わ! かった陶芸 (明窓窯)

 作陶や技術的方法、疑問、質問など陶芸全般 
 特に電動轆轤技法、各種装飾方法、釉薬などについてお話します。

現代陶芸110(熊谷紅陽)

2012-05-07 21:52:59 | 現代陶芸と工芸家達

福岡県の上野(あがの)焼は、江戸時代初期、細川三斉公が小倉藩窯として上野郷に窯を創設させた

事に始まります。但し、明治の廃藩置県で、窯元は衰退し廃絶します。

熊谷九八郎(中興の祖)が明治35年(1902年)、国から補助を受けて、上野焼を復興させます。

大正時代には上野では、熊谷家の一軒のみが陶業を営んでいた様です。

1) 上野焼窯元、十五代熊谷紅陽(くまがやこうよう)本名、保正 : 1912年(明治14)~1992年(平成4)

  ① 経歴

   ) 福岡県田川郡赤池町上野で、十四代窯元の熊谷龍峰の長男として生まれます。

     1929年 佐賀県立有田工業学校を主席で卒業し、父の元で家業に従事します。

     1937年  北九州市井筒屋で、初の個展を開催します。

     1943~1945年 北満州に出兵しますが、現地では製陶を行っていた様です。帰国後家事に

     従事し、陶芸活動を再開します。

     1953年 全国陶磁コンクールで「茶入」が最優秀賞を受賞します。

     1960年 (昭和)天皇陛下に花瓶を献上し、翌年には義宮殿下が九州旅行の際、窯元に立ち寄られ

      ますが、窯元より花瓶が献上されます。

     1964年 日本伝統工芸展に入選し、同年東京池袋西部で「上野焼合同展」を開いています。

     1965年 明治神宮大祭に作品を献上します。同年長男保興と「父子展」を北九州市で開催します。

     1966年 「日本伝統工芸展」に再度入選し、以後連続入選しています。

     1971年 「日本陶芸展」に入選し、以後毎年入選を果たします。

 ② 十五代熊谷紅陽の陶芸

    「茶入の紅陽」と言われる程の、優れた「茶入」を作っています。

     注: 「茶入」は、安土桃山時代には、茶陶の筆頭に挙げられていたが、現在では余り人気が

      ない様です。

   ) 土は地元田川市の夏吉から産する、数種類の土を使っているとの事です。

   ) 大正時代、上野焼と言えば、緑青釉が代表的な釉でした。しかし昭和32年に「釜の口窯」を

      発掘調査すると、全然別の釉の作品が出土し、その復元を目指す様になります。

   ) 茶入の器形は、13~14世紀に中国より伝来し、唐物茶入として抹茶用の小壺として使用されて

      います。古来「茶入三品」として、「肩衝、文琳、茄子」が有り、我が国でも造られています。

     a) 肩衝(かたつき): 肩が張って角ばった稜線があります。

       「上野肩衝茶入」(高6.5 X 径7.6、口径4.1 X 底径3.2cm)(1964)、

       「上野肩衝茶入」(高7.5 X 径6.2、口径3.4 X 底径3cm)(1979)。

     b) 文琳(ぶんりん): 胴の張ったリンゴの様な形しています。

        「上野文琳茶入・瑞泉」(高6.7X 径7.6、口径3 X 底径2.8cm)(1975)。

        「上野文琳茶入」(高7 X 径7.6、口径2.8 X 底径3cm)(1975)、

        「上野文琳茶入」(高7.7 X 径7.5、口径2.7 X 底径3cm)(1979)。

     c) 茄子(なす): 野菜の「丸ナス」の形をして、胴と裾が張った形です。

        「上野茄子茶入」(高6.7 X 径7.8、口径2.8 X 底径3.1cm)(1980)、

        「上野茄子茶入」(高7.2 X 径8.1、口径3 X 底径3.4cm)(1973)。

   ) 渋紙手の釉の作品

      注: 渋紙とは、和紙と柿渋を原料に天日乾燥・燻煙を繰り返して作ります。色は濃い茶褐色で、

         飴の様な釉です。 型染めの染色用具として用いられてきました。

     「渋紙手茶碗・暁雲」(高8.3 X 径13、高台径6.1cm)(1976年)

     「渋紙手茶碗・苔清水」(高6.3 X 径14・5、高台径5.2cm)(1972年)

   ) 「上野茶碗」の作品

      「上野茶碗・呉竹」(高8.8 X 径14、高台径6.5cm)(1976年)、

      「上野茶碗・東天紅」(高8.7X 径14、高台径5.7cm)(1974年)。

   ) 水指: 「上野白釉水指」(高16.5 X 径20.5cm)(1977年)

      「上野銹絵水指」(高14.8 X 径18cm)(1978年)

      「鬼桶水指」(高15.8 X 径20cm)(1982年)等の作品があります。

2)  十六代熊谷紅陽 : 1940年(昭和15) ~

    彼もまた先代同様に、茶陶を中心に作陶をしています。

  ① 経歴

    福岡県田川郡赤池町上野に十五代紅陽の長男として生まれます。

    1961年 金沢美術大学彫刻科を卒業し、東京にて辻清明に師事します。

    1970年 第17回日本伝統工芸入選し、以後連続入選を果たしています。

    1975年 上野焼熊谷本窯第十六代を襲名します。同年 福岡玉屋にて個展を開催以来 

     小倉井筒屋にて食器をテーマに個展。 有楽町西武にて個展・柿傅ギャラリー茶陶展。

     高輪アートサロンにて「壺」をテーマに個展などの他、札幌、熊本、三重、新潟、東京などの

     各地で個展を開催しています。

    2002年  京王百貨店(東京新宿)、三越(福岡)にて「開窯400年祭記念展」を開催しました。

次回(中里重利)に続きます。

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