NYタイム

筆者が興味・関心のある事や趣味に関して語るブログです。〔不定期更新〕

北九州マラソン

2025-02-26 22:57:45 | マラソン
 1週間前に行われた北九州マラソンの結果報告です。

 まずは、大会前日の様子です。受付でゼッケンなどを引き換えました。


 大会当日のスタート地点の様子です。


 序盤から抑え目に走ったが、残り10キロ弱あたりから、体力的にきつくなり、目標の5時間30分をわずかに切る、5時間28分26秒でゴールしました。
 新型コロナウイルスの流行あたりから練習量が減ったのと、加齢による体力の減退の影響か、記録の低下が急激に進んでいる感じです。

 以下は僕の北九州マラソンに関する感想などをまとめたものです。

・コース自体は走りやすい
 序盤にアップダウンはあるものの、中盤以降はほぼ平坦なので、記録を目指す方にはおススメです。

 ここからは、5時間以上かかるランナー向けのポイントです。

30キロから35キロ辺りは注意
 門司港の2度の折り返し・道路幅が狭くなる・給水所の間隔がかなりあるなどの理由で意外に走りにくい
給食は基本バナナのみ
 ホームページを見るといろいろな給食があって楽しみにしていたが、実際に走ってみるとバナナ以外の給食が跡形もなく消えていた
全体的に混雑している印象
 お手洗いに関しては、想定の2倍以上の時間を見ておいた方が良い

にしおマラソン

2024-01-23 00:05:20 | マラソン

 にしおマラソンに出場してきました。

 朝5時に起床し、朝食・レース当日の準備をしてから、5時40分頃に家を出ました。勝川駅からJR中央線に乗り、金山駅で下車し、名鉄に乗り換え、新安城駅を経由し7時40分頃西尾駅に到着しました(金山駅から約1時間です)。

 8時に西尾駅に到着する電車もあるようですが、西尾駅からスタート地点のある西尾市役所まで徒歩で10分前後かかり、手荷物預かりの締め切りが8時30分のため、すぐに手荷物を預けられる状態以外の人は7時台に西尾駅に到着するのがベターでしょう。

 レースの服装に着替え、手荷物を預けたが、雨が降り続いていたため、集合時刻の8時45分ぎりぎりまで、雨宿りをして、時間を過ごしました。

 9時になり、レースがスタートしました。僕は一番後方のFブロックでしたが、先頭の選手がスタートしてから、4分少々後にスタート出来ました。

 最初の3キロ位は、周囲を走る選手と走るペースが微妙に違うため、走りにくかったが、4キロ手前の矢作川の河川敷の道路に出るあたりで、ようやく落ち着きました。その後は、矢作川の河川敷と田園地帯を走ったが、今一つどこを走っているのか、わかりませんでした(地図を見ずにもう一度走れと言われたら、絶対に走れません)。

 当初の予定の7分/キロよりやや速いペースで走り、9キロ地点辺りで1時間位でした。11キロ過ぎの給水所で、西尾特産の抹茶ドリンクをいただき、その後しばらくは、ペースを落とさずに走ることが出来ました。18キロ地点で海が見えましたが、あいにくの雨で、景色はそれほど楽しめませんでした。この辺りで大体2時間位でした。

 19キロ地点辺りにある、一色さかな広場の給水所で、名産のうなぎの串焼きで栄養補給し、お手洗いに立ち寄り、少々休憩しました。20キロ地点付近にある一色大橋の上りがややきつかったが、何とか走り切り、ハーフを2時間21分台で通過しました。

 20キロ以降の約7~8キロは、海岸沿い・川沿いの堤防を走る景色の変化があまりない単調なコースでした。25キロあたりまでは、何とかペースを維持できたが、そこからペースが徐々に落ちていき、26キロを過ぎたあたりで、3時間でした。この辺りで、沿道の方々の声援に応える気力がなくなりました。

 30キロ付近からは、右の太ももの裏側が痛み出し、上り坂は完全に歩き、残りの場所は、走りと歩きを4対1の割合で交互という感じで、だましだまし前に進んでいきました。32キロ地点にある給水所のお祭り広場で、何故かアツアツのラーメンスープを補給したがために、休憩をせざるを得なくなり、そこで気力は回復しました。名鉄蒲郡線の踏切を遮断機が下りる(1時間に上下線各2本の電車が通る為、1時間の間に4回遮断機が下りる時間がある)前に通過し、残り10キロ少々となりました。

 33キロ過ぎからは、急激な上り坂でした。スタートから既に4時間が経過しており、坂を走るだけの気力・体力は当然残っておらず、歩きを選択しました。周囲を見ても、坂を走って登る人はほとんどいませんでした。坂を登り切った後の下りきった地点が35キロでした。

 再び上り坂になり、坂の頂上付近(36キロ地点手前)で豚汁を配っていたので、それをいただき、そこからの短い下り坂は頑張って走ったが、再再度、急激な上り坂が登場し、走るという選択肢が完全になくなりました。

 最後の急坂をクリアし、何とか40キロ地点に到着したころには、5時間を経過しており、記録より完走となりました。残り2キロは、走りと歩きが混じりながらも前に進み、最後の300メートルは気力で走り、何とかゴールにたどり着きました。記録は5時間22分13秒でした。

 ゴール後は、参加賞(完走記念)のタオル・水・事前に申し込んでいた景品のえびせんべい・手荷物を受け取り、更衣室で着替えと荷物の整理を行い、帰路につきました。

 

 記録自体は、それほど自慢できるものではないが、事前の練習量を考えるとそれほど悪くなかった気はします。5年ぶりのフルマラソンの大会でしたが、無事に完走できて良かったと思います。


