友々素敵

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頭の中に迷路が生まれ

2023年08月03日 18時32分06秒 | Weblog

 原田マハさんの『リボルバー』(幻冬舎文庫)を読み終えた。息つく暇のないほどグングン読めてしまう。1962年生まれの原田さんのように、若い作家に共通していることは、難しい漢字や言葉が無いので、留まることなく読めてしまう。

 本の帯にあるように、拳銃で自殺したゴッホの死を巡って、「誰が引き金を引いたのか?アート史上最大の謎に迫る、著者渾身の傑作ミステリ」である。結論を知りたくて、どうしても謎を追ってしまう展開は、とても上手いと思う。

 ゴッホとゴーギャンはほとんど同時期に活躍した。ゴーギャンは1848年生まれで、ゴッホよりも5歳年上だが、ふたりに共通するのは20代になってから絵を描きだしていることだ。1789年のフランス革命は人々の生活を大きく変えた。

 絵画は記録するものだったから、王や貴族の家に飾られた。絵画には写真のような正確さが求められたが、庶民は新しい生活にふさわしいものを求めた。それが印象派の絵画だった。新しい絵はさらに新しい絵を求めた。印象派の次の絵が模索されていった。

 ゴッホもゴーギャンも、誰にも描けない絵を描きたかったはずだ。ふたりは似ているのに、似ていない。ゴーギャンに触発されながら、ゴッホは自分の絵を描き続けた。生前のゴッホは、1枚も売れなかったと言われている。

 ふたりは画商だったゴッホの弟テオに寄りかかって暮らしていた。ゴーギャンがタヒチに渡ることが出来たのも、テオの尽力があったからだ。ゴーギャンの父親はジャーナリストで、ナポレオン3世の復活でペルーに逃れた。ゴーギャンがタヒチで反権力の新聞を出したのも父譲りの血だろう。

 画家たちの共同村を夢見るゴッホは牧師の子だが、子どもの頃から癇癪持ちで、怒ると何するか分かない性格だったようだ。理想主義者が現実を突きつけられ、自らの左耳を切り落とす。これではやっていけないと元株式の仲買人であったゴーギャンは読んだのだろう。

 ゴッホとゴーギャン、ふたりのポスト印象派の画家が織りなす世界が本当はどうだったのかと思うと、頭の中に迷路が生まれ、さっぱり分からなくなる。


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