いよいよ親子三人珍道中の最後の観光日。
はじめ、プーケットでも3泊の予定やったのやけど、バンコックから日本に戻る飛行機の便が、朝早いのしかなくて、
そんな時間にプーケットから戻って乗り換える、なんてことができるわけもなく、
なので仕方なしに、プーケットからバンコックに戻り、空港近くのホテルで一泊する、という計画となった。
それで、プーケットでは、この日の市内観光がメイン。
明日はただただゆっくりして、夕方にバンコックに戻る。
観光に先だって、ガイドさんが淡々と語ってくれたのやけど、
プーケットでは、大きな津波災害があってからは、日本人観光客だけが激減したそうな。
あれだけぎょうさん来てくれてた日本の人達が、ほとんど来てくれんようになったと、ガイドさんは話してくれた。
それは今も続いてて、そやから「あなた方は大丈夫か?」などと聞かれたりした。
なんか……日本人として申し訳のない気持ちになった。
プーケット名物は、なんというてもこのゴムの木。

若いのから熟年まで、それぞれ年代別に分けて、道路脇に延々と植えられてる。

タイの学校は制服が多い。

これも学校。

ガソリンスタンドは大繁盛。
最近首相になった若い女性が、初めての車と家を買うた人は、その税金を免除してもらえる、という新しい制度を作った。
それでタイ中、車と家を買う若者が爆発的に増えたそうな……。
これはなんでせう?!
答えは……カシューナッツ!!えぇ~!!

こんな木。

近づいてみる。

なんと、カシューナッツってこんなふうに、まず実が生った後、上の部分がだんだんおっきくなって、カシューアップルと呼ばれる形になるそうな。

あんなでっかいリンゴみたいなもんの下にたった一個……。これからはカシューナッツを食べるときゃ、ワシワシと複数個、いっぺんに食べるのはやめます、はい。
で、これはその、下の実を割って中身(食べられる実を取り出してるとこ)。

殻からは油分(Cardol, Anacardic acid )が取れ、塗料や工業原料として用いられ、樹皮は黄色の染料やゴム材にもなるそうな。
カシューアップルの汁は民間薬に使えるし、木材は家具にしたり、木炭に……なんちゅう役立つ木やねん!
次はここプーケットでもお寺。
土足厳禁。

お釈迦さんがぎょうさん!これは曜日毎に決まってるお釈迦さんの格好。弟とわたしは月曜日、母は木曜日、ほんでもってガイドさんは金曜日。

お釈迦さんの生涯を描いた壁画。

釣り鐘も南国風。

お祭りの日らしく、屋台がいっぱい出てた。

タイのおみくじは、おみくじの棒がいっぱい入った入れ物を両手で持ち、1本だけ飛び出してくるまでひたすら振り続ける。
出てきたへらに書いてある番号を、おみくじ売り場のオバサンに伝えると、その番号のおみくじを渡してくれる。
で、真剣に振るおじさん。

おなじみ、ペラペラの金ぱくをあちこちに貼りまくられたお坊さんの像。
これまでにもいっぱい貼ってきたけど、すぐに剥がれ落ちてしもた。
ガイドさんが、横に置いてある霧吹きで、シュッシュッと吹きかけてから貼るとバッチリ!やっぱそやんなあ~とおおいに納得。

母の動きがなにやら怪しい……あんさん、なに集めてまんねん?!

金ぱくを額に貼付けて祈る人もいた。

さて、外に出て、ガイドさんの指差す方向を観てみれば……これでもズーム後した後の写真。てっぺんの白いのんを紹介したいらしい。

そこで、ズームに定評のある我がカメラくんの登場。


ガイドさん、大感激。いやでも、これ、一眼なんかと違て、ただのバカチョンです、はい。
絵はがきによく使われるプーケット最南端の景色。

上の写真の、右後ろの島の真ん中あたりにある、蟻んこのおっきさのお釈迦さんもズームで無理矢理。

こんな観光客用のボートがわんさか。

ここも有名な景色らしい。

帰り道の標識。タイ語がきれい。

海岸近くで拾ったパチンコ。

プーケットでは今、ラテックスが大流行り。まあそやろ、あんなにゴムの木を栽培してんねんから。
ゴムの木から、樹液を採る様子を見せてもろた。
まず、斜めにこんなふうに傷をつけ、
その傷口からにじみ出てくるゴムの樹液を、丸いカップで受け取る。

カップの中はこんな感じ。けっこうポトポトと落ちてくる。

これはゴムの木の種。柄が美しい。ニュージャージーでは育つまい……けど、持って帰る気まんまん!

