されているのもバスマニアには嬉しいポイントです。 

欧州メーカーが手掛けた路線バスの導入ということで注目されたフルフラットバスですが、車体が長いことから運用する路線に制約があることや価格の高さ(約3500万円とのこと)からか、その後は座席を削減した標準仕様の車両に再び戻ってしまいました。日本国内のメーカーがどんな手を打って来るのかと思っていただけに少々残念な結果です。2024年は都営バス100周年という節目の年になりましたが、次の110年、120年目にはどのような車両が開発されているか、今後に注目です。(2019年の記事を加筆)

※気付けば今年で開設から10年目に入った当ブログですが、本年最後の投稿になります。いつも訪問して下さる皆様に御礼申し上げますと共に、来年もお付き合いくださいますよう、よろしくお願いいたします。

 

 

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還暦を迎えて一般営業に復帰した東武鉄道8000系・8111F

2024年12月25日 | 東武鉄道

1963年の登場以来、東武鉄道の各線に配置されていた8000系は登場以来実に40年余りの長期間に渡り、不慮の事故を除いて廃車が発生しないまま運用が続いていました。しかし2004年12月に伊勢崎線太田〜伊勢崎間と小泉線・佐野線・桐生線の各線で普通列車のワンマン運転化を進めるに辺り、対応する3両編成の800・850系へ東上線所属の8両編成を種車とし改造するため余剰になった付随車が廃車とされ、41年目にして事故以外で初の事例となりました。編成単位での廃車は2007年8月からで、伊勢崎線系統では50050系増備、入れ替わりで東上線には30000系を転用する形で廃車が進められ2011年6月30日には車内修繕は受ける一方、先頭車の前頭部は登場以来の形態を保っていた最後の編成である8111Fが定期運用を離脱します。離脱後は廃車になるかと思われた同編成は正面未修繕であることが幸いし、休車扱いを経て動態保存車に選ばれ2012年3月24日で東武鉄道から東武博物館所有になり南栗橋車両管区に移り塗装も登場時に変更、各種イベント列車に用いられるようになりました。

各種ツアーやイベントで活躍した8111Fですが、2020年の新型コロナウイルス襲来により稼働する機会が激減し、2021年頃には休車扱いになっていました。しかし2023年、東武鉄道から野田線に転属の上で営業運転に充当する発表があり、同年10月28日にツアーを兼ねて七光台支所へ回送され、11月1日より一般列車へ復帰しています。1963年の製造より60年目の出来事で、一度は保存車両になった編成が一般営業に再び戻る極めて珍しい事例となりました。東武鉄道では復帰に関して、6両編成を有効活用できる路線を検討した結果野田線で使用することになったとしています。

8111Fが営業入りしたことにより、入れ替わりで運用離脱〜廃車になった編成は8150Fでしたが、こちらも54年を迎えており8000系同士で尚且つ、最古参の編成で置き換えが実施される珍事も発生しました。正式な発表ではないものの、8111Fの復帰はメモリアル的な意味合いと共に、80000系導入までに8150Fの検査入場を避ける目的もあったのだろうと思われます。

2017年度の東武ファンフェスタで臨時列車用に残存していた急行用電車1800系と並んだ場面。2012年の保存後は登場時塗装になりますが2016年8月から2023年までは1974年から1986年まで見られたセイジクリーム一色塗装になっており、復帰前の整備で再び登場時塗装に戻されています。ちなみに前頭部に復元された標識灯は営業運転でこそ不使用ですが本物で、2012年11月18日の東武東上線森林公園ファミリーフェスタにて実際に点灯させている姿が確認されています。

車内は化粧板が修繕され、座席も緑系に交換済みですがドア内側は登場時をイメージした濃い目のクリーム色で塗装されており、他に在籍している車体修繕車とは違う雰囲気を出しています。所有は野田線転属後も変わらず東武博物館のままとされ、広告類が一切掲示されていないのも特徴です。

来年度から運用を開始する80000系も落成し、一時は8000系だらけだった野田線からも遂に引退が近づいて来ましたが、ワンマン対応車は今しばらく活躍が続くとはいえ8111Fの今後の処遇もどうなるか気になりますね。

