中国にとって、北京オリンピックに続いて上海万博を成功裏に開催しただけでなく、上海万博の入場者数が大阪万博のそれをなんとか越えたことが何より誇らしいことだったと思いますが、私はむしろ、40年も前に、中国の人口の十分の一以下の国で開催された大阪万博が、現代の北京万博並みの規模だったことの方が驚きでした。当時の日本人は、敗戦後四半世紀、国際復帰して20年足らずで到達した万博開催という快挙に熱狂したであろうことが想像されます。勿論、それは大人の世界の話であって、子供の私は、そうした晴れがましさを、浮き立つ気持ちとして僅かに肌で感じた程度でしたが、この万博は子供の世界にも別の形でちょっとした熱狂を残しました。もとより携帯電話やゲーム機もない時代で、経済的に余裕が出来つつあったからこその楽しみと言えますが、各パビリオンに入場した記念としてスタンプ帳にスタンプを集めたことがきっかけで、後に旅行した時には駅や観光地のスタンプを集めたものでしたし、大阪万博記念の切手やコインを買ったことがきっかけで、切手収集やコイン収集することがマイ・ブームになりました。
なかでも切手の意匠の美しさに惹かれました。何故か印象派の絵画ばかりに人気が集まる日本にあって、写楽や歌麿や広重や北斎などの浮世絵や、岡田三郎助や岸田劉生や伊藤深水などの日本画を知ったのは切手によってでしたし、国立公園や国定公園があること、日本三景があること、そして国民体育大会があることなども、切手から知りました。小・中学校の図画工作で、切り絵の時間に北斎の赤富士(凱風快晴)を選び、多色刷り木版画の時間に高松塚古墳の壁画を選んだのも、今思えば切手の影響があったのだろうと思います。
そうした意匠の素晴らしさのほかに、切手は国家が発行し、国内・外の多くの人々の目に日常的に触れるものであることから、いわば権力の表象として、時にプロパガンダとして利用されて来た側面に光を当てて一冊の本をものしたのが「事情のある国の切手ほど面白い」(内藤陽介著)。知人に借りてこの週末に一気に読みました。例えば、こんな話題が取り上げられています。
(1)北朝鮮が1988年に、ソウル・オリンピックに対抗して平壌で開催した第13回世界青年学生祭典の宣伝のために発行した切手は、なんと反核をデザインしたもので、その10年後には長距離弾道ミサイルの発射実験をするという厚顔無恥は、1970年代後半から1980年代初頭にかけて、ヨーロッパではウィーンを中心に盛り上がり、その後、日本にも飛び火した反核運動が、左翼の市民運動の形を借り、ソ連や中国をはじめとする東側の核については不問に付していたことを反映したものだろうと説明されます。
(2)オーストラリアと並び、今ではシーシェパードに多くの活動家を輩出するニュージーランドでは、1970年代以降、環境保護運動が社会的な影響力をもつようになり、環境NGOのグリーンピースの活動に同調して、1979年のIWC(国際捕鯨委員会)において反捕鯨国へ立場を転換したのでしたが、先住民のマオリ族は捕鯨を民族固有の文化であり権利であると、今なお主張し、1989年に発行された「ニュージーランドの遺産」シリーズの切手の一枚には、マオリ族が捕鯨を行う様子が描かれるなど、複雑な国内事情を垣間見させます。
(3)キューバでは、存命中の特定の人物のモニュメントを公式の場所に飾ることを固く禁じて来たのは、革命前に私利私欲に溺れたバティスタ独裁政府と同一視されるのを忌避するためで、カストロとともにキューバ革命を成し遂げた同士ゲバラの肖像が、キューバ国内でも革命の理想を体現したイコンとして溢れているのは、彼が次に革命を目指したボリビアで殺害され、亡き者であったからこそというわけです。ところが、2005年にカストロの肖像切手が二種類発行されたのは、もはや肉体的な衰えが著しく、政治指導力も衰えが著しい中で、キューバ政府は彼の権威を借りているのだろうという見立てです。
本書は、こうした表象としての切手の背後にある発行国の政治や社会の裏事情を興味深く解説するもので、ここ10年位の間に発行された新しい切手を取り上げていますが、私のように1970年代で切手収集を止めてしまった過去のコレクターにとっても、なかなか興味が尽きません。
本書の最終章には、第二次大戦後に、切手を輸出して外貨を稼ぐ手法が、ソ連をはじめとする東側諸国だけでなく多くの途上国にも広がり、途上国と、切手の企画・制作から輸出・販売までを手掛ける切手エージェントとの間で、切手の発行権を売買するビジネス・モデルが確立されたことが紹介されています。切手収集家からは“いかがわしい切手(doubtful stamps)”と呼ばれ、公式の切手カタログでは部分的に紹介されるだけの扱いでしかありませんが、そのモチーフには、それぞれの時代の繁栄国へのメッセージ性をもち、その繁栄国のコレクターに訴えて売り込む意図がミエミエです。そう言われれば、私も、大阪万博の際に、外国政府が発行する浮世絵切手を見たことがありますし(日本の切手エージェントが企画したものらしい)、時代は移って、40年後の今年、上海万博を祝うハロー・キティのグリーティング切手が、よりによって日本で発行されたそうで、なんとも皮肉なめぐり合わせです。
