7月27日4時半、山小屋の外に出てご来光を見る。向こうの山並みから太陽が顔を出すはずだが、山際の雲に隠れている。上の雲に反映して朝焼けになっている。風は収まり、青空が見えているので、今日の山頂は期待が持てそうである。
朝食はパン、赤飯。仲間から漬け物、コーヒーと軽め。下山して食堂の美味しいものを期待する。就寝が早かったので全員元気そうだ。
不動小屋の後ろの山のガスが晴れていく。山の景色は、このように薄皮をはぐように見えてくるのが一番感動的である。この光景を目にして、仲間たちから「ワーッ」という声が飛び出した。そういえば、八合目にから入る登山道の入り口にに「登って感動」の看板が見えていた。
秋田駒ケ岳の方か吹き寄せる風に乗って、アーチ型の雲が次々と山並みの上に吹き上げられる。どの光景も、この場所に立って初めて見ることのできるものばかりである。
四五歩して夏山の景変わりけり 高浜 虚子
砂礫の道を歩を狭めながら登っていく。左方には岩稜の山が次第に、その全貌を見せていく。一歩登るたびに、眼下の光景は変わり、正面に岩手山の頂上が姿を見せ始める。八合目の小屋から頂上まで、ゆっくり歩いて1時間。砂礫のあちこちにイワブクロとコマクサの花が見え始める。遠目には、コマクサのピンクは華やかだが、近くで見るともう花は終りを向かえつつある。
噴火口の向こうに岩手山山頂が、大きな姿を見せた。青い空に白い雲、砂礫と岩の山頂の色のコントラストがみごとである。カルデラの雄大な景観、砂礫の日の当る斜面には一面のコマクサの花畑である。6時前に登り始めたので、山頂からお鉢めぐりの山歩きがゆっくりと楽しめる。これほど風もゆるやかで、頂上の気温も20℃なかばという好条件で山頂に立てるのは、めったにあるものではない。
お鉢めぐりは、この登山のおまけのような時間だ。砂礫の道に10mほどだろうか、等間隔に石仏が置かれている。どの石仏も同じ方角にし視線を向けている。この世で亡くなった人が、成仏して天国へ行く方向へ視線を向け、手を合わせている姿である。大抵の山には神社が祀られているが、ここでは数え切れないほどの石仏が置かれている。頂上で、夕べお世話になった小屋当番の手伝いに来たという、山岳会の人に会った。我々が鉢まわりをしている間に、この人はカルデラの中に降り、そこについている道を通って、下山の道へ向かって行った。
岩陰にイワキキョウのきれいな花を見つけた。記録を見ると、この花を見たのは平成6年の7月月山の登山道の岩陰である。コバルトブルーの花冠が上品な色合いだ。木が生えることのない2000mの高みで、岩陰にひっそりと咲く姿は、いとおしく思える。どの山に行っても、痩せ尾根の狭い登山道では、高さゆえの恐怖感がつきものだが、不思議とこの山にはそうした感じを抱かせない。鉢を一回りして、下山にかかる。昨夜泊まった、八号目の避難小屋と不動避難小屋が眼下に見えている。
不動平の避難小屋だ。この小屋から、八合目の避難小屋まで30分ほどの距離だが、別ルートから来た人には、やはり重宝する小屋だ。備え付けのノートを見ると、金曜日山中に雨に降られた人が、この小屋を利用したことが書き付けてある。ノートはその時の雨を吸ってまだ濡れていた。今日のような天気では、想像のつかない悪条件がいつでも起きるという生々しい記録である。小屋の中は、まだ製剤したばかりの檜だろうか、木の香のかぐわしい清潔な小屋であった。
下山に新道を使った。今日は陽射しが強いせいか、この道の木陰をたよりに登ってくる人が多い。夏休みの登山シーズンである。愛好家が全国からこの山を目指して来ている。駐車場の車を見ても、釧路、神戸、京都、千葉、埼玉、そして岩手。人気の高い山である。