乾かしたゴムを延ばす道具。今でもこれを使てはるらしい。

母はここで、ラテックス100%の健康枕をふたつ買い、それをぺっちゃんこにしてもろて持ち帰ることにした。
プーケットの道路状況。

バイクに乗るならヘルメットを被れ!という意味やろか。100%と書いてある。

なんかこう、懐かしいような町並み。

これは旧市内。

チャイニーズニューイヤーの祝い提灯。

緑がむんむん。

電柱がおもしろかった。

タイ人はコカコーラを水がわりに飲むらしい……。

観光が終わり、ホテルに帰って一休み。
椰子の木の葉の選定。この高さを伝えられへんのが残念。

下では、巨大な葉っぱをズルズルとひきずって片付ける係の若者が待ってる。

すっかり丸坊主になった椰子の木は、多分病気にかかってる。

ツタを無数に垂れさせた木。

緑……。

朝方は満開やった蓮の花が、もうすぼみかけてる。待ってくれぇ~い!

とんぼがぎょうさん。

ここにも。

とうとうタイ王国旅行、最後の観光が終り、いよいよあとは帰りの準備をするばかりとなった。
いろいろと大騒ぎして、いろいろともめたりもして、いろいろと心配したりもして、どうなることかと思たけど、
ほんで、何事にもまず文句から始まり、怒り、納得するまで説明をねだる母に、弟もわたしも、疲れてついついキレたりしたこともあったけど、
でも楽しかった……。
こんなすごいこと、やろかって思てくれた78才の母に感謝!
自分の物は一切買わず、楽しみも持たず、倹約に倹約を重ねて、そんな、あまりにもおもしろない毎日を続けた結果、別になんもええことなかったと言うてた母。
彼女のキツい性格や、身内には気を遣いたくないという我の強さや、言葉を選べへん女王様気質に、とことん傷つけられて離れてった人もいるけど、
こんな人生続けるぐらいなら、今すぐにでも死にたいと、毎日のように愚痴ってた十年前とは違い、
最近は、ぼちぼち友達らしき人も現れ、同年代の人と一緒に遊びに行く所もでき、こうやって、海外にも出かけてみよかという気持ちも出てきた。
35年間、生き別れたまま音信不通になってた息子と、訪米をきっかけにまた、普段のやり取りや、誕生日や母の日の贈り物や、正月の帰省なんかでつながれたのもおっきかった。
ほんまにええ思い出をありがとう。
親孝行をなにひとつできんまま、今だにすねかじりしてる五十路の娘と息子……かんにんやで。
はじめ、プーケットでも3泊の予定やったのやけど、バンコックから日本に戻る飛行機の便が、朝早いのしかなくて、
そんな時間にプーケットから戻って乗り換える、なんてことができるわけもなく、
なので仕方なしに、プーケットからバンコックに戻り、空港近くのホテルで一泊する、という計画となった。
それで、プーケットでは、この日の市内観光がメイン。
明日はただただゆっくりして、夕方にバンコックに戻る。
観光に先だって、ガイドさんが淡々と語ってくれたのやけど、
プーケットでは、大きな津波災害があってからは、日本人観光客だけが激減したそうな。
あれだけぎょうさん来てくれてた日本の人達が、ほとんど来てくれんようになったと、ガイドさんは話してくれた。
それは今も続いてて、そやから「あなた方は大丈夫か?」などと聞かれたりした。
なんか……日本人として申し訳のない気持ちになった。
プーケット名物は、なんというてもこのゴムの木。

若いのから熟年まで、それぞれ年代別に分けて、道路脇に延々と植えられてる。

タイの学校は制服が多い。

これも学校。

ガソリンスタンドは大繁盛。
最近首相になった若い女性が、初めての車と家を買うた人は、その税金を免除してもらえる、という新しい制度を作った。
それでタイ中、車と家を買う若者が爆発的に増えたそうな……。
これはなんでせう?!
答えは……カシューナッツ!!えぇ~!!

こんな木。

近づいてみる。

なんと、カシューナッツってこんなふうに、まず実が生った後、上の部分がだんだんおっきくなって、カシューアップルと呼ばれる形になるそうな。

あんなでっかいリンゴみたいなもんの下にたった一個……。これからはカシューナッツを食べるときゃ、ワシワシと複数個、いっぺんに食べるのはやめます、はい。
で、これはその、下の実を割って中身(食べられる実を取り出してるとこ)。

殻からは油分(Cardol, Anacardic acid )が取れ、塗料や工業原料として用いられ、樹皮は黄色の染料やゴム材にもなるそうな。
カシューアップルの汁は民間薬に使えるし、木材は家具にしたり、木炭に……なんちゅう役立つ木やねん!
次はここプーケットでもお寺。
土足厳禁。