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新型車代替計画が明らかになった東武鉄道9000系

2024年12月23日 | 東武鉄道

2008年上旬に1969年以来長らく主力車両として活躍した東急8000系が運用を終了して以来、VVVF車で統一された東急東横線ですが、2013年より東京メトロ副都心線を介した東武東上線との直通を開始するに当り、再び直流モーターのチョッパ制御車による運用が復活しました。 

それがこの9000系で、東武鉄道では2000系に続く地下鉄直通対応車として登場し、当時は普通鋼製車体・抵抗制御の8000系の増備が続く中で、東武鉄道初のステンレス車体と自動可変励磁チョッパ制御を採用し、新風を巻き起こしました。1981年に試作要素の強い量産先行車9101Fが1編成登場し、量産車は有楽町線との直通を開始を控えた1987年より10両編成6本(9102F〜9107F)を導入しています。1991年に車体をコルゲートからビードプレス車体に設計変更した9108F、1994年にはビードプレス車体に制御装置をVVVFインバーター制御化した9050系(9151F・9152F)も加わり、10両編成10本の小世帯にしてはバリエーションがあることも特徴です。

2008年に東京メトロ副都心線が開通することに伴って、ATOによるワンマン運転とホームドア対応改造が必要になり、東武側は50000系グループの副都心線対応版である50070系の導入を発表しましたが、9000系もドア位置が異なりホームドア対応が不可能な9101Fを除き対応改造を受けることになり、運転台機器の交換や車内設備の更新を受け運用を開始。2013年には東横線・みなとみらい線にも予定通り直通運転を開始し現在に至ります。

化粧板や座席、客用扉、妻面貫通扉を新品に交換し大型袖仕切りを設置して50070系のイメージに近付けられた車内。以前は10030系や20000系と同じ配色でしたが、以前とは比べ物にならないくらいに明るく清潔感のある車内になりました。

ドア上に新設された車内案内表示はLED1段スクロール式の50000系グループと共通のもので、千鳥配置になっています。運用される全区間に対応していますが、50070系は初期車両が液晶画面化を行っている最中なので、情報提供量では見劣りするようになってしまいました。

ホームドア対応が困難なことから地上線専用車になっていた試作編成の9101Fが2023年10月16〜17日にかけて初の廃車が発生、約半年後の2024年4月30日には鉄道事業設備投資計画で9000系列置き換え用の新型車両の計画が明らかになり、いよいよ引退が目に見えて来ました。今や東京都心部に乗り入れる数少ないチョッパ制御車ということで、量産車全編成が健在のうちにじっくり楽しんで記録したいところです。

※2019年の記事を加筆・修正

 

 

 

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海から山へと転じたJR東日本211系・長野車

2024年12月21日 | JR東日本

東北本線(宇都宮線)・高崎線で長らく活躍していた211系1000・3000番台は、上野発着の列車をグリーン車連結編成で統一するため、E231系1000番台をに追加で増備し一部編成が幕張車両センターへ転出し2006年3月から千葉以東の区間の普通列車で運用されるようになりました。しかし短期間で京浜東北線から転入の209系に置き換えられ、2013年3月16日ダイヤ改正で高崎車両センター配置の編成と共に3両編成化の上で長野支社長野総合車両センターへと転用され大糸線から運用を開始。翌年2014年3月以降は中央本線・篠ノ井線・信越本線と飯田線に運用範囲を拡大しています。2011年からは、上野東京ラインの開通を控えて2007年以来停止していたE233系3000番台の増備が再開され、東海道本線用の0・2000番台とグリーン車を組み込んだ3000番台の本格的な置き換えが開始され、置き換えられた編成は3000番台が長野・高崎支社へ、0・1000・2000番台は長野へと転出し経年の高い115系の置き換えを完了させました。現在は置き換え計画がまだ先延ばしになるようで1000・3000番台に通風器を撤去する延命工事が実施されています。

