未熟なカメラマン さてものひとりごと

ようこそ、おいでくださいました。

奥津渓のあと蒜山高原を訪ねました。岡山県真庭市蒜山

2022-11-25 21:47:56 | 観光名所
訪問日:令和4年11月4日(金)

奥津渓の紅葉を楽しんだ後、蒜山高原を訪ねました。ナビの行き先を設定すると、なぜかいったん北上し、鳥取三朝町に向かいました。
目的地のジャージーランドに着くと、残念ながらジャージー牛の放牧はありませんでした。ちょっと残念ですが仕方ありません。
そのかわり、コスモスが斜面にきれいに咲いているではありませんか。これは予想していなかったのでとてもラッキーでした。
コスモス畑の撮影を堪能したあと、鳥取県境の鬼女台に向かいました。駐車場はいっぱいで少し空きを待つ状態でしたが何とか入れることができました。この頃から北方面に雲がかかるようになりました。烏ヶ山(からすがせん)は見渡せますが、点前に雲がかかり被写体としては残念な気象条件です。
本当は、大山南壁の絶景ポイント鍵掛峠まで足を延ばしたかったのですが、あまり期待できそうにありません。
結局、江府町御机(奥大山)の茅葺小屋を撮影したあと、帰途につきました。



残念ながら放牧はもう行われていないようでした。


上蒜山の紅葉


遠くにジャージー牛がいればどこまでも歩く道


ススキと上蒜山


ひるぜんジャージーランド 売店の濃厚なソフトクリームが有名

(コスモス畑)


何とこの季節にコスモス畑


背丈の低いコスモスです


コスモス畑と青い空


ところどころヒマワリが咲いていました


少女とコスモス


堪能しました


乗馬を楽しむ人がいました


地面を覆うイチョウの落ち葉

(鬼女台)


烏ヶ山ははっきり見えるのですが、手前に雲がかかり残念


烏ヶ山のアップ 急峻な山です

(鏡ヶ成・奥大山休暇村)


雲が頭上を覆い始めました


マツムシソウも終わりです

(江府町御机の茅葺小屋)


大山もすっかり雲に隠れて見えません


帰りに突然陽が射してきました
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吹屋ふるさと村周遊券で観光スポットを巡る 岡山県高梁市成羽町吹屋

2022-07-10 17:49:39 | 観光名所
訪問日:令和4(2022)年6月4日(土)

前々回 保存修理工事が完了した旧吹屋小学校を訪ねました
前 回 ジャパンレッドの美しい町並みを歩く

旧片山家住宅で購入した吹屋ふるさと村周遊券もあと3つ、帰途のみちすがら順番に訪ねることにしました。

(ベンガラ館)

ベンガラ館には初めて入りました。他に2組の観光客がいました。ベンガラの製造過程を忠実に、そしてわかりやすく再現しています。行程に従って何棟かの建物があります。ジャパンレッド=ベンガラ色=落ち着いた朱色は、町並みを彩り、焼き物の塗料の原料にもなりました。
建物の内部は、ベンガラ色一色で、とにかく服に付かないようにと注意を払いました。
建物に隣接して陶芸館があり、登り窯もあって体験もできるようです。若い女性がひとり作陶に励んでいました。



駐車場から見るベンガラ館(正面)と陶芸館(右の建物)

弁柄は江戸中期(1707年)全国で初めて吹屋で生産されて以来、江戸末期から大正と大いに繁盛を続け、吹屋の町並みの基礎をつくりました。


製造工程に伴い、建物が並んでいます。往時、この谷あいには弁柄工場が4か所ありました。


<釜場室> 原料のローハをよく乾燥して焙烙(ほーろく)に少量ずつ盛り、それを200枚前後土窯の中に積み重ねて松の薪で700℃くらいの火力で1日~2日赤褐色の焼キができる


<水洗ひき臼室> 焼キに水を加え、水車を動力に石臼でひき、粗いものと細かいものに分離する


<脱酸水槽室> きれいな水を入れて10回から100回かきまぜ酸を抜く、このあと、うすくのばして干棚で乾燥してできあがり


お隣り陶芸館の登り窯


弁柄焼きの作品が展示販売されていました

(笹畝坑道)

