春は足踏みしている。もう終わりと思っていた雪が、この時間にも降り続いている。春の気候の急変で春山の遭難事故も多い。つい先週は、月山へ一人で入った男性が、テントを置いたまま行方不明になっている。山の会で雪山の安全講習で、雪山の危険について調べたが、これからの季節で恐ろしいのは雪崩である。鈴木牧之の『北越雪譜』に、雪国の春の雪崩の恐ろしさについての記述がある。
此の雪こほりて岩のごとくなるもの、二月のころにいたれば陽気地中より蒸して解けんとす
るとき地気と天気のために破れて響きをなす。一片破れて片々破る、其のひびき大木を折る
ごとし。これ雪崩んとする萌しなり。(中略)雪崩の形勢いかんとなればなだれんとする雪
の凍、幾千丈の山の上より一度に崩れ頽つる、その響き百千の雷を為し大木を折り大石を倒
す。此の時かならず暴風力をせへて粉に砕来る沙礫のごとき雪を飛ばせ、白日を暗夜の如く
その怖ろしきこと筆に尽しがたし。
牧之は実際に雪崩で命を落とした知人があり、また命びろいをした人から話を聞いて、この本に書き残している。この記述は、春に起るそこ雪崩である。雪にひび割れが口を開ければ、それは雪崩の前兆である。もう一つ恐ろしい冬の雪崩として、ホウラ雪崩を警戒すべきという言及がある。こちらは、積雪が固まった上に新雪が降り、その新雪が雪崩れる表層雪崩を意味している。
この表層雪崩のうちでも、煙型乾雪表層雪崩いわゆる泡雪崩(北越雪譜でいうホウラ)というものがある。1938年12月、黒部渓谷の黒部川発電所建設に伴うトンネル工事現場で、この泡雪崩が発生し、鉄筋コンクリート造りの作業員宿舎が700m先の対岸へ、その爆風によって吹き飛ばされるという大事故が起きている。泡雪崩は爆発音ととももに、雪煙が時速200㌔を超える速度で落下する。吉村昭の小説『高熱隧道』で、この泡雪崩の詳細が記述されている。このほど電子書籍によってこの本を読了した。この災害で84名もの生命が失われた。
この記事を書き終わって気がついたが、栃木県那須スキー場で雪崩が発生、ここで春山の登山講習会に参加していた高校生8名が心肺停止の状態だという。一昨日から降っていた新雪が雪崩れたもので、この時期には珍しい表層雪崩ということである。高校生という若い人で、実に痛ましいことである。