風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

そしてアメリカ~経済

2017-11-15 16:23:08 | 永遠の旅人
 海外に出ると、経済のことを考えさせられる。
 先ずは物価だ。誰しもスーパーやコンビニに足を運んで、つい価格比較をしてしまう(笑)。20年ほど前に駐在していた頃は、日本と比べてアメリカの物価は格段に安く、その分、品質も悪いという生活実感があったが、最近はそうでもない(品質が良くなったという意味ではない 笑)。とりわけ今回は大都会にいるせいか、ホテルの宿泊費もレストランも高く、近所のセブンイレブンに行っても、CVSのようなファーマシーに行っても、安いとは思わなくなった。
 アメリカでは健全なインフレが続いているからだろう。スタバのコーヒー(グランデサイズ)は、駐在から帰国した前後の17~18年前は1.5ドル程度だったが、今は2.7ドル、年々2%強上がっている計算になる。一方、日本ではこの20年間、デフレが続き、日米の物価は逆転してしまったような気がする。
 アメリカで、ナショナル・ギャラリーやスミソニアン博物館のように高品質な展示が無料で提供されるのは、国家の補助と寄付の文化があるからだろう。結果として(極端な話だが)借金漬けの国家運営が続くわけだが、健全なインフレのおかげで、言ってみれば20年前の借金は半額になる計算だ。アベノミクスがインフレ~投資~成長の好循環を目指す所以でもあろう。
 こうしてインフレについても考えさせられ、世界広しと言えども日本だけがデフレに苦しむ異常な状況にあることに気づかされる。そのメカニズムはよく分らない。もともと多くを求めない、モノを大切にする国民性で、リサイクルの考え方が普及し、人口減少と相俟って消費全体が伸び悩んでいること、そんな中、冷戦崩壊以降は中国や東側諸国を巻き込んだ真のグローバリゼーションが進展し、ものづくりが労働力の安い場所に移転し、製品・サービスを低価格で提供する企業努力が続けられていること、他方、規制緩和は進展せず既存領域に拘わっていること、金融危機をきっかけに韓国で断行されたようなドラスティックな業界再編が日本では見られず、相変わらず一つの業界に複数企業がひしめき合って体力勝負が続いていること、業績が悪くなっても表立って雇用整理できないために、賃金水準を切り詰めてでもボトムラインを守ろうと頑張り過ぎること・・・等々、日本に特殊な要因が複雑に絡み合っていることだろう。相変わらず開かれた労働市場がないために、同一職種で(政府が期待するようには)同一賃金が成り立たず、雇用逼迫のときでも賃金水準が上がることはない(雇用のミスマッチがあるとする見方もある)。
 こうして経済のダイナミズムに思いを馳せる。移民の国アメリカは今もなお人口が増え続け、経済成長が続く一方、日本は人口が減り続け、経済成長も低レベルだ。しかし、GDPの規模は、もちろん人口に影響を受けるが、むしろイノベーションとの相関、つまり生産性の向上が重要だとも言われる。実際のところ、アメリカの製造業は廃れたと言われ、確かに家電や繊維などかつての面影はないが、化学・薬品や宇宙工学などの付加価値が高い分野は伸びており、全体のパイも増えていて、案外、底堅いし、所謂AGFA(Apple、Google、Facebook、Amazon)をはじめとしてイノベーションを牽引する企業群が多いのは周知の通りだ。
 かつてアメリカ人の同僚は、アメリカの強さは、移民の国として世界中から英知を集めて活用できることだと豪語したものだが、今となっては否定できない。世界共通言語である英語によって敷居を下げ、自由競争を基盤として人や技術や企業や業種・業態の変革のダイナミズムが巻き起こり、基軸通貨ドルがグローバルな経済活動を支え(ときにその利便性を逆手にとって経済制裁に利用され)、こうした普遍性のゲームのルールが変わらない限り、アメリカの強さが続くことは間違いない。日本は独自の強さを発揮し続けるしかないのだが。
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さらにアメリカ~技術神話