実は、朝の9時半ごろ、一度訪ねましたが、10時からとなっていたので出直すことにしたのです。受付に黄色いヘルメットがいくつも並んでいました。上からの落石防止用でしょうか。同じ時間の観光客はいませんでした。少し冒険心が沸きます。入り口は大人がやっと通れるような狭い空間。坑道内は湿度が高く、壁面には水がしみ出し、床は濡れています。しばらく進むと、とても広い空間が現れます。まるで鍾乳洞に入ったような錯覚を覚えます。
何体かのリアルな作業を再現した人形は、不気味さをも感じさせます。当時の過酷な労働は想像を絶するものだったでしょう。
通路の天井は低いところがところどころにあるので、頭上注意ですが、実際に頭をかする程度に数回打ちました。ヘルメットを借りてくればよかったと思ってもあとの祭りです。この笹畝坑道は、かつて日本三大銅山と言われた、吉岡銅山の支坑道でした。以前は出口は山の小高いところにあり、一歩通行でしたが、現在は対面通行となっています。入口左側の山からの坂道にロープが張られていたのはそのためだったようです。



道路の手前に広い駐車場を完備している


笹畝坑道入り口


吹屋銅山の歴史 発見されたのは807年 鉱山としては1690年から1930年まで続き日本三大銅山の一つとなった


坑道内の湿った狭い通路 天井の低いところがあるので注意が必要


固い岩肌


とても広い空間 鍾乳洞を思わせる


リアルな人形


磁硫鉄鉱はローハの原料


背負子で運ぶようす


奥に女性の人形


酒造メーカーの貯蔵庫


以前は一方通行で出口は山の上にあった 

(旧広兼邸)

最後に訪ねたのが、有名な旧広兼邸です。駐車場から見上げる見事な石垣。まるでお城のような威圧感があります。映画やテレビの「八つ墓村」のロケ地として知られています。
入口を目指し、坂道を進むと楼門があります。ちょうど、その楼門を内側から見上げるとツバメの巣がありました。数匹のひながいるようでした。この旧広兼邸、高梁市の重要文化財に指定されていますが、これだけの規模と、歴史があるのにどうして国の重要文化財、少なくとも県の重要文化財に指定されないのか、疑問に思いました。一度、その理由を聞いてみたいと思います。
久しぶりに水琴窟の清らかな音を聞いてみたいと思いました。数滴垂らすとやがて聞こえてくる小さくて高い音。最初に考えた人はすごいと思いました。



駐車場から見る広兼邸(ひろかねてい)壮大な石垣の上に城郭を思わせるような豪壮な建物


撮影スポット 坂道を上がったところにある


吹屋地区観光案内板


坂道を上がったところにある楼門


母屋 正面の廊下に受付がある


玄関 客人を迎える玄関は意外と小ぶり


母屋前の庭園


白と赤のサツキが満開


離れ座敷 当主の結婚式に一度使用しただけ


天井は高い、梁が見事


台所のかまど


台所から四つの部屋が続いている


敷地内別棟にある下男部屋、向こうに番頭部屋がある


眼下に見下ろす里の様子、駐車場が見える

こうして、観光周遊券の観光スポットすべてを消化し、吹屋を引き上げることにしました。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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愛媛県松山市の観光名所を訪ねて その3 石手寺と道後温泉

2021-07-08 08:02:49 | 観光名所
その1 とべ動物園のホッキョクグマピースに会いに行ってきました。
その2 現存12天守・松山城は江戸時代最後の城郭建築だった!

