常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

年忘れ

2024年12月29日 | 登山
今年の年忘れは回転寿司のまぐろ尽くし。マグロの解体位置を毎月やっている店なので久しぶりに小食の妻と堪能した。今年はこれで思い残すこともなしになったか。朝方、少し朝日が見えたが、その後雪が降り続く。正月のおせちと言ってもスーパーで蒲鉾を買ったり、雑煮の具を買う程度だが、一つずつ忘れて近所のスーパー通いが結構忙しい。

しぐるるやだらだら坂の黒びかり 才一
持ちかへて軽きてっちりの菜   信

年忘れ歌仙で、丸谷才一の発句に、大岡信がつけた句だ。今日、スーパーで雑煮の具材を下げてきたが、寒さにかじかんだ手は袋を持ちかえることになる。なるほど、詩人の付句は、年忘れを巧みに表現していると感じる。

今年の歳末は、なぜか良寛の歌が心にしみる。

水やくまむ薪や伐らむ菜やつまむ 
 朝の時雨の降らぬその間に 良寛

や・・・むの三句は、時雨のこないうちに終わらせなければならないという切迫した気持ちをあらわしている。歳末の買い物に急ぐ人々は、そんな気にかられているのであろうか。年末でなければ、総菜の買い物などいつでもいい。
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岩部山

2024年12月14日 | 登山
今年最後の山行は幸いにも晴れとなった。昨夜の雪が樹々について霧氷になっている・青空に輝く霧氷は美しい。最後の山行ということで山の神様がくれたご褒美であろうか。山道に積もった雪も数センチで、雪道というほどでもない。ただし枯葉の上の雪なので、特に急な坂道は滑りやすい。しばらく山に入っていないので、脚力もなくつらいものがある。仲間の力持ちが、坂道でリュックを抑えて転倒に備えてくれた。山中の凝灰岩には、江戸時代にここに住んでいた名僧、金毛和尚の発願による33体の観音像が彫られている。なかには苔むし、雪や雨で朽ちつつある像もある。

山友会に加入したばかりの若い頃は、この山が一年納の定番であった。その後もっと雪のある経塚山で一年を終えるようになったが、この山も長くきついのですっかり遠ざかってしまった。霧氷のなかの信仰の山で、昔の近隣の住民たちは何を山中の観音様に祈ったのか。神頼みしかない住民たちの苦しみ。天候ひとつで一年の収穫がふいになってしまう農業。雨ごいをし、肉親の病の快癒も祈ることのほかできることはない。

阿武隈山系に口太山という山がある。842mの低山だが、口太は朽ち人の言い換えという伝説がある。阿武隈の寒村は冷害に見まわれることも珍しいことではなかった。口減らしのため婆様たちをこの山に捨てたという。姥捨山という名の山もあるし、山形にはジャガラモガラ山の姥捨て伝説もある。人の生死と山は深くかかわっていた。一つの山にはその山で食料を得たり、水を引いたり、お祭りをしたり様々なかかわりがある。山の麓で暮らしている人の数だけ、山との切り離せない物語がある。本日の参加者14名、内男性5名。5周り下の巳年生まれの女性は就職が決まって静岡に行くという。
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紅葉の峠道

2024年11月17日 | 登山
小国の黒沢峠の峠道を歩いてきた。最後の紅葉を見るためであったが幸運にも天候に恵まれた。例年であればもう紅葉は終わっている時期だが、今年は暑い秋で時期がずれたことも幸いした。落ち葉をが積もる石畳は歴史の道だ。散り積もった落ち葉の上を歩くのは山歩きならでは醍醐味だ。ふわふわとした落ち葉の上は安心で、山道特有の怖さはない。

十三峠は越後街道の別称である。越後の下関から川西町の小松まで、伊達植宗が開いた街道だ。越後からは生魚、塩が入り置賜からは青苧、たばこ、絹織物、米などが移出された。山間部に十三の峠を越えて荷物を移送、人の通行があった。かっての黒沢峠は積雪が多く雪崩が頻発した。そのため荒川の支流横川沿いに市野々に通じる現在の道に改修された。手の子の問屋横山五郎右衛門によって改修が行われ、切り石2,200枚を敷き詰めて通りやすい道になった。市野々には高井家という問屋があり、9軒もの宿屋がある街道の宿場町であったが、小国新道の開通でこの集落の役割を終え現在はその面影もない。

