ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

タイガー・マザー(Tiger Mother)

2011年02月20日 | ひとりごと
『Tiger Mother』正確には『Battle Hymn of the Tiger Mother』というのは、Amy Chua著の自叙伝。
まったく今の今まで知らない本だった。
けれども、あることで知らざるを得ない立場に立たされてしまった。

その本とは……、

検索してみると、山のように出てきた……。
その記事の中のひとつで、比較的わかり易く解説してくださっている、おぐにあやこ氏の解説をここに載せる。

『日本では「タイガー・マスク」が話題だったらしいけど、アメリカでは「タイガー・マザー」がすごいことになっている。
虎母―超スパルタ教育で子を育てる中国の母親のことだ。

イエール大学のエイミー・チュア教授が自分の子育て体験を本にまとめ、「中国式子育て」をこう称した。
この本、今やベストセラーだ。

「虎母」の子育ては、「オールA」の成績以外は認めない。
友達との放課後遊びもテレビもゲームも禁止。
ピアノかバイオリンを毎日数時間は練習させ、できなきゃトイレも食事も睡眠もなし。
子供が失敗すれば、他人の前で「あんたなんかゴミよ!」と平気で罵倒する……。

その甲斐あってか、チュア教授の長女は14歳のとき、カーネギーホールでピアノ独奏デビューを果たしたんだそうな。

この「中国式(?)」の子育て論にアメリカ人のママたちはびっくり仰天! 
なにしろ「子供をほめまくって自尊心を高めましょ~」のアメリカ式とは、まさに対極だものね。
私の周囲でも批判の声が多い。「あんなの児童虐待よ」「今は優秀でも必ずひずみが出る」「自主性も独創性も育たないわ」と。

かといって、「中国式」を完全に無視できないのが、今のアメリカの母親たちのツライところだ。
「確かに、アメリカのトップクラスの大学なんて中国、インド、韓国人の学生ばかり」
「娘の小学校でも、難易度の一番高い算数クラスもアジア人が目立つわ」
「学生オーケストラもそうよ」
「アメリカの子育てってこのままでいいのかしら……」

世界金融危機後のアメリカの自信喪失と、台頭する中国への脅威も手伝って、「虎母」を全否定できなくなっちゃってるんだろうな』


さてわたし、先日受けたインタビューの中で、実はこの『タイガー・マム』という言葉を聞いていた。
リンダは、わたしの半生記を必死にノートに書き留めてくれていたのだけれど、彼女の質問の中に『タイガー・マム』という言葉が何回も出たからだ。
わたしはそれをなんと、『タイガー・ウッズのおかあさん』だと勘違いして、彼女に答えていた。どぉ~ん
でもまあ、話の前後から想像していたことが、それほどズレていなかったので、とりあえずは無事にインタビューは進んでいったのだが……。
確かに、一緒に暮らしていた頃のわたしの母は、恐ろしく厳しかったし、一度だって褒めてくれたことは無かったし、良くて当たり前、なんでもかんでも一番を要求されたし、なにより笑い顔をあまり見た覚えが無い。
だから、程度の違いはあるにせよ、わたしもある意味、タイガー・マザーの子供だったと言えるのかもしれない。

そしてピアノの先生方だって、今の時代とは比べ物にならないほどに厳しかったし、もっと良くならせてあげたいという気持ちが高じて、生徒にとってかなり辛い言葉を投げかけたり、同じことをとことんできるまでやらせたりした。

そういう時代や母親や先生について語ったわたしの話は、リンダの興味のツボにすっぽりハマり、かなりの量の文章と、わたしが撮った写真と、ピアノを弾いているビデオとともに、町のウェブ新聞にデカデカと載った。


今までにも、インタビューを受けた人(たいていは有名人)が、あんなことを言ったつもりはないのに……と文句を言っているのを見て、そんなことが起こり得るんだろうかと半信半疑でいたのだけれど、
ほんの小さな、市井の住民であるわたしでさえ、実際に受けてみると、あんなこと言うてへんのに……という文章があちらこちらに見つかって、
ははぁ~、あの時あの人が言ってたのはこういうことか……と少しは理解できたような気がする。
結局は、話し手は、自分の伝えたいことを話しているのだけれど、聞き手は、聞き手自身の興味がまず前提にあって聞いているので、受け取り方がわたしの期待しているようにはいかないのだ。
インタビューの恐さ、記事の信憑性、話し手、聞き手、読み手それぞれの思惑のズレ、これは多分、人間同士の作業である以上、永遠に発生することなのかもしれない。


わたしは、タイガーとまではいかなくても、イリオモテヤマネコ・マザーに育てられた(13年だけだけど)子供。
けれども、だから、自分の子供には同じ思いをさせたくないと思った。
息子達は大人になってから、「自分の子供時代を振り返ってみて、のんびり好きなように生きられたことを嬉しく思っている」と、あっけらかんと言う。
多分これは、何も具体的な事を与えてあげられなかったことを悔やむ親のわたしを、傷つけまいとして言ってくれているのかもしれないが……。
子育てなんて、どれが良くてどれが悪いなんて、誰にもわからない。
わたしにだって、子育てについて、えらそうに語れる資格なんてどこにもない。
わたしが彼らに育ててもらったことは山ほどあるし、同じく生徒達も、今だにわたしを育ててくれている。

あの記事を読んで、誤解する人がいないことを祈るばかり。

コメント (14)
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