訪問日:令和3年3月14日
松山城から、道後温泉方面に向かいました。温泉までの距離は3kmほどでしたが、その前に石手寺を訪ねることにしました。石手寺はさらに西方面に1km行ったところにあります。

(石手寺 四国八十八箇所第51番札所)

私は四国の観光名所を訪ねたら、できるだけ四国八十八箇所を訪ねることにしています。この石手寺、国宝や重要文化財をいくつも持つ由緒あるお寺ということで、楽しみにしていました。
道路わきに無料の駐車場を見つけました。何と駐車場の前に、聖域と書かれた看板があり、白くて真新しい石像群がこちら向きに並び、にらみをきかせています。近年設置されたものようですが、真新しいところにどこか違和感を感じました。



「聖域 不可入場」と書かれたプレート 「世界一立体曼荼羅」は、大日曼荼羅石像群 で- 境外道路脇に、東寺講堂の立体曼荼羅を模した石像群が2018年設置されました





参道を進むと、両側に仲見世のような土産物屋が並んでいますが、ほとんど店は閉じらひっそりとしていました。初詣の参拝者数は県内随一とありますから、そのときは随分賑わうことでしょう。
仲見世を過ぎると、正面に姿を現すのが、国宝の二王門(仁王門)です。しかしここでも何か違和感がありました。まるで大学のキャンパスにあるような、白くて大きな立て看板がいくつも立っているではありませんか。寺院というと心落ち着く安らぎの場で、静かにお参りしたいものですが、これはどうでしょう。どこか雑然としています。



参道に仲見世が続く


国宝二王門 大学のキャンパスのような立て看板が目立ち残念


阿弥陀堂 阿弥陀堂です。恋愛成就のパワー玉があります


重要文化財の三重塔は残念ながら修復中でした




巨大なわらじ 真言宗のお寺で見かける巨大なわらじ お仁王様が裸足で立っているのを見て、かわいそうだとわらじを編み、奉納したのがはじまりだと言われています。

二王門をくぐり境内に入ると何かお経のような声が聞こえてきます。これもテープの繰り返しの再生のようです。重要文化財の三重塔は修復中で、緑のネットがかかっておりこれまた残念でした。
とある方のブログによりますと、八十八か寺の中でも「我が道を行くお寺」の三本の指に入るとか。駆け込み寺(住み込み可)、こども食堂もやって共感できる部分もありますが、クセのあるお寺には間違いないようです。
本堂にお参りし、石手寺をあとにしました。そして、本日最終目的地、道後温泉にやってきました。



塀の上をゆっくり歩くネコ

(日本最古の湯と言われる道後温泉)

道後温泉に戻ってきました。中心部から少し離れた駐車場に車を駐め、大きなホテルが立ち並ぶ景観の中を、とりあえず本館を目指し、歩きました。今回は日帰りだったので湯に浸かることはありませんでしたがシンボルの重要文化財に指定されている本館だけはカメラに納めておきたかったのです。






ホテルの前の植え込みにピンクの馬酔木を見つけました


重要文化財の本館 道後温泉本館は2019(平成31)年1月15日より7年間、2期に分けて保存修理工事が行われる予定です。


別角度から


火の鳥がなぜか建物に合っていると思いました

しかし、残念ながら本館は保存修理ための工事が行われており、後ろ半分が大屋根に覆われていました。
今回、気になった点がひとつ。手塚治虫の「火の鳥」がところどころに見えるのです。確か前回訪ねた時は、なかったと思うのですが、何か意味があるのでしょうか。
次にアーケード街(道後ハイカラ通り)で土産物を物色したのち、近年できたという外湯の“飛鳥乃湯泉(あすかのゆ)”と“椿の湯”を訪ねました。



外湯の“飛鳥乃湯泉 保存修理工事に入る道後温泉本館に代わって、新たな道後の顔となるのが2017年12月にグランドオープンした道後温泉別館「飛鳥乃湯泉(あすかのゆ)」です。


お庭の一角にかわいい人形をみつけました


椿の湯 飛鳥乃湯泉オープンに伴って3カ月をかけて改装工事を行い、新しく生まれ変わりました。


大屋根に覆われた本館(後ろ部分)


道ばたに銀葉アカシア(ミモザ)が咲いていました


昔懐かしい温泉旅館がありました

(圓満寺 えんまんじ)



