坂倉家は17世紀中頃に、三ノ瀬深川(現在の長門市深川湯元)に移住し、深川萩として現在まで継承
されています。深川萩は毛利の御用窯として茶陶を焼くと共に、共同窯の大窯で生活雑器を大量生産
されていましが、明治に入りと共同窯は衰退し、個人窯へと換わってゆきます。
4) 十五代 坂倉 新兵衛(正治): 1949年(昭和24) ~
① 経歴
) 山口県長門市で、十四代目の長男として生まれます。
1972年 東京芸術大学 美術学部彫刻科卒業し、1974年 同大学院、陶芸専攻を修了します。
1978年 日本伝統工芸展に初入選を果たし、以後連続入選します。
1979年 萩焼宗家十五代 坂倉 新兵衛(聴泉庵)を襲名します。
1984年 日本工芸会正会員と成ります。
平成5年 ロサンゼルス日米文化会館に於て個展、その他、各地百貨店で個展
平成10年 ニューヨークで萩焼き深川窯グループ展
平成11年 明治村茶会にて野点席、立礼席担当及展覧会に出品します。
② 十五代の陶芸
先代より直接指導を受ける事は少なかった様ですが、伝統を受け継ぎながら、新鮮な気感覚と
造形性で高い評価を受けています。
) 大道土(だいどうつち)と金峯土(みたけつち)そして児島土が、坂倉家で使用している土で
用途に応じて適宜混合します。
a) 大道土: 山口県周防氏大道で産出する鉄分が少なく、可塑性と耐火度があり、砂礫を含み、
蛙目粘土に似た土です。窯変が出易い土と言われています。
b) 金峯土: 萩市の東にある福栄村から産出する、粘り気の少ない、さらさらした黄白色の
粘土ですが、耐火度はあります。
c) 児島土: 児島は萩の沖合いにある島で、ここから産出する土は、鉄分の多い赤黒い土で、
粘り気も耐火度藻無く、単味では使用できませんが、大道土や金峯土と混ぜて使います。
) 食器の作品
電動轆轤を使って、小鉢や向付などの作品を作っています。
「向付は食卓に合ったほどほどの大きさと、重さの物が良い。萩の向付はたっぷりと大形に
少し重めに挽く。その方が他の器とのバランスがいいからだ。」と述べています。
又「器が大きく重いと扱いにくくなります。しかし小さくて軽いと安っぽい感じになります。
普段使っている食器を見直すと、重過ぎず軽過ぎずほどほどの重さで、使い勝手がいい
器を自然に選んでいるのが分かります。」とも語っています。
作品として、「編笠形向付」(高6、径17 X 13cm)、「蛤形向付」」(高4.5、径16 X 13cm)、
「俵形向付」」(高6.5、径16 X 9.5cm)などがあります。
) タタラによる絵皿の作品
厚さ1.5cm程度の大きなタタラ(陶板)に2~3輪の花が表現されている作品です。
生の素材に直に絵付けをします。針や細い棒で絵柄の「あたり」を付け、カオリンに顔料を
混ぜ乳鉢で磨った色土を、絵柄の上にほんのり盛り上がる程度、パレットナイフで載せます。
はみ出した部分は、竹くしで取り除きます。
「絵皿」(高8、径53 X 33.5cm)(1997)、「絵皿」(高8.5、径42 X 43.5cm)(1997)など
) 透かし鉢の作品: 鉢の側面全体に丸、三角、四角、ハート形などの文様を透かし彫り
します。使う道具は鉄製の、先の尖った二等辺三角形の刃物を、自作している様です。
「透かし鉢」(高9.5、径25cm)(1996): 白い藁灰釉が掛かった作品です。
) 釉と焼成: 釉は長石(周防市の浮野で産出)と木灰(宮崎産の柞灰)を半々混ぜます。
この釉は比較的低温向きの釉です。又、藁灰釉は桃色に焼き上がる事もあります。
施釉は浸し掛けが多いです。 焼成は登り窯で約24時間以上掛かるそうです。
次回(永楽善五郎)に続きます。