2017-11-13 11:50:23 | 永遠の旅人
 出張で週末を過ごすのは実に久しぶり・・・10数年振りだろうか。ワシントンDCといえば、上の子が生まれたときに(米国産!)、両親が遊びに来て以来だから20年振りで、せっかくなので同僚と散策に出た。観光スポットが目白押しとは言え、一日歩き回る元気はなく(苦笑)、土曜日は、ナショナル・ギャラリーのフェルメール展(ナショナルなので無料である)とスミソニアンのAir & Space博物館(こちらも驚くなかれ無料である)に絞った(スパイ博物館には20ドル払ったが、コスパの酷さは話にならない)。そして今日は、スミソニアンのAir & Space博物館の別館(もちろん無料!)が空港傍にあるというので出かけてみた。本館は手狭なので、エノラゲイやスペースシャトル・ディスカバリーの実機展示があるという。時間があって行かない手はない。
 フェルメールももちろん素晴らしかったが、スミソニアンの展示は圧倒的だった。
 ダウンタウン本館にも、ライト兄弟の飛行機や、ゼロ戦をはじめ、第二次大戦中、ドイツ空軍の主力戦闘機だったメッサーシュミットBf109、そのドイツ空軍の侵略からイギリスを守ったスピットファイアといった、航空オンチの私でも知っている名機が展示されている。冷戦時代、ソ連やキューバ危機のときに撃墜されたロッキードの偵察機U-2もある。こうした飛行機だけでなく冷戦時代のソ連の中距離弾道ミサイルSS-20もある。それからSpaceといわれるだけあって、月の石に触れられるのも、なんとも大らかなアメリカらしい・・・と言っても、テーブルに埋め込まれていて、触れるのは人差し指の先でなぞるくらいのごく小さな部分で、しかも既に多くの人に可愛がられて表面はツルツルだ(苦笑)。
 空港傍の別館には、本館どころではない、巨大倉庫にところ狭しと歴史的名機が実物展示され、これでもかと迫ってくる。タクシーの運ちゃんに帰りも迎えに来てもらうことにしたため、3時間限定としたが、まだもの足りない、それでもお腹いっぱい・・・といったところだった。
 入り口で、係りのおじさんに何に注目しているのかと聞かれ、エノラゲイとは言い出せず、ついスペースシャトルと答えてしまった。かつて私がボストンに駐在していた頃、本館でエノラゲイ展が企画されたが、退役軍人の団体から反発があり、規模を大幅に縮小することを余儀なくされた、いわくつきの実機である。Wikipediaによると、「重要な常用展示機体であり、その歴史的背景から破壊行為などが行われないよう、複数の監視モニターにて監視され、不用意に機体に近づく不審者に対しては監視カメラが自動追尾し、同時に警報が発生するシステムを採用。2005年には映像解析装置も組み込まれるなど、厳重な管理の元で公開されている」とあるが、そんなことは今、ブログを書くまで知らなかった。当時の原爆はまだ小型化できず大きかったとは聞いていたが、余計な装備を削り落とした機体そのものは巨大である。広島に原子爆弾、所謂「リトルボーイ」を投下したB-29そのものであり、これで多大な(日本への上陸作戦になれば百万人もの犠牲者が出るといった)戦争被害を食い止めるためとの名目で正当化され、その実、長崎に投下されたプルトニウム型の所謂「ファットマン」と並ぶウラン型の「実験」とされたのが実相であろうことを思うと、日本人としては複雑な思いに囚われる。
 そのほかハイライトとしてガイドマップにはエールフランスのコンコルドや、朝鮮戦争やベトナム戦争で活躍し今も日本の陸上自衛隊などで現役で活躍する軍用ヘリUH-1などもあるが、やはりスペースシャトル・ディスカバリーの実機は感慨深い。表面は無数の耐熱タイルに覆われ、傷だらけであるのが、大気圏突入の凄まじさを伝えている。ディスカバリーだったかどうか定かではないが、静岡の企業のセラミック技術が使われたと聞いたことがある。