そして、最後に訪ねたのが、本館から歩いて5分ほどの圓満寺(えんまんじ)です。
小さなお寺ですが、近年パワースポットとして、またフォトジェニックなスポットとしても人気があります。
奥に見えるのが本堂で、手前右手に見えるのが仏堂です。この仏堂には「湯の大地蔵尊」と呼ばれるお地蔵様が鎮座しています。
そして仏堂の周りには、カラフルな“お結び玉”がたくさん結びつけられています。このお結び玉は、お地蔵様が左手に持っている湯玉をモチーフにしているのだそうです。
この色とりどりのお結び玉は、地元の人たちがちりめんなどの和服地で手作りしています。



仏堂 湯の大地蔵尊


お結び玉がカラフルで絶好の被写体です


(谷本蒲鉾店)

圓満寺を楽しみ、本館まで戻ってきました。その本館の目の前にあるのが、「谷本蒲鉾店」
です。どうやら揚げたてのじゃこが食べられるようです。この幟に魅せられて、いただいてみることにしました。注文したのが“じゃこカツ”です。あまりの暑さにやけどしそうでしたが誠に美味。こうして本日の松山市の日帰り旅を終え帰途につくことにしました。



広いガーデンスペースでできたてのじゃこをいただきました

最後までご覧いただきありがとうございました。
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広島県呉市の観光スポットを巡る 大和ミュージアムと美術館通り

2021-05-22 23:25:37 | 観光名所
呉市・前々回の記事 「北前船で栄えた日本遺産・御手洗は遊女が支えた港町だった」
呉市・前回の記事 「かつて西国無双の港といわれた御手洗の町並みを歩く」

訪問日:令和3年2月21日

大崎下島の御手洗を訪ねたあと、下蒲刈の三之瀬に立ち寄りました。蘭島閣美術館や福島雁木、松濤園周辺を散策したあと、呉市の中心部に向かい、てつのくじら館、大和ミュージアム、美術館通りを訪ねました。

(豊浜大橋)
豊島と大崎下島を結ぶ全長543mのトラス橋で平成4年11月に開通した。
駐車場があり、急な石段をあがると公園らしきエリアがあり、眼下に橋を望むことができた。アップでみると自転車で橋を渡る人の姿が見えた。



豊島と大崎下島を結ぶ


橋を渡る人の姿が見える

(下蒲刈・三之瀬地区)
蘭島閣美術館
伝統的日本建築の美しさを追求したヒノキ造りの美術館。日本を代表する作家の作品をはじめ、郷土ゆかりの作家の作品などを収集し、文化啓発につとめている。

蘭島閣美術館


美術館前の松を配した庭園

福島雁木
福島雁木は、福島正則が幕命により船着の便をはかって築いたもの。113m、14段あるが上部の3段は昭和になってつけたされたもの。透き通るような海水が印象的だった。

福島雁木

松濤園
江戸時代に朝鮮通信使が来日した際、盛大な歓迎をしたという資料が展示されている。園内は回遊式の庭園になっているが、園の周囲はぐるりと散策することができ、内部の様子が十分うかがえる。訪問したとき、白梅、紅梅が見ごろだった。


海岸沿いに設置された遊歩道


外からでも中の様子が伺える


青空に白梅


石塔に白梅


紅梅もある


蒲刈大橋(かまがりおおはし)は、広島県呉市(旧安芸郡蒲刈町および旧安芸郡下蒲刈町)の上蒲刈島と下蒲刈島を結ぶ道路橋。昭和54年10月に開通し、長さは480mのトラスト橋。


(大津泊庭園から見る安芸灘大橋)
大津泊庭園は、安芸灘大橋を下りたすぐのところにある芝生の公園で人々の憩いの場になっている。江戸時代、瀬戸内海でも有名な港として栄えた。大きなグラウンド、広い駐車場とトイレを完備している。訪問時、ウオーキングをするお年寄りの団体を見た。島のイベントの会場として使用されることが多い。


