最近の私の木曜日クラスに習いに来ている子達の成長が著しい。
実に感無量なのです。
一人を除いて3人の子達は、やっと半年過ぎた頃かな?
ほぼ毎回来てくれていますが、かなり難しいフレーズも叩けるようになりました。
熱意というのは素晴らしい!!
人の成長を見ると、ある仏説を思い出すのです。
「花は木から生じる」
別に、当たり前じゃん、なんて、これ読んでいる人は思うかもしれないのですが、これは、
「冬に木を見ても、葉も何も無いので、これはもう枯れてしまったかな?なんて思ってしまうが、そのような木でも、春の気候に呼び覚まされて、一気に葉を生い茂らせ、花まで咲かせてしまう。木というのは、なんと不思議なものか。人間の成長もあたかもそれと同じである」
と言う話を一言でたとえた説諭なのです。
もっと噛み砕いて説明すると、つまり、人間には計り知れないほどの可能性が内在していて、見ることが出来ないが、それを努力によって「実際の力として顕現」すること、を説いているのです。
仏教と言うのは、元来運命論的なモノを否定し「宇宙をも生み出したエネルギー=法」が、我々の中に内在する、つまり「何でも出来る」と言う人間の可能性を信じている宗教です。
その「法」を自在に顕現し、自分も他人も、また自分が住む世界をも幸福にしていくのが「仏」なのですが、それはさておき。
実際、楽器を弾きこなすという事もそれに似ていて、楽器を弾きこなしている人は、誰しもそれ相応の努力をすれば弾きこなすことが出来るのを「知っている」のですが、楽器を始めたばかりの人は、それが本当に自分に起こるのかどうかは皆目見当が付かないはずなのです。
可能性は、努力して顕現(実際の能力として現す事)させなければいつまでたっても「出来るはず・・・・なんだけどな・・・。」なままですね。
可能性を顕現するには「正しい努力」と「時間」そして何よりも「熱意」です。
習うと言う事は、その「正しい努力」を最短で得る方法のひとつです。
それは勿論、私にも言えることですが。
早く皆さん、私の伴奏を努めることが出来るように頑張ってください。