常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

夕焼け

2016年08月31日 | 日記


台風が去って、何事もなかったように夕焼けになった。しかし、一夜明けた爪痕は悲惨である。自然の力に、人間はかくも無力かと、思い知らされる。家から出ず、スマホの設定に時間を忘れる。ポケモンゴーをやるつもりはないが、スマホの情報量に圧倒される。80の手習いではないが、手先が思うように動かない。若い人が何でもなく操るスマホが、こんなに面倒なものかとつくづく思う。

逝く人に声なき君の茜雲 森村 誠一

写真俳句を提唱したのは、作家の森村誠一である。この人はホテルに勤めながら、山に登った。写真を趣味としながら、『人間の証明』や『高層の死角』、『腐食の構造』など、ミステリリー小説の大家になった。その人間を見つめる視線はするどいが、何か温かいものを感じる。
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ニラの花

2016年08月30日 | 日記


直撃かと恐れていた台風10号が、進路を少しだけ北に変えて、この地方への影響はかなり限定的なものになった。それでも、付近に流れる須川は蔵王山系に降った雨で、泥交じりの激しい流れになっていた。風はなく、雨は山形市の降水量で21mmとアナウンスされた。山形市全域に避難準備情報が出たが、その必要はなさぞうだ。

雨のなかにニラの花が咲いていた。夏の強い日差しにも、雨にも負けず、花をつける強さ。人はそれを見て脱帽するほかはない。花になる少し前、ニラの穂を取って味噌汁にする。なんとも言えないいい香り、食感がたまらない。ニラの強さを少しだけ分けてもらう。

山畑の土の疲れや韮の花 手塚 美佐
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蕎麦の花

2016年08月29日 | 


転作の田に蕎麦の花が満開だ。8月の末、花の少ない季節であれば、蕎麦の花は際立った存在感を示している。この花を見て人は何を連想するであろうか。芭蕉は「蕎麦はまだ花でもてなす山路かな」と詠んで、花が終わって味わう蕎麦切りを連想した。花が食欲をそそる。私は北海道の開拓の村に生まれたが、種を植えて最も早く収穫できるのが蕎麦であった。どこの家でも蕎麦を植えて収穫し、石うすで粉をし、蕎麦にした。板の上で蕎麦を伸す作業をよく手伝わされた。

同じ俳人でも一茶は「山畠やそばの白さもぞっとする」と詠んで、冬の深い信濃の雪を連想した。野一面に咲く蕎麦の花は、一年で最も厳しい季節のさきがけでもある。一茶は、年端も行かぬうちに江戸に出て辛い奉公をした。火の気のない江戸の長屋で冬を過ごした。たまに帰る故郷の冬は深い雪に埋もれた。だからこそ、蕎麦の花に辛い冬を重ねあわせて「ぞっとする」という強い言葉を詠みこんだ。

遠目には白い花に見えるが、近づいてみると花の蕊に赤い色がついている。ぞっとするどころか可愛い花である。迷走していた台風が、いよいよ近づいてきて、東北の太平洋岸に上陸し、横断して日本海に抜けていきそうな気配だ。収穫前の果樹や稲など、農作物の被害がないことを祈る。畑に行って、とりあえずトマトなど収穫できるものを取ってきた。

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晩夏

2016年08月28日 | 日記


台風が秋をつれてくる。セミの声が聞こえなくなったと思ったら、草むらにはコウロギの声が絶え間なく聞こえている。一昨日までの真夏日が10℃も下がって、吹く風が冷たい。緑のカーテンにしたゴーヤも下の方の葉は色づき、取り残した実が黄色になって種を育てている。晩夏という言葉には、日本の季節感を感じさせる響きがある。

雑草が乳の汁もつ晩夏かな 細見 綾子

めっきり人影がまばらになった海辺。路地の人影にも、どこかしら澄んだものを感じる。なお、真夏の光がそそいでも、8月の終りには、そこはかとない秋を感じるときがある。人はそれを晩夏と呼ぶであろう。あれほど旺盛だったナスの葉が勢いを失い、反対にナツナの葉が生気をとり戻すのもこの季節だ。モロヘイヤの葉が春のように伸び、バジルの葉が再び大きくなる。アマガエルも、秋の気配を感じているのか、元気に葉の上を跳び回る。
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蜜柑が貴重であった頃

2016年08月27日 | 日記


今日から2泊3日で朝日連峰以東岳の山行を計画していたが、台風などによる不順な天候のため中止となった。昨日までの蒸し暑さは去り、冷たい風が吹いている。ベランダのアサガオが洗濯竿を占領するように、きれいな花を咲かせている。「朝顔に釣瓶とられてもらひ水」は加賀の女流俳人の詠んだ句だが、朝のベランダを見てふと思い出した。

八百屋さんの店頭に早生の蜜柑が並び始めた。高価でなかなか手を出すこともないが、食べると柔らかい皮と身の甘さに驚く。戦後まもなくは、蜜柑は貴重な存在であった。大抵は正月用に買うもので、木箱入りで買った。紀州みかんと温州みかんがあり、紀州の方が甘く効果であった。正月の鏡餅のお供えに乗せて、夕餉のひとときにみんなで蜜柑を惜しみながら食べた。

蜜柑の木箱は丈夫でさまざに利用された。勉強机などなかった時代で、蜜柑箱をさかさまにして蝋燭を立てて机がわりにしたことも懐かしい想い出である。大学の寮に入ったときは、蜜柑箱はもっと高度に利用された。机の脇に2列4段ほどに重ねて、隣の人を仕切る壁兼用の本箱となった。本のなかに埋まるようにして勉強する先輩の姿を見て感心したものである。

芥川龍之介の短編に「蜜柑」というのがある。横須賀始発の汽車のなかの光景であるが、登場人物は作者とひっつめ髪のひびだらけの頬の少女だけである。トンネルへ汽車が入ろうとするとき、少女が窓を開けようと動き出す。かたく固定して窓は少女の手ではなかなか開かない。やっと窓が開いたとき、窓からは汽車の吐く煙が入ってきて、作者の顔に吹きつけた。せき込む作者、注意しようとした瞬間、汽車はトンネルを抜けて踏切のさしかかる。そこには3人の小さな男の子が3人声をあげて手を振っている。

車内の少女はその子らを目がけて蜜柑を5つ6つ投げた。子らの頭の上にばらばらと蜜柑が天から落ちていった。夕空のなかに乱落する蜜柑の色。その光景を芥川はそんな風に描いているが、奉公先は向かう少女がおそらく餞別に友人か親戚からもらった蜜柑を踏切まで見送りに来た弟たちへ労を報いるために投げたもの、と推測している。車内での少女の行動を迷惑に思った作者ではあったが、その情景を見て、ある得体の知れない朗らかな心持ちが湧き上がってきたと、書いている。
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