風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

台湾の学生運動

2014-04-08 01:35:15 | 時事放談
 私には、1960~70年代に吹き荒れた学生運動の記憶はありません。私が大学生だった1980年代前半でも、大学の壁に貼り散らかしたポスターやタテカン(立て看板)に独特の字体で日帝や米帝などといったおどろおどろしい文字が躍っていたり、赤ヘル(核マル)や白ヘル(中核)や黒ヘル(寮の自治闘争)を被ってタオルで顔を覆った大学院生と思しき活動家がハンドマイク片手にがなりたてて、機動隊が学外に待機するといった、今ではおよそ想像もつかない、やや物騒な光景が見られたものですが、しかし、当時、学生運動としては完全に下火で、私たち学部生には縁のない、通り過ぎるだけの見慣れた長閑な学園風景の一コマに過ぎませんでした。大学の地下構内にはかつての大物活動家が潜伏していると噂されたり、某予備校の社会化教師は本名を明かすと逮捕されるような元・活動家だと噂されたりもしましたが、もはやかつての残影でしかありませんでした。
 実感はないけれども一種の歴史として話に聞く、かつての騒然とした日本の学生運動に比べれば、台湾で立法院を占拠している学生たちの、なんとお行儀の良いことでしょう。ウクライナ情勢やタイのデモのことは、それなりに報道されても、なかなか台湾の様子が伝わって来ないのは、まさか東日本大震災で200億円を越える義援金を送ってくれた台湾人のことを、日本のメディアが忘れているわけではないでしょう。ただ、中・韓に媚びて、日本を貶めることには夢中になるメディアにとって、中・台統一(第三次国共合作)に水を差すといった、メディアが決して喜ばないテーマ性によるものなのでしょうか。
 福島香織さんによると、「太陽花学運」(ひまわり学生運動)と呼ぶそうです。実際に台湾に渡りナマの現場を見た彼女は、政党色をほとんど出さず、政治運動ではなく公民運動のスタイルをとった、実に洗練された占拠の様子を、次のように伝えています(長くなりますがなかなか面白いので引用します)。

(引用)
 まず、その命令系統とロジスティック管理のものすごさである。占拠されている立法院内に入って驚いた。一瞬被災地の災害対策指揮所かと思うような指揮系統ができている。総指揮部の下に渉外部門、物資管理部門、メディア対応部門、ボランティア医師による医療部門、学生らによるネット・動画サイト・フェイスブックなどを使った世界への広報・情報発信部門、果ては、35か国語対応の通訳部門まである。すぐにでも政党が作れそうな人材の充実ぶりだ。
 議場は八つの入り口に、警官らが入ってこられないように、内側から椅子などを積み上げたバリケードでふさがれていたが、その様子がまるで議場内のいたるところに張られたポスターやスローガンと相まって前衛アートのようだった。バリケードの隙間から議場内に入るのだが、そのとき、手を消毒され、体温を測られる。感染症対策がしっかりしている。議場内はメディアを含め数百人が出入りしているが、それなりに整理整頓が行き届き、ゴミは分別収集され、トイレも清潔だ。王金平立法院長が学生の占拠を黙認したため、電気、水は通常どおりで、空調もまずまず効いている。弁当は支援者から差し入れられ、食事、水自体は問題がない。4月に期末試験があるためか、後ろの方で勉強している学生たちもいた。民進党の立法委員ら、警備の警官、支援者らが出入りしている。立法委員が議場にいる以上、立法院の独立性は尊重され、警察が干渉できないのだという。清華大学や台湾大学の教授たちも、応援に毎日のように通っている。台湾教授協会の呂忠津会長は「これほど素晴らしい学生運動を行うとは、この子たちは私たちの誇りです」と目を細めていた。教育部、教授組織、大学学長らはほぼ全面的に学生支持である。
 立法院の周辺は1~2万人の座り込みが常時行われ、その座り込み学生、市民らの生活を支えるためのあらゆる支援がボランティアで賄われている。炊き出し、簡易トイレ、簡易シャワー、ゴミ収集、理容やマッサージ、メンタルケアのブース、教授・講師たちによる出張講義まである。反サービス貿易協定の学生運動に賛同する全国の小売・サービス業者が持ち出しで支援している。だが、全国から集まる支援物資やボランティアをうまく配置し機能させているのが、学生たちの総指揮部であるとしたら、これも大したものである。ロジについては、プロが学生たちのアドバイザーについているという話もあり、世界の被災地で素晴らしいボランティア活動を見せている組織がいくつも台湾にあることを思えば、このくらいお手の物なのかもしれない。
(引用おわり)