駐車場脇の芝生の中にあった鯉にまたがる少女の像

安芸灘大橋

本州四国連絡架橋群を除き、都道府県道に架かる橋の中では、わが国最大の吊橋。
本土と下蒲刈島の間を流れる「女猫の瀬戸」に架かり、橋長1,175m、主塔の高さ119mの壮観な姿をもって美しい景観をつくっている。ETCは利用できず現金での支払いとなる。通行料金、普通車は730円

(てつのくじら館・海上自衛隊呉資料館)
潜水艦の発展と現況や掃海艇の戦績と活躍等に関する歴史的な展示資料を通して、海上自衛隊の歴史を紹介するとともに、呉市と海上自衛隊の歴史的な関わりについて紹介している。
大和ミュージアムと道路を挟んで向かい側にあり、よくぞここに設置できたと感心する。陸に上がった潜水艦のまずその大きさに驚き、次にその形に納得。なるほど「てつのくじら」はナイスネーミング。

(令和3年5月18日から6月1日まで緊急事態宣言発令を受け臨時休館)



外形はまさに鉄のくじら

(大和ミュージアムとそ周辺)
大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)は呉市1番の観光スポット。年間入館者数は約91万人(2019年度)4階建で、主な展示は1階から3階。
1階の「大和ひろば」には全長26.3mもある10分の1スケールの戦艦大和がでーんと控え、初めて見た人はからなずびっくりする。
また、同じく1階の大型資料展示室には、ゼロ戦や特攻魚雷回天などの実物が展示されている。


レンガパーク
戦艦「陸奥」の主砲身、スクリュ―、主舵などの引揚品が展示されている

向こうに鉄のくじら館が見える


陸奥のスクリューと主梶

「大和ひろば」戦艦大和の10分の1スケールモデル
前から


上から


後方斜め後ろから


大型資料展示室
ゼロ戦(零式艦上戦闘機六二型) 昭和53年に琵琶湖から引き揚げられたもの


ミニチュアモデル

美しい機体

特殊潜航艇「海龍」

前から


後ろから

大和波止場から見る景色

大和ミュージアムの外観


対岸のドッグ

戦艦大和はここで建造された

大和波止場

実際の大和の大きさを体感できる 市民の憩いの場でもある

山裾の住宅事情

呉工廠時代の名残か 住宅事情はかなりきびしそう

穏やかな港


踊りの練習(いこいの広場)

波止場で踊りを練習をする少女たち ちょっぴりはずかしそう

芝生広場の、潜水調査船「しんかい」


そして、本日最後の目的地、美術館通りに向かいました。距離は1キロ弱、時間にして2.3分でした。

(入船山公園かいわい)

グラウンド横の有料駐車場に車を駐め、まず向かったのが入船山記念館です。

入船山記念館

美しいシンメントリー風の建物

呉市立美術館

玄関


道路側から

美術館通り(日本の道百選)
ゆたかな赤レンガ敷きのケヤキと松の並木道に、著名な作家による18点の彫刻が点在する通りはわずかに傾斜しており、美術館へのアプローチとなっている

美しい少女の像

マンホール

なぜか戦艦大和のマンホールが

作品の中で一番気になったのが、別館前にある、薮内佐斗司作の「走る童子」顔が“せんとくん”に似ているのですぐにわかりました。走る姿が分解写真のようで、しかも先頭が壁にめりこんでおり、アマガエル?が同じように移動しているのが非常にユーモラスに感じました。


後ろから 躍動感にあふれている


前から どうしてアマガエル?


めり込んでいる ここまでしなくても

こうして、朝から御手洗、下蒲刈と呉の観光スポットをめぐる旅を終えました。
駐車場から出て、坂道を下っているとき対向車がパッシング、何と一方通行を逆走していました。やれやれです。
最後までご覧いただきありがとうございました。


次回は、新生・やかげ宿(岡山県矢掛町)を掲載の予定です。
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絶景!夫婦岩と天空のひまわり畑 岡山県高梁市成羽町布寄木ノ村

2020-08-10 08:18:27 | 観光名所
訪問日 令和2年8月5日(水)
岡山県のひまわりの名所をネットで検索していたところ、‘夫婦岩のひまわり畑’を見つけました。そして文字通り、そこには巨大な夫婦岩があるというではありませんか。