 こうした技術は、アポロ計画のように、冷戦時代に国家の威信をかけた軍事対立を支え、スペースシャトルのように超大国の威信と人々の夢を叶える、大いなる無駄と言ってもよいものであるが、第一次大戦に登場した軍用機がその後の民間航空産業を生み、ミサイル=ロケット技術がその後の宇宙産業を育てたという意味で、人々の豊かな生活を支える基盤技術であり(コンピュータやインターネットやGPSもそうだった)、一概に無駄と切り捨てるわけにはもちろん行かない。古くは、空を飛ぶことに夢を馳せ、今は当たり前に宇宙を探索したいという情熱が原動力となって、絶えず技術革新が続いている。実のところ、技術革新や研究そのものに「軍事」も「民事」もない。この展示には、多少、戦勝国としての鼻持ちならないニオイを感じなくもないが、軍事研究に背を向けるという極めてイデオロギーに囚われた日本の大学などのアカデミアには、是非、爪の垢でも煎じて飲ませたいほどの圧倒的迫力である。日本でも、子供たちや若い人たちに技術の素晴らしさを伝える技術展示を、是非、進めてもらいたいと心から思う。
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これもアメリカ~合理性

2017-11-11 12:29:30 | 永遠の旅人
 ダラス・フォートワース空港で乗ったタクシーは、ナビがないだけでなく、メーターもクレジットカード決済端末もない普通の車だったが、スマホにアダプターをつけると簡単にクレジットカード決済が出来た。画面が小さいから地図を表示しなかっただけのことだったようだ。領収書が欲しいと頼むと、おもむろにスマホを差し出し、携帯電話にSMSで送るから電話番号を入力しろと言う。日本だけど大丈夫か?と聞いても頓着しない。とにかく仕事を早く終えたい一心・・・これがアメリカ人だ。国際電話アクセスのための「プラス」記号が必要だったことを思い出し、「0」を長押しすると確かに「プラス」記号が出て来て、+81・・・で確認ボタンを押して、なんとか完了した。携帯電話が圏外になってしまっていて、まだ確認出来ていないが・・・。
 ワシントンDCのロナルド・レーガン空港で乗ったタクシーも、やはりメーターもクレジットカード決済端末もない普通の車で、i-Padが掲げられ、地図と走行ルートと値段が表示されていた。領収書が欲しいと頼むと、メールアドレスを入力しろと言う。なんとか完了したようで、ホテルに戻ってメールをチェックすると、確かに領収書が届いていた。
 ところが・・・
 この歳になって、署名に代わってメールアドレスの入力などという、七面倒な新たなステップが入ると、そのことに夢中になって、うっかりクレジットカードを受け取るのを忘れてしまった。相手が気が回らなかっただけだと言いたいところだが、私も注意散漫だった。いずれにしても、タクシーを降りて、ホテル・ロビーに一歩、足を踏み入れたところで気がついたが、後の祭り。仕方なく日本のオフィスに電話して、クレジットカードの失効手続きをとってもらった。出張初日にして、なんたる失態・・・。
 ところが程なくして、タクシーの運ちゃんから電話が入った。降ろしたホテル名とクレジットカード記載の名前を頼りに、追いかけてくれたようで、どうする? と。ホテルまで届けてもいいけど、運賃を払ってね、と。勿論、支払うから待っていると答えると、運ちゃん自身の電話番号を教えてくれて、ちょっとアメリカ人を見直した瞬間だった。
 そこまでされると、カードが戻ってくることが確信できたので、早速、東京に電話して失効手続きを止めようとしたが、一歩、間に合わなかった。
 そして何も知らないその運ちゃんは、失効したクレジットカードをホテルまで届けてくれた。最初にホテルに到着したときにはチップ込みで25ドル支払ったが、15ドルでいいと言う。サバを読んでいるかも知れないし、もはや失効したカードだったけれども、気持ちが嬉しかったので20ドル札を渡した。運ちゃんも心なしか嬉しそうにトイレに向かった・・・。
 というわけで、アメリカはペーパーレス社会で、スマホがないと生活できそうにない。アメリカ担当営業の知人に聞くと、タクシーを拾った!?と馬鹿にされた。今どき、当然の如くUberらしい。私は・・・と言うか、日本は・・・間違いなく遅れている。
 上の写真、ワシントンDCの通りにも(中国ほどの規模ではないが)貸し自転車がある。
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これがアメリカ~大らかさ

