五月、最後の夜明けは、きれいな朝焼けだった。台風2号が、はるか南の海上に停滞している。台風の影響がないうち、やっと初夏らしい、さわやかな朝を迎えた。予報では梅雨入りが近づき、ぐずついた気候になるらしい。外を歩くと、田植えの終わった田に、青空が写りこんで美しい。咲く花は、次々と種を変え薔薇の美しい季節になった。
薔薇には、古来、多くの伝説がある。唐の玄宗皇帝の楊貴妃は、その美しさを薔薇にたとえられる。その美女を見出し、皇帝の寵を集めた楊貴妃を皇帝に紹介したのは、名高い宦官高力士である。薔薇を詠んだ与謝野晶子はこの故事を詠み込んだ歌を残した。
高力士候ふやとも目をあげて
云ひ出でぬべき薔薇の花かな 与謝野晶子
薔薇は平安時代、「そうび」と呼ばれた。中国から伝わった高貴な花として貴族の住まいに植えられた。『源氏物語』の「乙女」の巻には、その邸に植えられた花の名が語られている。
「東北のお邸はいかにも涼しそうな泉があって、夏の木陰を主とした造りです。御前に近い庭先の植え込みは呉竹で、その下風が吹き通すように植えてあります。高い木が茂っているのが森のように見えて木深く風情があります。ここは山里らしいつくりで、卯の花の垣根をわざわざ囲みめぐらせて、昔をしのばせる花橘、撫子、薔薇、牡丹などの花の色々を植えて、春や秋の草木をそのなかにまぜてあります。」
ここは花散里の君を住まわせるお邸で、源氏の君は、女御たち一人ひとりに相応しい庭と邸宅、そしてそこに咲く花にもこだわって選び抜いている。今日、こんな貴族のような住まいは見られないが、どの家にも好みで選ばれた花を植えて、そこの家に住む人たちの個性をあらわしている。