上の写真・下段のダイヤモンド型切手は、本書でも紹介された“いかがわしい切手”の一つで、1970年にシエラレオネで発行され、「鉄とダイヤモンドの国(Land of Iron & Diamonds)」をアピールするデザインになっています(3.5セント)。上段の鳥の形をした切手も同じ趣向のものと思われます(同じシエラレオネ発行、同じキャッチフレーズ「鉄とダイヤモンドの国(Land of Iron & Diamonds)」があしらわれ、こちらはAir Mailと明記され9.5セント)。いずれも私の従兄が、アフリカ諸国を股にかけて商売をしていた当時、妹に送った葉書に貼られていたものです。寝る時には、枕の下に拳銃を隠し持っていて、片時も手放すことが出来なかったと語ってくれた物騒な記憶が蘇ります。
なかでも切手の意匠の美しさに惹かれました。何故か印象派の絵画ばかりに人気が集まる日本にあって、写楽や歌麿や広重や北斎などの浮世絵や、岡田三郎助や岸田劉生や伊藤深水などの日本画を知ったのは切手によってでしたし、国立公園や国定公園があること、日本三景があること、そして国民体育大会があることなども、切手から知りました。小・中学校の図画工作で、切り絵の時間に北斎の赤富士(凱風快晴)を選び、多色刷り木版画の時間に高松塚古墳の壁画を選んだのも、今思えば切手の影響があったのだろうと思います。
そうした意匠の素晴らしさのほかに、切手は国家が発行し、国内・外の多くの人々の目に日常的に触れるものであることから、いわば権力の表象として、時にプロパガンダとして利用されて来た側面に光を当てて一冊の本をものしたのが「事情のある国の切手ほど面白い」(内藤陽介著)。知人に借りてこの週末に一気に読みました。例えば、こんな話題が取り上げられています。
(1)北朝鮮が1988年に、ソウル・オリンピックに対抗して平壌で開催した第13回世界青年学生祭典の宣伝のために発行した切手は、なんと反核をデザインしたもので、その10年後には長距離弾道ミサイルの発射実験をするという厚顔無恥は、1970年代後半から1980年代初頭にかけて、ヨーロッパではウィーンを中心に盛り上がり、その後、日本にも飛び火した反核運動が、左翼の市民運動の形を借り、ソ連や中国をはじめとする東側の核については不問に付していたことを反映したものだろうと説明されます。
(2)オーストラリアと並び、今ではシーシェパードに多くの活動家を輩出するニュージーランドでは、1970年代以降、環境保護運動が社会的な影響力をもつようになり、環境NGOのグリーンピースの活動に同調して、1979年のIWC(国際捕鯨委員会)において反捕鯨国へ立場を転換したのでしたが、先住民のマオリ族は捕鯨を民族固有の文化であり権利であると、今なお主張し、1989年に発行された「ニュージーランドの遺産」シリーズの切手の一枚には、マオリ族が捕鯨を行う様子が描かれるなど、複雑な国内事情を垣間見させます。
(3)キューバでは、存命中の特定の人物のモニュメントを公式の場所に飾ることを固く禁じて来たのは、革命前に私利私欲に溺れたバティスタ独裁政府と同一視されるのを忌避するためで、カストロとともにキューバ革命を成し遂げた同士ゲバラの肖像が、キューバ国内でも革命の理想を体現したイコンとして溢れているのは、彼が次に革命を目指したボリビアで殺害され、亡き者であったからこそというわけです。ところが、2005年にカストロの肖像切手が二種類発行されたのは、もはや肉体的な衰えが著しく、政治指導力も衰えが著しい中で、キューバ政府は彼の権威を借りているのだろうという見立てです。
本書は、こうした表象としての切手の背後にある発行国の政治や社会の裏事情を興味深く解説するもので、ここ10年位の間に発行された新しい切手を取り上げていますが、私のように1970年代で切手収集を止めてしまった過去のコレクターにとっても、なかなか興味が尽きません。
本書の最終章には、第二次大戦後に、切手を輸出して外貨を稼ぐ手法が、ソ連をはじめとする東側諸国だけでなく多くの途上国にも広がり、途上国と、切手の企画・制作から輸出・販売までを手掛ける切手エージェントとの間で、切手の発行権を売買するビジネス・モデルが確立されたことが紹介されています。切手収集家からは“いかがわしい切手(doubtful stamps)”と呼ばれ、公式の切手カタログでは部分的に紹介されるだけの扱いでしかありませんが、そのモチーフには、それぞれの時代の繁栄国へのメッセージ性をもち、その繁栄国のコレクターに訴えて売り込む意図がミエミエです。そう言われれば、私も、大阪万博の際に、外国政府が発行する浮世絵切手を見たことがありますし(日本の切手エージェントが企画したものらしい)、時代は移って、40年後の今年、上海万博を祝うハロー・キティのグリーティング切手が、よりによって日本で発行されたそうで、なんとも皮肉なめぐり合わせです。
上の写真・下段のダイヤモンド型切手は、本書でも紹介された“いかがわしい切手”の一つで、1970年にシエラレオネで発行され、「鉄とダイヤモンドの国(Land of Iron & Diamonds)」をアピールするデザインになっています(3.5セント)。上段の鳥の形をした切手も同じ趣向のものと思われます(同じシエラレオネ発行、同じキャッチフレーズ「鉄とダイヤモンドの国(Land of Iron & Diamonds)」があしらわれ、こちらはAir Mailと明記され9.5セント)。いずれも私の従兄が、アフリカ諸国を股にかけて商売をしていた当時、妹に送った葉書に貼られていたものです。寝る時には、枕の下に拳銃を隠し持っていて、片時も手放すことが出来なかったと語ってくれた物騒な記憶が蘇ります。