2017-11-11 07:55:11 | 永遠の旅人
 いまアメリカ出張中で、主(トランプ大統領)が外遊中で不在のワシントンDCにいる。彼の訪日報道のとき、この時期のワシントンDCは氷点下になることもある・・・などと聞いていたのにもかかわらず、荷物を減らすためにコートを持って来なかったら、案の定、寒さに震えている。天気予報によれば華氏30度台・・・ということは摂氏5度以下で、周りは皆、もう冬支度である。
 今回はダラス経由で入った。最近はアメリカ訪問者にはESTAというビザもどきの取得が義務付けられており、入国にあたって機械で到着確認の入力をした上で、通常の入国審査に入るので、二度手間になる。ESTAでは、パスポート番号や誕生日や連絡先のほか、両親のフルネームまで書かされて、丸裸・・・これが911以後のアメリカの現実なのだろう。しかも審査官が少なくて長蛇の列なのに、まったくお構いなしなのも、日本で観光客誘致にこれ努めているのと対照的で、来たかったらおいで・・・程度の扱いなのが、なんだか哀しい。1時間半もかかって、まわりにいた日本人の中には国内線乗り継ぎに間に合わないと騒いでいた人が何人かいた(が、国際線と違って国内線は待ってくれない)。
 タクシーを拾って、子会社に向かったのだが、運ちゃんは地図が頭に入っていなくて、だからと言ってカーナビを入れているわけでもなく、オフィスがあるのはあの辺りかこの辺りだと言い放って、実にいい加減に車を走らせる(だからといって、アメリカは密集していないので、だいたい外れることもない)。仕方なく、プリントアウトして持って来た地図を取り出して(そういう私はいまだにガラケーである)、道案内する羽目になった。おいおい、5年ぶりに来た外国人に案内させるのかよ・・・とも思うが、何ら悪びれる風はない、いい加減なところもいかにもアメリカである。
 ほんの2時間の滞在で、再び空港に戻り、昼食にサンドイッチとスムージーを頼んだら、ビッグ・サイズなのが懐かしく、アメリカに来たことを実感する。その後、ワシントンDCまでのフライトの3時間弱は、身体にとっては深夜を過ぎて明け方ということもあり、死んだように眠りこけた。空港からホテルに向かうタクシーでトラブルに見舞われ(これについては稿をあらためる)、部屋で落ち着いたのは夜11時を回ってしまい、ルーム・サービスを頼むほどの食い気もなく、ロビーのバーで軽くつまもうと下りてみると、もう食事の提供は終わっていて、仕方なくツマミを頼むと、日本では灰皿程度のナッツが丼にてんこ盛りで出てきて、ビールはサイズのチョイスはなく大ジョッキで、腹いっぱいになる、これがアメリカなのだ・・・。
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エアーズ・ロック

2017-11-07 00:42:10 | 永遠の旅人
 最近は先住民アボリジニの呼び方にならいウルルと呼ばれることが多いが、その世界で二番目に巨大な(一番はやはりオーストラリアで、西オーストラリア州にあるマウント・オーガスタス)一枚岩への登山が、再来年10月26日から禁止されることが決まったらしい。
 ご存知の通り、オーストラリア大陸と言うべきか巨大な島と言うべきか、そのど真ん中にヘソのように鎮座するウルルは、古来、アボリジニにとっての聖地で、ネイティブ・アメリカンに対するのと同様、地元の少数民族の権利を尊重する時代の風潮の中で、周辺から商業施設は蹴散らされ、ホテルも随分離れたところに追いやられるなど、規制がどんどん厳しくなっているのは聞いていたが、いよいよ・・・という思いだ。
 シドニーに駐在していた2009年春、既に帰任することが決まって、最後の旅行に、ひと通りフライト(カンタスのみの運行で、やたら高額だったのは特別価格なのだろう)やホテルやレンタカーを予約したところ、あれよあれよという間に豚インフル(swine fluと呼ばれていた)が流行り始め、人が集まる観光地だからどうしたものかと思い悩んで、相談した現地人の同僚(奥様が医療関係に従事されていた)から手洗いの消毒液を分けて貰い、慎重に慎重をかさねて決行したのが、今となっては懐かしい。当時、下の子が小学校低学年だったので、山頂まで往復するのに2時間以上かかると聞いて諦めたのだったが、逃した魚は大きい・・・というのが正直な気持ちだ。