 台湾人の性格によるのか、台湾の過去の学生運動に学んだのか、実に用意周到で大人の対応をしているのが新鮮です。だからと言って、テーマそのものは軽いものではありません。
 産経新聞によると、「中国と台湾が相互に市場開放を促進する『サービス貿易協定』の撤回を求める大規模デモが台湾の総統府前で行われた3月30日、世界各国の台湾人留学生らが呼応し、日本でも東京、京都、福岡で抗議集会が開かれた。東京・代々木公園には300人超が集まり、協定が台湾に及ぼす影響について議論し合った」ということでしたが、どうも日本人の反応は芳しくなく、なかなか大きなうねりにはなりそうもないのが残念ではあります。その場では、こんなこともあったと、産経新聞は続けます。「発言を希望する中国人の男子留学生が登場。大きな拍手で迎えられた。この中国人学生は、協定撤回を求める台湾の学生たちの運動について、『これは台湾だけの問題ではなく、世界中の華人が注目すべき問題だ』と提起し、台湾人の学生たちにこんな願いを託した。『われわれ(中国人)のように、民主政治に参加できない人のためにも、台湾が華人にとっての“最後の民主”を守ってほしい!』」と。
 この学生運動は、単にサービス貿易協定に反対するだけではなく、「本質は台湾の中国化への反感、馬政権の親中政策への抵抗であるとみるべきもの」(福島香織さん)のようです。再び、産経新聞からの引用になりますが、「台湾の最大野党、民進党寄りとされる有力紙、自由時報は3月28日付社説でサービス貿易協定を『中国が経済をもって(台湾)統一を推し進めるための重要な手段』だと批判的に断じた。社説は『中国は政治、経済、武力などの手段で必ず台湾を併呑しようとする』『(協定で中国の)大小企業や金融業が押し寄せ、(台湾の)資金は流出し、リスクは激増する』と予測した」と。
 勿論、与党・国民党の主張は真っ向から反対します。「国民党寄りの有力紙、聯合報は23日付社説で『台湾の弱小産業が市場開放の影響を受けやすいのは事実』と一定のマイナスの影響を認めつつ、『協定は単に中国大陸に市場を開放するだけではない』と台湾側にもメリットがあることを台湾当局は住民に伝えるべきだと強調した。同社説は『台湾の活路は中国との政治経済関係の改善にある』とし、台湾は必ず『(関係良好な)中国を経由して世界と向き合う』のであり、『中国を無視して世界に向き合う』ことは不可能と主張。その上で、この協定こそが『ECFAを完全なものにし、TPPや東アジア地域包括的経済連携(RCEP)への懸け橋』だと強調した。そして、協定なしに台湾が『国際社会でさらに大きな経済貿易協定を結ぶことはできない』とし、『反協定ビラ』には『中国資本が台湾をむしばむ』と書いてあるかもしれないが、台湾はこの協定の先に『さらに多くのパートナー国と交易するチャンスがあり、中国依存も減じてゆける』と主張している」(産経新聞)そうです。
 今日の産経新聞によると、立法院長(国会議長)が「対中協議を監視する新法を制定するまでサービス貿易協定承認の審議を再開しないと宣言」し、学生らは「一定の成果が得られたとして10日に議場を退去すると発表」、「占拠から21日目で事態は収拾に向かう見通しとなった」ということです。学生も学生なら、当局も当局で、中国の天安門事件とは対照的に、「非暴力」が徹底されて、成熟した学生運動ぶりには驚かされ、却って今後の進展が心配なほどですが、米紙ウォールストリート・ジャーナル(アジア版 3月28日付)の論評は、実に興味深く思いました。「台湾の学生らによる立法院の占拠は、中台間のサービス貿易協定の問題にとどまらない」「今回の政治的危機は中台間の緊張緩和(デタント)がまもなく終焉するシグナルかもしれない」と。日本にとって、中・台統一は、中国の海洋進出を加速し、沖縄の米軍基地が無力化されかねず、安全保障上、大いに気になるところであり、台湾の今後の動向を注視したいと思います。
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