未熟なカメラマン さてものひとりごと

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日本緑茶発祥の地 宇治田原町を訪ねて

2013-06-04 00:06:43 | 旅行

寒冷紗に覆われた茶畑

6月2日の日曜日、私が所属している茶道上田宗箇流・社中の研修旅行があり参加しました。今回の行き先は、京都府宇治方面で、主な目的はお茶園の見学です。個人ではなかなか行けないところなのでとても楽しみにしていました。現地に早めに到着したいということもあって井原を早朝6時前に出発。今回は有難いことに尾道宇治園の社長さんが、案内役として同行してくださいました。総勢13名です。

お茶園には、ほぼ予定の時間に到着しました。さらに現地で、京都のお茶の関係者3名が合流して案内していただきました。現地は、宇治茶というぐらいなので、当然、宇治市かと思っていましたが、訊ねてみると、ここは京都府綴喜郡宇治田原町というところだそうです。この地は永谷園の創始者「永谷宗円」が今でいう煎茶の製法を確立したところから、日本緑茶の発祥の地といわれ、そしてそのお茶を江戸で販売したのが山本山の初代山本嘉兵衛だそうです。また、お茶の生産地の断トツの1位は、静岡県で2位が鹿児島県、この2県がほとんどのシェアを占めていて、続いて伊勢茶の三重県がつづき、京都府は、全体の5%ぐらいしかないとのことでした。それでも、長い歴史と、確立したその技法により、玉露やてん茶(抹茶の原料)、抹茶など国内における高品位なお茶の産地として有名で、他の産地では決してマネができない、とのことでした。 

さて周辺は、まったくの田園地帯。水田が広がり後方を山が取り囲むような盆地で、一見すると私の住んでいる井原市内の北部の景観とほとんど変わらないように見えますが、水田と茶畑が混在しているのが大きな違いです。茶畑の多くは、黒い寒冷紗で覆われて遮光されています。また、お茶の説明で、お茶の種類は、その加工方法によって大きく分けて緑茶、ウーロン茶、紅茶に分類されるそうですが、日光にあてるとカテキンが増えて紅茶になるという話は興味深いものでした。また遮光することによって、葉をうすく大きくするという話を京都の方から教えていただきました。バスの中では、てん茶などのサンプルを見せていただき、また口に含んだりして味わい、大変参考になりました。

左右に、寒冷紗で覆われた茶畑がある農道を進むと、工場らしき建物に到着しました。ここは、組合の荒茶加工施設のようです。ちょうど生産者の方がトラックで、袋に入れられた茶葉を降ろしていました。ここから建物内に、案内されて入ると、お茶の葉が機械に投入され、蒸されたり、網の筒に吹き上げられて乾燥されたりと、最後には袋詰めされる工程まで見ることができました。ほんとに貴重な体験をさせていただきました。
工場を出た後、実際に寒冷紗に覆われた茶畑を中に入って見せていただくことができました。若葉は瑞々しくて、いかにも新鮮な感じがしました。最後に茶畑をバックに記念撮影し、宇治田原町をあとにしました。

昼食の予定時間まで時間が余ったので、平等院近くを散策することになりました。裏手の駐車場から石段を降りたところに観光センターがあり、その隣に宇治市市営の茶室「対鳳庵」がありました。せっかくなので一服いただくことにしました。お点前をされていたのは、遠州流の流れをくむ流派だとのことでした。このあと、宇治川の川岸を散策したあと、宇治川通りに並ぶ茶店を見て歩きました。店先にいくつも積まれた茶箱や、立派な看板を見ているとどこかその歴史を垣間見るような気がしてきます。ここまで来たら平等院ですが、修復中とのこともあり、また時間もなかったので、今回は入りませんでした。またいつの日か、修復が終わったら是非、来てみたいと思いました。そしてバスは、本日昼食場所の万福寺に向かいました。途中、立命館宇治高校の野球グラウンドを目にしました。駅伝で我が興譲館のライバル校。昨年の覇者。今年の駅伝はどうだろうとふとそんなことを思いました。(つづく)



お茶屋が並ぶ平等院前の通り
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