 あたりは見渡す限りの砂漠地帯で、いくつかのホテルの灯り以外に何もなく、漆黒の闇に満点の星空は、アボリジニではなくとも神聖な気持ちになったものだった。昼の間にウルルや近所のカタジュタなどの巨大な奇岩の間をさんざん歩き回って、粘土質の赤土に薄っすらと草が生える程度の生命感の無さを思い知っていたものだから(それはおよそこの世=地球とは思えない、まるで火星でも徘徊しているような錯覚に囚われた)、なおのこと不思議な感覚に包まれたのだった。
 懐かしい写真をひっぱり出してみた。中央の登山道に延々と手すりの鎖が張られ、その先の空との境界に白い点のように見えるのは人なのだが、その大きさが分かるだろうか。
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ザ・デストロイヤー

2017-11-04 01:12:13 | スポーツ・芸能好き
 テレビで見る「足四の字固め」は、文字通りの“必殺”技であり、プロレス・ファンのガキには強烈で、友達とプロレスごっこに興じた小学生の頃、よくできた技だと子供心に感心したものだった。日本におけるプロレス・ブームの立役者と言ってもよいのだろう。そのザ・デストロイヤーも齢87だという。秋の叙勲で旭日双光章を受章した。
 「プロレスの歴史上初めて、マスクマンとしてヘビー級のトップ戦線で活躍したプロレスラー」(Wikipedia)だそうである。今から50年以上も前、1963年に初めて来日し、力道山と対戦して「足四の字固めをめぐる壮絶な攻防は全国に一大センセーションを巻き起こした」(同)。「全日本プロレス旗揚げ後の1972年に来日の際、『馬場に負けたら助っ人として日本に残る』と宣言、敗れたデストロイヤーはその後、1973年3月から1979年6月にかけて全日本プロレスの所属選手として活動し、その間アブドーラ・ザ・ブッチャーやミル・マスカラスなどと名勝負を残した」(同)。アメリカに戻ってからも「年1回、全日本プロレスの『サマー・アクション・シリーズ』での特別参戦を続け」(同)、1993年に引退後も、レスリングや水泳をする地元の子供たちを日本に連れて来て、日本の子供たちと交流させる活動を20年以上続けてきたという。「かつて(太平洋戦争で)敵だった日本人は、初来日から仲間のように接してくれた。同じ経験を米国の子供たちにさせてあげたかった」と語っている。知日派は日本をよく知るだけで心でどう思っているか知れたものではないが、彼のような親日家は大事にすべきだろう(ジョセフ・ナイやリチャード・アーミテージやマイケル・グリーンは知日派だが親日というわけではない)。今はニューヨーク州郊外の小さな町アクロンで、奥様のウィルマさん(84歳)と静かな余生を過ごしているが、数年前から足が不自由で歩行器が必要らしい。
 日本ファンの前では今もなお覆面を脱がない。そろそろ暴露してもいいじゃないとも思うのだが、プロレスというショー・ビジネスのプロ意識は今もなお健在のようだ。来日にあたって、2001年の同時テロが起きるまで、マスク姿で空港の入国審査を受けていたという。
 産経電子版にインタビュー記事が出ていた。
 初来日の1963年、力道山との試合直前に、ロサンゼルスのプロモーターから、覆面レスラー「ザ・デストロイヤー」として試合に出るように言われたのだという。そのときに渡されたマスクはウール製で、着け心地が悪かったが、別のレスラーから借りたマスクはそのまま食事ができるほど快適で、女性用のガードルだったので、すぐに奥様とデパートに買いに出かけて、売り場で女性用のガードルを頭からかぶっていたら、みんなが見にやってきたというが、そりゃそうだろう。当時は奥様の手作りマスクで、今はアディダス製のものを使っているらしい。