JR東日本管内の中央本線普通列車の主力になっている211系6両固定編成。写真は東海道本線から転属して来た編成で暖地向け仕様でしたが転用に当たり付随車のサハ・サロを廃車としドアの半自動対応化や暖房装置の増強、スノープロウ一体型スカートへの換装などを実施しています。6両編成については通風器撤去や屋根周り修繕などの延命工事は施工されておらず、今後の動向が気になるところです。

3両編成で単独または2本併結の6両と柔軟な運用に就く1000番台。3000番台とは特に区別なく使用され、中央本線では東京都の立川から岐阜県の中津川までの他、定期列車で写真のように富士急行線への直通運転を毎日行うなど非常に幅広い運用が見られます。こちらは延命工事が順次施工され、今しばらくはその姿を見れそうです。

ボックスシートが並ぶ0・1000番台車内。観光需要や乗車時間が比較的長いことを考えてか、セミクロスシート仕様の両番台は全て長野総合車両センター向けに転用されました。シートモケット交換は転出前に施工されイメージを変えています。

通勤通学対応で東海道本線向け2000番台付属編成で初めて採用され、3000番台にも及んだロングシート仕様の車内。ラッシュ時間帯は効果を発揮しますが、車内が広い分冬季は寒くなりがちなのが難点です。それでも115系に比べると乗り心地は改善されました。

今後は中央本線の立川〜高尾間にはホームドア設置計画が存在し、それを踏まえてか幕張車両センターのE131系が遥々遠征して試運転を実施しました。これは、近い内の211系置き換えによる立川〜大月間の4ドア車統一を視野に入れていることが予想されます。211系自体も東海道本線からの転用車は経年40年が見えており、本格的に引退が始まるのも遠くなさそうなので今のうちに楽しんでおきたいですね。

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富士急行1000系1001編成(元・京王5000系)引退へ

2024年12月15日 | 関東地方の中小私鉄

本日12月15日は富士急行(富士山麓電気鉄道)1000系が31年に渡る活躍に終止符を打ちました。本形式は1993年より、小田急電鉄から譲受した5700形と自社発注の3100形を置き換えるために京王帝都電鉄(当時)より初代5000系の譲渡を受け、2両ユニット化と営団3000系の廃車発生品の台車を組み合わせる改造を施し登場した形式で最盛期は2両編成9本の18両が在籍し、主力車両として運用され、老朽化と6000系導入により2011年から廃車が開始されていました。晩年期に入ると様々な塗装バリエーションが登場しカラフルな装いでファンを楽しませていましたが、最後に残ったのは京王時代のカラーに戻された1001編成でした。

種車となった初代京王5000系が2013年で登場50年を迎えることから、その記念企画で2012年10月28日より京王線在籍当時のカラーにされた1000系モハ1001+モハ1101。京王時代の番号であるデハ5113(モハ1001)とクハ5863(モハ1101)を原寸大の切り文字で車体に再現するなど近年のリバイバル塗装車にしては非常に凝った仕様でした。

車体カラーを5000系時代に戻してからは、他編成の廃車が進行しながらも生き残り京王線当時のヘッドマークを掲出しての運転や撮影会の実施など度々イベントに登用され注目の編成でしたが、元JR東日本の205系の6000系増備後は平日に不定期に運用されるのみになった他、全く運用に入らない日も多くなっていました。

2021年度の撮影会で「迎光」のマークを掲出した1001編成。定期運用最後の2日間と最終日の臨時列車では「高尾」「迎光」と、さよならヘッドマークが掲出され、幕引きに花を添えました。

車内は京王時代からのロングシート仕様ですが、譲渡時には室内更新も行われているため化粧板や床材仕上げ、座席モケットなどが新しくなった他、袖仕切りも新設されたためイメージが変化しました。なお、観光需要が高い路線ということもありロングシートを維持していた編成は少数派で、ドア間を固定クロス+転換クロスシートとし1200形として区別される編成が多数を占めていました。

京王時代は5113Fとして1966年に新製され、26年に渡り運用された後1992年の廃車後に富士急行に譲渡され京王時代より長い31年間も在籍し、その活躍は57年余りに及びました。老朽化も大分進んでいたと思いますが、ここまで長く運用され無事に勇退を迎えたことに先ずは敬意をを表したいですね。

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