お釈迦さんがぎょうさん!これは曜日毎に決まってるお釈迦さんの格好。弟とわたしは月曜日、母は木曜日、ほんでもってガイドさんは金曜日。

お釈迦さんの生涯を描いた壁画。

釣り鐘も南国風。

お祭りの日らしく、屋台がいっぱい出てた。

タイのおみくじは、おみくじの棒がいっぱい入った入れ物を両手で持ち、1本だけ飛び出してくるまでひたすら振り続ける。
出てきたへらに書いてある番号を、おみくじ売り場のオバサンに伝えると、その番号のおみくじを渡してくれる。
で、真剣に振るおじさん。

おなじみ、ペラペラの金ぱくをあちこちに貼りまくられたお坊さんの像。
これまでにもいっぱい貼ってきたけど、すぐに剥がれ落ちてしもた。
ガイドさんが、横に置いてある霧吹きで、シュッシュッと吹きかけてから貼るとバッチリ!やっぱそやんなあ~とおおいに納得。

母の動きがなにやら怪しい……あんさん、なに集めてまんねん?!

金ぱくを額に貼付けて祈る人もいた。


さて、外に出て、ガイドさんの指差す方向を観てみれば……これでもズーム後した後の写真。てっぺんの白いのんを紹介したいらしい。

そこで、ズームに定評のある我がカメラくんの登場。


ガイドさん、大感激。いやでも、これ、一眼なんかと違て、ただのバカチョンです、はい。
絵はがきによく使われるプーケット最南端の景色。

上の写真の、右後ろの島の真ん中あたりにある、蟻んこのおっきさのお釈迦さんもズームで無理矢理。

こんな観光客用のボートがわんさか。

ここも有名な景色らしい。

帰り道の標識。タイ語がきれい。

海岸近くで拾ったパチンコ。

プーケットでは今、ラテックスが大流行り。まあそやろ、あんなにゴムの木を栽培してんねんから。
ゴムの木から、樹液を採る様子を見せてもろた。
まず、斜めにこんなふうに傷をつけ、

その傷口からにじみ出てくるゴムの樹液を、丸いカップで受け取る。

カップの中はこんな感じ。けっこうポトポトと落ちてくる。

これはゴムの木の種。柄が美しい。ニュージャージーでは育つまい……けど、持って帰る気まんまん!

乾かしたゴムを延ばす道具。今でもこれを使てはるらしい。

母はここで、ラテックス100%の健康枕をふたつ買い、それをぺっちゃんこにしてもろて持ち帰ることにした。
プーケットの道路状況。


バイクに乗るならヘルメットを被れ!という意味やろか。100%と書いてある。

なんかこう、懐かしいような町並み。

これは旧市内。

チャイニーズニューイヤーの祝い提灯。

緑がむんむん。

電柱がおもしろかった。

タイ人はコカコーラを水がわりに飲むらしい……。

観光が終わり、ホテルに帰って一休み。
椰子の木の葉の選定。この高さを伝えられへんのが残念。

下では、巨大な葉っぱをズルズルとひきずって片付ける係の若者が待ってる。

すっかり丸坊主になった椰子の木は、多分病気にかかってる。

ツタを無数に垂れさせた木。

緑……。

朝方は満開やった蓮の花が、もうすぼみかけてる。待ってくれぇ~い!

とんぼがぎょうさん。

ここにも。

とうとうタイ王国旅行、最後の観光が終り、いよいよあとは帰りの準備をするばかりとなった。
いろいろと大騒ぎして、いろいろともめたりもして、いろいろと心配したりもして、どうなることかと思たけど、
ほんで、何事にもまず文句から始まり、怒り、納得するまで説明をねだる母に、弟もわたしも、疲れてついついキレたりしたこともあったけど、
でも楽しかった……。
こんなすごいこと、やろかって思てくれた78才の母に感謝!
自分の物は一切買わず、楽しみも持たず、倹約に倹約を重ねて、そんな、あまりにもおもしろない毎日を続けた結果、別になんもええことなかったと言うてた母。
彼女のキツい性格や、身内には気を遣いたくないという我の強さや、言葉を選べへん女王様気質に、とことん傷つけられて離れてった人もいるけど、
こんな人生続けるぐらいなら、今すぐにでも死にたいと、毎日のように愚痴ってた十年前とは違い、
最近は、ぼちぼち友達らしき人も現れ、同年代の人と一緒に遊びに行く所もでき、こうやって、海外にも出かけてみよかという気持ちも出てきた。
35年間、生き別れたまま音信不通になってた息子と、訪米をきっかけにまた、普段のやり取りや、誕生日や母の日の贈り物や、正月の帰省なんかでつながれたのもおっきかった。
ほんまにええ思い出をありがとう。
親孝行をなにひとつできんまま、今だにすねかじりしてる五十路の娘と息子……かんにんやで。