 小学生にショー・ビジネスはなかなか理解できず、ヒール役の外国人レスラーを倒すためにプロレスラーを志したこともある(笑)。世界に目を向ける(その逆に日本を意識する)きっかけとなったのは、恐らく大阪・万国博覧会が最初だったと思うが、世界を股に掛ける大泥棒「ルパン三世」や、「この~樹なんの樹、気になる樹~」という「日立の樹」のエンディングでお馴染み「素晴らしい世界旅行」とともに、全日本プロレス中継も一役買っていたようだ(笑)。それはともかく、その後、アントニオ猪木が、相手に技をかけさせて良いところを引出し、体力を十分に使わせたところで、自分の技をかけて見せ場をつくる・・・みたいなことをインタビューで語っていて、なるほどこれがショーとしてのプロレスかと感心したことがあるが、ずっと後になってからのことだ。
 今のプロレス界についてどう思うかと聞かれて、「私は、プロフェッショナルなレスラーであることを常に心がけてきた。観戦する人に、そういう印象を与えることに努めていた。ただ、今のレスラーは、本来のレスリングをしているとは思えない。レスリングは単純な試合だ。ただ、ヘッドロックやトーロックをかけて格闘することだ。レスラーが椅子で頭を殴っても、私は興奮しないよ」と答えている。私も、場外乱闘や流血が多くなって、それもショーの一つの要素なのだろうと理解しつつも、だんだん興醒めて行ったのだったが、まさに古き良き時代のプロレスを懐かしむ気持ちは同じだと思って、なんだかほっとしたのだった。
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中国ファースト

2017-11-01 00:03:47 | 時事放談
 卓球の中国スーパーリーグが、今日、開幕したが、中国側から日本卓球協会に対して日本人選手の参加不可の通達が届いており、参加を予定していた平野美宇と石川佳純は参加出来ず気の毒な話だった。これまでも五輪の1年くらい前から日本人選手の受け入れを制限していたらしいが、今回のように五輪の3年も前から排除(!)するのは初めてということだ。特に昨年のリオ五輪での日本人選手の活躍が目覚ましかったのに加え、そのリオ五輪代表入りを逃した平野美宇が、昨年10月のW杯で史上最年少の16歳で優勝したのをはじめ(残念ながら連覇はならなかったが)、今年4月のアジア選手権でも最年少で中国選手を3連破してアジア制覇を果たした、その急成長ぶりが、中国の警戒感を余計に高めたのかも知れない。狭量に過ぎると思うが、国威発揚を命題とする官僚のお役所仕事なのだろう。
 ルールがあってなきが如し「排除」という締め付けと結果としての息苦しさは、どんどん酷くなるばかりのような気がする。
 前回ブログで触れた党大会では、習近平政権の前半5年の成果を自画自賛したが、負の側面としてのメディア統制や人権派弁護士に対する言論統制も凄まじかったことは、もとより触れられるよしもない。日本人の中国専門家のある論考を読んでいて、言論統制に関連する法制化を拾い出してみると、断片的には漏れ聞いていたところ、以下の通り立て続けに制定されていたことがあらためて分かり、愕然とする。
   2013年11月 党中央国家安全委員会の設立(習近平が同委主席)
   2014年11月 反スパイ法
   2015年07月 新・国家安全法
   2015年12月 反テロ法
   2016年04月 外国NGO国内活動管理法
   2017年06月 サイバーセキュリティ法
 内容によっては、こういうご時勢だからと、仕方ないと思われなくもないものもあるが、中国共産党にとって「テロ」はISのことではなく、だいたい自分たちに都合が悪い新疆ウィグルやチベットの少数民族の抵抗のことを指すし、外国NGO国内活動管理法という、字面から趣旨がよく分かる法律にしても、欧米的な価値観としての自由な言論・出版や、政治制度上の民主的な手続きである選挙などを外国NGOが扇動しかねないことを警戒しているのだろう。例えば、国境なき記者団が2017年度世界報道自由度ランキングで中国を180カ国中176位に位置づけたのも気に食わないことだろう。
