ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

Toni's Kitchen

2010年03月10日 | ひとりごと
今朝は本当に久しぶりに、気分転換ということもあって、友人K子と朝食を食べる約束をしました。
朝9時半に、チャーチストリートにある『レイモンズ』で。
『レイモンズ』は前に住んでいたモントクレアの大人気ダイナー。
モントクレアには美味しいレストランがいっぱいありますが、その中でも上位に入る、カジュアルだけどメニューにキラリと光るものがあるダイナーです。

お互いの近況などを話しているうちに、Dちゃんのことも話題に出て、K子は即座に、「よくそんなふうに平気でいられるね」と呆れ顔。

わたしは昨日、ブログに自分の思いを吐き出し、それを読んで話しかけてくれた仲間の言葉のおかげで、思い出せたことがありました。
それは……、
彼女がどんな人であれ、丸ごと、そのまんま、抱きしめてあげよう。わたしは彼女を包み込む、沈黙する繭になってあげよう。という決心なのでした。
その決心をしたのは、精神科の病棟の二人部屋のベッドの上で、見舞いに駆けつけたわたしがナースセンターで持ち物検査を受けているのを耳にして、ポロポロと大粒の涙を流しながら待っていた、それはそれは独りぼっちの、弱り切った彼女をぎゅうっと抱きしめた時でした。

わたしはティーンの頃、二度、自殺未遂をしました。
二度目はとうとう、短期間ではあったけれど、精神病棟で過ごしました。
けれども、わたしの家族は誰ひとりそのことを知りません。その頃の友達も、誰もそのことを知りません。
わたしはとても孤独で、助けてくれる、あるいは受け入れてくれる人も場所も無く、なのに外はカラカラと晴れていて、いつものように太陽が上り、日が暮れて、普通の人達が普通の暮らしをあっけらかんと当たり前のようにくり返しているのを、無声の映画を眺めているような気持ちで見ていました。

わたしの息子KとDちゃんが知り合ったこと、別れた後もつながっていて、特にDちゃんが困り果てた時はKに頼っていたこと、
だからこそ、Dちゃんの命をギリギリのところでKが救えたこと、そして彼女が今、この家で生きていること、
それは、よくよく考えてみるに、同じような思いをして、けれどもどこにも行き場所のなかったわたしに、本当の意味で癒されるチャンスが与えられた、ということなのかもしれません。

昨日のブログから今日のK子との会話に渡り、とても大切なことに気がつかせてもらいました。
あの日、わたしの意識を戻そうと、自分の手のひらが痛むまで頬を打ってくれたおじさん、病院まで運んでくれた人達、無償で治療してくれた人達、そのどの人達にもわたしは、自分のことで精一杯で、なにひとつお返しができていませんでした。
ひとりの人を無償の愛で預かれることの幸せは、多分、自己満足を超えた、どんなに感謝してもし足りないほどのものなのでしょう。

「ねえまうみさん、彼女がパジャマ生活から抜け出して、一歩でも外に出ることができるようになったら、Tony's Kitchen を紹介してあげたらどうかしら」と、K子が教えてくれました。
そこは、モントクレアのとある教会の厨房を借りて、ホームレスの人達のために、食べ物を供給するボランティア活動をしている団体だそうです。
木曜日から土曜日の三日間、好きな時間にそこに行き、お芋の皮を剥いたり盛りつけたり、ホームレスの人達に温かい食事を供給するお手伝いをします。
レストランやマーケットから、古くなりかけた野菜を流してもらい、その他いろんな企業や団体、個人からの善意の寄付で成り立っているそうです。
ボランティアの中には子供もいれば元ホームレスだった大人も、そしてお年寄りもいます。みんなとってもいい人達だそうです。

まだまだ時間はかかるかもしれないけれど、わたしはそのアイディアはDちゃんにとってとてもいい気がしました。
彼女が生きてきた、辛くて狭い世界を囲んでいる分厚い壁に、小さくてもいいから穴が空いて、そこから新しい風が吹き込まれたらすてきだな。

彼女が行く前に、まずはわたしがそこに行ってみよう。なんて……楽しい計画が生まれました。


コメント (9)
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