おかげさまで生きてます

日々の暮らしのなかで

深夜のラブレター

2005年12月30日 | 日記・エッセイ・コラム
昨日、今年の仕事納めをしたので、ゆっくりと年賀状を書いた。

今年は例年になく年賀状を書くのに手間取った。
市町村合併で、住所がわからない。郵便番号さえあってれば
届くんだろうけど、やっぱ住所もキチッと書いておきたい。
そこは性格なんだろう。

なんとか仕上げて、本日投函。
元日の朝には配達されるだろう!たぶん?

年賀状を書いていて思い出した事がある。
年賀状を出し始めたのは、たぶん小学校高学年になってから
だろう。
で、中学生ぐらいになると、気になる女の子が居て、
その子に年賀状を出すか出さないかで迷うんだ。
同じクラスなら住所等はわかる。名簿があるから。
違うクラスでも、なんとか情報は入手出来る。
今の時代じゃ「個人情報」って事になるのか?

直接逢って手渡しするわけでもないのに
緊張する。彼女がこの年賀状を見た時にどんなリアクションを
するのか想像して、またまた微笑む。

彼女にだけ、特別の年賀状を創ったりもする。
一言つけ加えたり。そして一人で盛り上がる。

これは言わば、「深夜のラブレター」のようなものだ。
一人で彼女の事を思っていると、色んな感情が沸き上がり、
そして、その言葉はどこまでも

「甘ぁぁぁ~~いぃ!!」(戸井田風 byスピードワゴン)

のである。
しかし、この言葉を次の朝に読み返してみると、
歯が浮くような、直視出来ない言葉が羅列してあるだけなのだ。

中学生の僕の年賀状もそんな感じだ。
いかにも「友達以上!」って内容で盛り上がり、微笑む。
直接彼女に渡すんじゃないんだから、色んな事を書ける。

そして投函。
元日には、彼女の元にも届いているはずだ。
どんな顔で僕の年賀状を見ているんだろう?


でも、「深夜のラブレター」同様、朝はやってくる。


冬休みが終わり、始業式の日。
朝、家を出る時に思い出す。

「○○さんに年賀状だしたんや!」

自分の書いた年賀状の内容を思い出し、
今から彼女と出会わなければならない状況を考える。恥ずかしい
彼女はどんな顔をして僕をみるだろうか?

でも、結局そこからは何も始まらない。
だっれこれ「年賀状」だから!