参考資料: 陶工房 No9 食器を作る (1998年)、 (株)朋文社
されています。深川萩は毛利の御用窯として茶陶を焼くと共に、共同窯の大窯で生活雑器を大量生産
されていましが、明治に入りと共同窯は衰退し、個人窯へと換わってゆきます。
4) 十五代 坂倉 新兵衛(正治): 1949年(昭和24) ~
① 経歴
) 山口県長門市で、十四代目の長男として生まれます。
1972年 東京芸術大学 美術学部彫刻科卒業し、1974年 同大学院、陶芸専攻を修了します。
1978年 日本伝統工芸展に初入選を果たし、以後連続入選します。
1979年 萩焼宗家十五代 坂倉 新兵衛(聴泉庵)を襲名します。
1984年 日本工芸会正会員と成ります。
平成5年 ロサンゼルス日米文化会館に於て個展、その他、各地百貨店で個展
平成10年 ニューヨークで萩焼き深川窯グループ展
平成11年 明治村茶会にて野点席、立礼席担当及展覧会に出品します。
② 十五代の陶芸
先代より直接指導を受ける事は少なかった様ですが、伝統を受け継ぎながら、新鮮な気感覚と
造形性で高い評価を受けています。
) 大道土(だいどうつち)と金峯土(みたけつち)そして児島土が、坂倉家で使用している土で
用途に応じて適宜混合します。
a) 大道土: 山口県周防氏大道で産出する鉄分が少なく、可塑性と耐火度があり、砂礫を含み、
蛙目粘土に似た土です。窯変が出易い土と言われています。
b) 金峯土: 萩市の東にある福栄村から産出する、粘り気の少ない、さらさらした黄白色の
粘土ですが、耐火度はあります。
c) 児島土: 児島は萩の沖合いにある島で、ここから産出する土は、鉄分の多い赤黒い土で、
粘り気も耐火度藻無く、単味では使用できませんが、大道土や金峯土と混ぜて使います。
) 食器の作品
電動轆轤を使って、小鉢や向付などの作品を作っています。
「向付は食卓に合ったほどほどの大きさと、重さの物が良い。萩の向付はたっぷりと大形に
少し重めに挽く。その方が他の器とのバランスがいいからだ。」と述べています。
又「器が大きく重いと扱いにくくなります。しかし小さくて軽いと安っぽい感じになります。
普段使っている食器を見直すと、重過ぎず軽過ぎずほどほどの重さで、使い勝手がいい
器を自然に選んでいるのが分かります。」とも語っています。
作品として、「編笠形向付」(高6、径17 X 13cm)、「蛤形向付」」(高4.5、径16 X 13cm)、
「俵形向付」」(高6.5、径16 X 9.5cm)などがあります。
) タタラによる絵皿の作品
厚さ1.5cm程度の大きなタタラ(陶板)に2~3輪の花が表現されている作品です。
生の素材に直に絵付けをします。針や細い棒で絵柄の「あたり」を付け、カオリンに顔料を
混ぜ乳鉢で磨った色土を、絵柄の上にほんのり盛り上がる程度、パレットナイフで載せます。
はみ出した部分は、竹くしで取り除きます。
「絵皿」(高8、径53 X 33.5cm)(1997)、「絵皿」(高8.5、径42 X 43.5cm)(1997)など
) 透かし鉢の作品: 鉢の側面全体に丸、三角、四角、ハート形などの文様を透かし彫り
します。使う道具は鉄製の、先の尖った二等辺三角形の刃物を、自作している様です。
「透かし鉢」(高9.5、径25cm)(1996): 白い藁灰釉が掛かった作品です。
) 釉と焼成: 釉は長石(周防市の浮野で産出)と木灰(宮崎産の柞灰)を半々混ぜます。
この釉は比較的低温向きの釉です。又、藁灰釉は桃色に焼き上がる事もあります。
施釉は浸し掛けが多いです。 焼成は登り窯で約24時間以上掛かるそうです。
次回(永楽善五郎)に続きます。
参考資料: 陶工房 No9 食器を作る (1998年)、 (株)朋文社