今年は少雨のため、畑の野菜つくりには苦労するが、登山では快晴に恵まれ、想像以上に楽しい山歩きが実現している。先ず写真を見て欲しい。二王子岳の山頂に立ったとき、目に飛びこんできたのは飯豊連峰の雄姿である。登山家の間では、壮大な飯豊連峰の展望台としてこの二王子の山頂を上げられる。このパノラマを見て、ほとんど言葉を必要としないが、山頂にある飯豊の展望図でその山名が知れる。写真では地神山、門内、北股、烏帽子などの主要な部分を切り取ったに過ぎないが、肉眼では北の朳差、そして鋭俊な鉾立から主要部を経て御西、大日岳へと連なる。「こんなにはっきりと、飯豊の山容を目にできるのは珍しいですよ」と教えてくれたのは、地元の年配の登山者であった。
登山の起点となるのは新発田市にある二王子神社。山形を4時半に出発して、こ神社に着いたのは7時30分、支度を済ませ、登山を始めたのは8時少し前であった。二王子神社の古びた威容を拝して、かつては修験道の霊山として地域の信仰を集めていたことに思いを寄せる。祭神は大国主尊、江戸時代には二王子大権現と称されていた。
昭和6年3月26日、この地の住んでいた猟師親子の遭難死が伝えられている。須藤七太郎(60歳)は20代の息子二人と、炭焼きを連れ、この山に熊撃ちに入った。その日天候は快晴、汗ばむような陽気に、着ていた蓑を脱いで軽装になり、蓑は木の枝に下げた。途中、雪崩れ埋もれた木の枯れ枝をカモシカの角と誤り、胎内側の山肌に深く入ってしまった。気が付くと、天候が急変し、全山が見通しのきかない吹雪となった。
最初に気を失ったのは七太郎だった。兄弟は二人で父の救助をしたが、もはや動かぬ父を見捨て懸けておいていた小屋を目指した。しかし吹雪の猛威に小屋の場所が分からず、雪の中で凍死。小屋に辿り着いたのは、炭焼きの竹二だけだった。竹二もまた小屋の所在を特定できず、雪中に穴を掘って一命をとどめた。
一合目を過ぎるとすぐに急峻な登りとなる。しかし地元の人々の尽力で登山道は整備されている。木を道の幅に切り、階段状にして登りやすくしてある。登るものは、歩きやすい道のため坂道をのぼってしまうが、振りかえってみると、急な登りに驚かされる。標高1420m、標高差1100m。写真は3合目付近の登山道である。4合目を過ぎると、木陰に雪が消え残っている。したがってここは、雪解け間近な早春の季節である。山中には春セミや小鳥の鳴き声がしきりである。
明日はこの山の山開きである。登山口には、テントが持ち込まれ、ここで一夜を過ごすグループの姿が見られた。早朝に山形を発ってきた我がチーム(5名・男3・女2)の登る速度は遅い。後ろから来たグループが次々と追い越していく。この日登った人はざっと100名前後というところだろうか。若い人のグループの目立つ。新潟県では、若い世代に登山愛好の傾向があるように見受けられる。
この山行であらためて思ったのは、高山の花の美しさだ。雪の下から頭をもたげる植物は、その生命力をこの時期に最大限に発揮する。咲いたばかりの花は、まだ気象条件のダメージも受けず、虫の害もまだない。こんな時期であるからこそ、高山の花が美しいのだろう。地元から来た人が話していた。「毎年、山開きの時期、年に一回だけ来るんだよ。今日はきれいな花が見られて儲けものをした。」そう言えば、この山に来る人は圧倒的に地元の人が多い。駐車場の車のナンバーを見ても、県外者は少ない。それだけ、この山は地元の人に愛されているのだ。登山道の整備に加えて、ゴミなどきれいに片付けられている。日陰に咲くサンカヨウの純白の花に目を奪われる。
仲間のひとりが言った。「コブシの花はどこで見るものよりきれいだ。」まったくその通りだ。一本の木に咲くコブシでも、たいていどこかに太陽から受けたダメージで散りかかっているものが混じっている。この木にそんな姿はひとつもなく、どの花も最高の美しさだ。目を登山道の外に向けても、新緑のなかに純白のコブシが咲きほこっている。
コブシと競うように純白の花を咲かせているのは、オオカメノ木だ。この花はカメラに収めるのが難しい。前の方の花にボケを入れて、花をアップに撮ってみた。何故か、白い花が多い。明日から6月、ジューンブライド。6月の花嫁は、純白のドレスが似合う。
忘れてならないのは、日陰に咲くシラネアオイ。純白の花ばかりのなかに、淡い紅紫の色がいかにも奥ゆかしい雰囲気を漂わせる。この山では、木の成長がないせいか、花はややこじんまりとしている。近くにカタクリの群落もあったがこちらも、花、樹勢いずれもこじんまりとしていた。こんな花に目を楽しませていると、急な坂道を歩いて疲れも忘れてしまう。
所々に道が残雪のなかにあるとろに出ると、汗をかいた身体を涼風が駆け抜ける。清々しい気持ちだ。同時に、いままで隠れていた二王子岳の頂上が姿を見せる。残雪の白と頂上の新緑のコントラストは、現場で自分の目で確かめるよりほか方法はない。頂上付近に避難小屋が薄赤く見えている。ここから、頂上まで25分。その頂上から、驚きの飯豊の大パノラマを見ることになる。