団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

やはり人間、先は何が起こるか分からないので、節目にこだわらず行ける時に行った方がいいように思います。

2019-06-26 02:52:02 | 日記
 中日新聞の読書投稿欄に「出会いと別れは世の常」というタイトルで81歳の男性が投稿されていました。




 6人きょうだいの次男に生まれた。
15歳で古里の新潟県を離れて名古屋市内の果物店へ住み込みのでっち奉公に出た。

 奉公先の主人らに恵まれ、商いの原点や生き方を教わった。

 22歳でのれんを分けてもらい、16.5平方メートルほどの小さな店を名古屋市に構え、
近くで六畳一間のアパート暮らしを始めた。

 トイレはアパート住人の共同で風呂はなかった。
入居と同時に結婚した。

 同い年の妻とは長年苦楽を共にしてきた。
「結婚五十年の節目に改めて新婚旅行に行こう!」。
そう話し合っていたところ四十九年十ヶ月間連れ添ってきた妻は突然の心筋梗塞で逝ってしまった。
それまでに両親や兄を亡くしてきたが、私にとって人生で一番つらい別れだった。

 わが人生には多くの出会いと別れがあり、それが世の常だと思っている。
親からいただいたこの命に感謝しながら少しでも社会に恩返ししたい。

 令和の新時代、自分らしく生きて行ければと考えている。


 以上です。



 この投稿者さん、大変苦労をされていますね。
当時としては珍しくもなかったかと思いますが、15歳で果物店へ住み込みのでっち奉公をされています。

 奉公先のご主人が良かったようで、22歳でのれんを分けていただき、小さな店を持たれたようです。

>トイレはアパート住人の共同で風呂はなかった。

 これは当時は当たり前でしたね。
私も学生時代 三畳一間で共同トイレ、風呂なしのアパートに住んでいました。
それが当たり前の時代だと思います。
もちろん電話も共同電話がついていただけです。
実家に電話するときは、10円玉を沢山用意しました。(笑)

 
>「結婚五十年の節目に改めて新婚旅行に行こう!」。
そう話し合っていたところ四十九年十ヶ月間連れ添ってきた妻は突然の心筋梗塞で逝ってしまった。
それまでに両親や兄を亡くしてきたが、私にとって人生で一番つらい別れだった。


 人生って、無情にもこのような事が起こりますね。
あと二ヶ月で結婚50年の金婚式だったのに。
やはり人間、先は何が起こるか分からないので、節目にこだわらず行ける時に行った方がいいように思います。

 残りの人生、自分らしく生きていただければと思います。








春の風が吹いていたら(よしだたくろう&南沙織)
コメント (4)
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