朝の散歩で気になることがある。長年歩いているとこの季節にはあそこの庭に桔梗が咲く、シオンの花はあの空き地とだいたい覚えている。今年になって、毎年きれいに手入れされて花が咲いていた庭や空き地にヨモギや雑草はたまた葛までが大きくのびているのを見かける。朝夕、雑草をとり庭や空き地で草むしりに余念のない人々が高齢か病気のために作業ができなくなっているように思う。尾花沢の親戚を訪れたとき、一家の働き主の病気で畑の草が腰まで伸びたときかされた時はたまらない寂しさを感じた。こんな光景を見て思い出すのは『源氏物語』「蓬生」の帖だ。
ヨモギが大きく伸び、荒廃した邸に住むのは光源氏の世話を受けていた末摘花だ。源氏は須磨に流滴して3年、末摘花の邸を訪れる人もなく、侍従たちも一人去り、二人去りという案配で邸の荒廃はもちろん庭の手入れもできず荒れ放題であった。兄の禅師が、京に来たとき立ち寄るのだが、生い茂った庭の雑草のを取ることに気が回らぬ人だった。台風で建物あちこちが壊れ、召使の住む胸は骨組みばかりというありさま。牧童たちは邸の庭で牛や馬を放し飼いにする始末。そんな荒れ果てた住まいで姫がすることは古い歌や物語の本を読むことぐらいであった。そうするうちに京に帰った源氏が、花散里を訪れる折り、近くの末摘花の邸を思い出し、従者に雑草の露払いをさせて分け入るようにして入ったのがこの邸であった。
源氏はあまたある女性のなかでさほど美貌でもない末摘花は源氏から忘れられがちの女性であった。この3年、荒れ果てた邸を思いやるでもなく、ひたすら源氏を待つ続けたことへ愛着を感じたのであろうか。またこの邸は賑わいを見せ離れた侍従たちも戻ってきた。手元に『源氏物語絵巻』(中央公論社)がある。その巻頭を飾るのが、「蓬生」の源氏と末摘花との再会の場面だ。崩れ落ちた簀子、御簾の影から声をかける老女、馬の鞭で蓬の露を払いながら源氏を先導する惟光。傘をさしかけられている狩衣姿の源氏。邸の荒廃と対比される源氏の気高さが絵のなかに浮かびあがっている。
今夜は台風の影響で明け方にかけて強い雨になるらしい。消滅しかかった台風だが、これを追うように11号が発生した。平年を平均気温で2℃以上も高い最も暑い8月が終わり、その影響を残す暑い9月が始まった。
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