落ち葉の上をゆっくりと歩くと当時の人々の行き交う姿が脳裏に浮かぶ。人力から馬車へ、交通手段も明治になって変わっている。地形を細かく見ながら歩きやすい工夫が随所に見られる。古屋敷は墨書した大きな柱だけが立っているがここは、歩き疲れた人々が休んで一服する茶屋の跡である。この日、黒沢峠を歩いた仲間は10名、内男性3名であった。山の会の今年の計画も12月の2回を残すのみ。今日は比較的気温が高く秋の日よりだが、明日から大陸から寒気が入ってくる。秋の山歩きも今年の最後となった。帰路、叶水のほたるで新そばを味わった。
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ハーブの室内栽培

2024年11月13日 | 登山
気温が下がって戸外の樹々は日に日に紅葉のお色を変えてる。イチョウは黄色が濃くなり、木のもとに落ちが目立つ。ヤマボウシの赤は少し黒みを増して落ち葉へ準備が進んでいる。プラタナスは黄葉が半分ほど落ちたものもある。イチョウの銀杏は今年拾って冷凍にいて味噌汁に落として食べるのに一冬分の量になった。この3日ほど南に発生した台風の影響か少し気温が高く秋らしい過ごしやす日が続いている。

ベランダのローズマリーを室内に入れた。バジルは小瓶にさして花を楽しんでいるが葉の部分を茎から切り水耕栽培を始めた。ローズマリーも穂を切って挿し木にして増やすことができるらしい。ユーチューブで検索すると挿し木の方法がたくさん出てくる。冬の室内の長い時間、ハーブの室内栽培の楽しみが見つかった。ローズマリーの挿し木をみていると、ユーチューブには次々と利用方法のページが出てくる。アルコールでエキスを抽出するチンキの利用方法、ハーブウォーターにして消毒や消臭のためスプレーづくりなど奥行きは広がる一方だ。葉のついた枝を乾燥させてポプリをつくったり、そのための容器などの買い方も百円ショップを中心にたくさんの紹介がある。高齢者の室内園芸は思わぬ広がりを見せている。

もう読みそうもない本を段ボールに詰めてブックオフに持参する。代価780円。本棚がふさがってしまったので、適宜本の処分を考えていく。落合陽一『忘れる読書』再読。デジタル時代に著者が推奨する読書法は「忘れる読書」だ。あらゆるジャンルの本を多読して、忘れて混然とした知識が新しいものと結びついて見出される新時代の発想。何度読んでも面白く読める
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いつまでも記憶に留めたい風景

2024年10月29日 | 登山
長井の熊野山に登った。思いがけない眼下の雲海。長井盆地はすっかり雲海の下である。朝の霧が深かった。雲海の上には長井ダムとその上に尖った祝瓶山。この季節にこのような風景が突然に現れる。長い山登り生活で山の神様がご褒美にくれた至福の風景だ。しっかりと心の眼に焼き付けていつまでも記憶に留めておきたい。少し紅葉が見られたたが、今年は紅葉が遅れている。それだけに暑い、夏のような9月であった。秋らしい景色は遅れても、山の会の今年の計画も次第に終わりを迎えようとしている。山中で多くの人がこの山を訪れていた。聞けば米沢の山の会の今年の納会だという。どの顔もこの山の眺望を満喫して満たされた笑顔が溢れた。今年の山行は11月3回、12月2回ですべての計画が終了する。

今回の山行グループに23歳の大学生が加わった。自分と同じ巳年生まれという。実に5周り、60歳の年の開きがある。自分の孫と話しているような雰囲気だ。山を愛する子持ちは年齢に関係ない。老人の山歩きを後ろで支えてくれる。こんな経験もあと何回できるか分からない。夜はピオニーの森のコテージで焼肉と芋煮を楽しむ。参加者12名、内男性は4名である。いつもの晩酌よりも酒を過ごしすぎて夜の雨音も知らずに寝入ってしまった。春の花見と秋の芋煮。これを実行してくれるのは力強い女性メンバー。高齢の私はただ食べて飲むだけ。楽しい一日を過ごしことができた頭が下がる。ピオニーとはシャクヤクの花のことらしい。広い花壇に多くのシャクヤクが来年の花のために力をためる時期だ。温泉があるが、ここは5,6人でいっぱいになる。そんな大きな風呂ではない。翌日は縄文の広場で藁ぶきの長者屋敷をみる。自然のなかにたたずむ住まいは現代のものと共通したものがある。やはり寄り添って自然のなかで命をつなぐ生活は、4000年の前と本質的には変わらない。
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