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日々の暮らしのなかで

ビリジアン

2010年02月17日 | 日記・エッセイ・コラム
先日のブログに信号機の青のことを書いた
 
“青葉”の名が示す通り、古来日本には
緑って言う概念がなかったとかとか
すべてひっくるめて“青”と表現したと
以前聞いたような気がする
 
そんな難しい記憶を辿らなくても
確かに日常の中で、緑もひっくるめて
青と言っている場面は多々あるはずだ
 
“赤い彗星のシャア”
 
ご存知、ジオン公国軍の少佐だ
彼のパーソナルカラーが赤色であり
愛機も、もちろん赤いからこそ、赤い彗星なのだが
時として、彼の駆るザクはピンク色に見えなくもない
しかし、それも含めて
 
“赤”
 
と表現することは、紅葉狩りの際の表現なども含めて
日本語としては珍しい表現ではない 
 
しかし、こと、それが仕事の上での
確認事項にあるとなれば、少々問題だし
意味合いも違ってくる
 
「これ、どの緑かな?」
 
仕事中、オヤジが聞いてきた
手にはタイムカード
某会社の仕事だ
 
緑色に刷られたそのカードの色が
これまた曖昧だ
 
「こっちの緑かな?」
 
「いや、もっと緑やろ!」
 
「そうか、こんな緑ちゃうか?」
 
「えぇ!こっちの緑やろぉ!!」
 
第三者が聞いたら、どこのキャバ嬢の取り合いを
しているのか?なんて会話だが
中々これが微妙で、中々難しい
 
緑だけなら、いずれ決着するのだが
やっかいなのは藍色
 
青色の濃い色が藍色と言えなくもないが
これは、紺色にも見え
時として紫の濃いバージョンとも見える
また、紫とピンク色も区別の付かない時もある
 
「この色で!」
 
と藍色を渡されると、さて?と考え込む
また、周りの色との取り合わせによっても
少し色合いは違って見える時もある
 
色合いは難しい
 
 


コメント
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