 問題は、ルールや法令などの恣意的な運用は中国のお家芸であることだ。ある地域だけ厳しく執行されることもあれば、全く運用されていなかったところに突然、振りかざされて執行されることもよくある話だ。毛沢東は公然と「法治」をないがしろにし、「人治」すなわち政治運動という伝家の宝刀を抜いて体制批判者を弾圧したものだったが、習近平が「法に基づく国家統治の全面的な推進」すなわち「法治」を掲げるのは、一見、もっともらしいが、ここで言う「法治」は「中国の特色ある社会主義法治」であって、政治と同じように司法の世界でも「党の指導」が貫徹され、法律の恣意的な解釈と運用によって体制批判者を弾圧するものだ。「法」を身にまとえば、国内の反発を抑えることもできるだろうし、欧米からの批判をかわすことも出来よう。しかし繰り返すが「法」は共産党の「法」であって、軍が国軍ではなく共産党の軍であるのと同じだ。このブログ・タイトルの「中国ファースト」は「中国共産党ファースト」であるのは言わずもがな。ネット社会にあって欧米の道徳・思想が簡単に流通し価値観の多様化が進展する時代だからこそ、逆行するかのような管理社会が、それほど長くもつとは思えない。
 拓殖大学の澁谷司教授が、今月はじめの論説の中で、香港誌「争鳴動向」10月合併号の記事を次のように抜粋・紹介されている。私たちは、気に食わない国は潰れる、崩壊する・・・などと、つい期待してしまうが、どうだろうか。

(引用)
 今年9月初め、中国共産党中央、中央軍事委員会、中央紀律検査委員会は秘密工作総括報告を作成した。それは、各地方の軍隊や党委員会指導メンバーが学習するために発行されている。
 報道によると、全文で3万2500字以上あるという。第1部では、多くのページを割いて、中国共産党の党・政府・軍の機関や各部門組織、或いは指導的な官僚チームが崩壊の危機に瀕している現状を示唆した。
 これらの危機的状況は、目下、5つの方面に現れている。
(1)共産党の政治思想、組織、チームは党の潜在的危険を暴いているが、既に危機は臨界点に達している。
(2)共産党の党・政府機関の各部門では、権限と責務、ガバナンス等が、かなりの部分で失われ、リーダーの職責が放棄され、一部は長期的麻痺状態にある。
(3)共産党の党・政府・軍の機関、部門、工作単位では、土砂崩れ的に、大規模に、地区的に、部門的に腐敗堕落が見られる。
(4)共産党の党政府機関・各部門の官僚は各界と緊張関係にあり、甚だしい場合には対立する局面もある。
(5)中国社会の貧富は両極化し、社会矛盾の激化、対立が増大し、それが直接的に政局の安定と発展に影響を及ぼし、動揺させている。
 報告での統計によれば、31の省級党委員会のうち、23が不合格である。また、29の党中央部級党委員会中、18が不合格となっている。更に66の国務院省級党委員会の中では、42が不合格である。
 それらトップの委員会よりも下位の党委員会は、ショッキングな不合格数となっている。これは中国共産党組織が崩壊の危機に瀕しているという証左である。
 現在、中国共産党は危機に陥っている。中南海の高層部が近年来、幾度となく「亡党の危機」を言及してきた。
 胡錦濤は、中国共産党第18回全国代表大会(「18大」)の開幕時、「もし我々が腐敗問題を上手に解決できなければ、それが致命的となるだろう。最悪の場合、亡党・亡国へ至る」と述べている。
 香港誌「争鳴」が、昨16年11月号に発表した文章には、王岐山が中央紀律検査委員会上、中国共産党体制が既に崩壊の臨界点に達している事実を初めて公に認めた。
 その報道によれば、共産党第18期5中全会前夜、中央紀律検査委員会第52回常務委員会で、王岐山は自分が同委員会主任に就任して以来、党内の元幹部が王に対し圧力をかけたり、「配慮」してくれたりした、という内容を公表したのである。
 王岐山は、その会議上、党内の腐敗堕落状況、その規模と深度が既に変質し、政権崩壊の臨界点に到達していると明言した。王は、「あなたが認めるか認めないか、受け入れるか受け入れないかではなく、これは厳粛な事実である」と語っている。
 また、王岐山は、「これは当然、体制と機構制度上の大問題であると同時に、党内幹部の政治生活上の大問題である」と直言している。
(引用おわり)
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