落語家の桂吉朝さんが亡くなったことを今携帯のニュースで知り、愕然としました。私が21歳の頃、京都の落語の勉強会ではじめて彼の「地獄八景」を聞いた時、米朝さんを抜く古典落語のすごい人に出会ったと思い、依頼ずっとファンで来ました。
25歳の時、故中島らもに出会いその関係ですぐに役者わかぎえふ(鈴木芙紀子ちゃん)と出会うことになりました。彼女とは同い年だった事もありすぐに仲良しになり殆ど毎日遊んでいた時代に、彼女も吉朝さんファンで意気投合、大阪の大融寺での落語の勉強会では木戸銭の係りをしたりして吉朝夢(きっちょむ)というファンクラブの第1号、第2号と楽しませて頂きました。吉朝さんとファンの集いで行った高野山の旅行は今でも良い思い出です。
その吉朝さんが、50歳の若さで亡くなったことを知り、中島らもに続き私の一番良き若い時代を共に生きていただいた方々をまた失い本当に寂しい思いで一杯です。
奥さんの坂ちゃん、息子のこうすけ君、何てお悔やみを申し上げればよいのでしょうか。上方落語の大黒柱をなくしたことは筆舌に耐えがたい、こんな事があっていいのかと悔しい思いで涙が溢れてきます。
心からお悔やみ申し上げます。
25歳の時、故中島らもに出会いその関係ですぐに役者わかぎえふ(鈴木芙紀子ちゃん)と出会うことになりました。彼女とは同い年だった事もありすぐに仲良しになり殆ど毎日遊んでいた時代に、彼女も吉朝さんファンで意気投合、大阪の大融寺での落語の勉強会では木戸銭の係りをしたりして吉朝夢(きっちょむ)というファンクラブの第1号、第2号と楽しませて頂きました。吉朝さんとファンの集いで行った高野山の旅行は今でも良い思い出です。
その吉朝さんが、50歳の若さで亡くなったことを知り、中島らもに続き私の一番良き若い時代を共に生きていただいた方々をまた失い本当に寂しい思いで一杯です。
奥さんの坂ちゃん、息子のこうすけ君、何てお悔やみを申し上げればよいのでしょうか。上方落語の大黒柱をなくしたことは筆舌に耐えがたい、こんな事があっていいのかと悔しい思いで涙が溢れてきます。
心からお悔やみ申し上げます。