高梁市成羽町は、井原市の北側に接する町・川上町の隣町ですが、そんなに近くなのに、夫婦岩の存在について私は、全く知りませんでした。
これは行ってみなくてはと思いましたが、初めての観光名所を訪ねる気分は楽しいものですね。
日中は、かなり暑くなるというので、自宅を早めの9時頃に出発しました。所要時間は、約50分です。

向かう方向としては、当面、「吹屋のふるさと村」でいいようです。成羽町と備中町との位置関係はよくわかりませんが、備中町に入り途中でやっと一台の車が通れる小さな橋を渡ったあと、ひたすら山道を進むと、途中で備中町から成羽町に移りました。
山道は、離合が困難なところがほとんどで、運転には細心の注意が必要です。
対向車が来ないことを祈るばかりでした。



山道を登り切ったところで忽然と姿を現したひまわり畑 先に夫婦岩を訪ねることにしました。

(夫婦岩)

そして、目の前にひまわり畑が忽然と姿を現します。駐車場がわからなかったので、たまたま通りかかった、自称ミュージシャン?の方に教えてもらいました。
想像以上に広い駐車場、先客の車が1台だけ停まっていました。
まずは車を降り、案内板にしたがって、神社の脇を抜け夫婦岩方面に歩きます。すると突然目の前が開けて、巨大な夫婦岩が姿を現し、眼下に清流成羽川が見えるという素晴らしい眺望です。



標高400mの石灰岩の大地に立つ巨大な二つの岩


眼下には清流・成羽川 まさに絶景です。


夫岩の基部、絶妙なバランスで立っていることがわかります。


すごい迫力です。

案内板には、夫婦岩について次のように紹介(要約)されていました。
(夫婦岩)
岡山県高梁市成羽町にある夫婦岩は、標高四、五百メートルの石灰岩の山々の一つの中腹に出来た、自然が生み出した華麗な二つの大塊をいう。
 夫岩は公称、高さ12メートル、妻岩は16メートルで愛児のような岩を抱いている。夫岩は下部が細く、くさびのような岩と岩自体の形状から、微妙なバランスによって支えられている。大きさは、二見が浦の夫婦岩の約二倍、わが国では比肩するものがないほど壮観といわれている。

展望台は、この正面の左右それぞれにあり、三方向から鑑賞できるようになっています。
夫婦岩というと二見が浦の夫婦岩を連想しますが、立地、形状とも随分違います。日本全国にはなんと50以上の夫婦岩があるそうです。



南展望台から見る夫婦岩


もう少しアップで見る。左が妻岩、愛児のような岩を抱いています。


北側の展望台。


もう少しアップで

夫婦岩は、まんが日本昔ばなしでも紹介されています。 →『夫婦岩』


成羽川を挟んで対岸の山の上に民家らしきものが見えました。


望遠で見ると数軒の家が確認できました。こんな高い山の上で不自由はないのでしょうか。

(ひまわり畑)


夫婦岩に来た観光客を楽しませようと10年前から始めました。

このあと、車はそのままにして、先ほどのひまわり畑を散策することにしました。
こちらのひまわり畑は、10年ほど前から、地区にお客さんを呼び込もうと、使われていない農地を利用して植えられてきました。その数10万本だそうです。










岡山県下のひまわりの名所としては、壮大な計10haの笠岡湾干拓地や、傾斜地に咲くひるぜんジャージーランドなどがありますが、それらと比較し一体感とスケール感では、到底及びませんが、その景色はどこか故郷に帰ったような、懐かしさを覚えます。
同じ時間に、吉備ケーブルテレビの若い女性カメラマンも取材に来ていました。

周囲には、ひまわり畑に混じってビニールハウスも点在しています。ここでは、成羽町を代表するピオーネやシャインマスカットが栽培されています。

標高400メートルの山の上、まさに天空の山里に咲く、ひまわり畑を一度訪ねてみませんか!


コメント (1)
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