長野マラソン 後編

2019-04-23 19:58:30 | マラソン

 長野マラソンのレース当日の様子です。

 朝4時50分に起床(相部屋の方が起きていなければ寝過ごしていたかも・・・)、5時に朝食をとり、5時50分に渋温泉の宿を出発し、「道の駅北信州やまのうち」からシャトルバスに乗り、スタート地点に向かったが、シャトルバスが動き出した瞬間に腹の調子が・・・となってしまいました。

 何とかスタート地点に到着し、お手洗いを済ませてから、レースに向けての準備を行い、スタート地点付近を歩きました。桜の花が見ごろでした。体調の方は何とか大丈夫・・・という感じでした。

 スタート地点近くのグラウンドでは、出場する選手が各々ウォーミングアップを行っていました。

 7時50分頃に手荷物を預け、8時10分頃にスタート地点に並びました。大会関係者の挨拶、招待選手・ゲストランナーの紹介などが行われ、8時30分にレースはスタートしました。僕の並んでいた所はIブロックというやや後ろの方だったので、先頭のランナーがスタートしてから、5分少々経過した後に、スタートを切りました。

 最初の1キロは6分30秒位でスタートしたが、ペース感覚にあまり自信がないので、富山マラソンのTシャツを着た僕と同じIブロックのゼッケンをつけた方を目標にして走ったが、5キロ過ぎの最初の給水所でその方を見失ったので、そこからは自分のペースで走ることにした。5キロ地点は30分49秒で通過した。

 5キロを過ぎて、大門交差点までの坂を上り、大門交差点から長野駅方面に向かう下り坂を進むと、7キロ付近になった。そこからJR信越本線の跨線橋のアップダウンがあり、10キロ地点を1時間52秒で通過した。

 ビッグハットを通過し、13キロ地点付近で、五輪大橋を通過するかなり前を走る選手(サブ3前後位の実力の選手)を見上げながら進み、犀川の河川敷の道路を通過し、エムウェーブの方に向かった。この辺りまではほぼ順調で、エムウェーブの周回道路にある17.3キロ地点の給水所で、レース終盤にエネルギー切れにならないよう、バナナと饅頭を食べ、進んでいった。

 20キロを2時間47秒で通過し、五輪大橋の上り坂でスピードが落ちかけたが、橋を上り切ってからの平坦な部分では、100mを36秒(6分/キロ ペース)で走れていたので、まだ大丈夫という感じだった。五輪大橋を下って、ハーフの地点を通過したあたりでは、2時間7分10秒だった。

 五輪大橋から国道19号線を西に向かい、折り返してから、25キロ地点にあるホワイトリングに到着した。この辺りまでは、ほぼ6分/キロ ペースで進んでおり、①6分/キロ ペースでどこまで走ることができるか、②どこでお手洗い休憩をとるかというのを念頭に走っていた。

 26キロ過ぎからは、千曲川の河川敷を走るコースとなり、僕的にはあまり得意な条件ではないが、頑張って走り、28キロ近くにある更埴橋でゲストの高橋尚子さんとハイタッチをし、再び千曲川の河川敷コースを進んでいった。29.7キロ地点付近にあるお手洗いが空いているようだったので、速攻で入り、用を足し、レース終盤に備えた。30キロは3時間3分22秒とまずまずのタイムで通過した。

 給水と給食のおかげもあって、少々余力があったはずだが、31キロ過ぎの「ふたこぶラクダ」と呼ばれる2つのアップダウンを通過した時は少しきつく、このあたりで6分20秒/キロ 位のペースになっていた。このあたりからは、給水所と給水所の間はノンストップで走る・給水所ではしっかりと休憩するの繰り返しになった。

 35キロ過ぎからの千曲川の河川敷のコースはかなりきつく、6分40秒/キロ ペースに落ちた。千曲川の河川敷を抜け、残り3キロ付近になった辺りで、4時間30分は何とか切れそうということで、もうひと頑張りのはずが、残り2キロ弱で右太ももの裏側が痛くなった。少々進んだところにあった救護所の冷却スプレーのおかげで何とか頑張ることができ、残り500m付近で高橋尚子さんと再度ハイタッチをし、ゴールへ向かった。

 ゴールのオリンピックスタジアムに向かう所の砂利道はきつかったが、スタジアムの芝生に入ってから最後の力を振り絞り、4時間27分44秒でゴールした。ゴールしてからバスタオル・完走メダル・スポーツ飲料・おにぎりを受け取った。スタジアムの外の芝生で、おにぎりを食べ、手荷物を受け取り、着替えをしてから、最後のランナーがゴールするのを見届けてから、長野マラソンタウンの屋台でスムージーなどを購入した(レース後で結構きつかったのか、今回は液体状に近いものしか摂取できなかった)。

 長野駅行きのシャトルバスを35分ほど待ち、オリンピックスタジアムから30分ほどで長野駅に到着した。長野駅で土産を買い、特急しなので、我が家に戻った。

 今回は練習の成果か?気温が上がりすぎなかったのが幸いしたのか、思ったよりも良い記録で走れ、練習をある程度頑張れば、ギリギリとはいえ、4時間30分以内で走ることができるというのがわかったのが収穫でした。長野マラソンにもあと数回は出場できそうです。 


長野マラソン 前編

2019-04-22 18:13:45 | マラソン

 長野マラソンから無事戻ってきました。結果については次回で紹介することとして、今回はレース前日の様子を報告します。

 長野駅には13時過ぎに到着し、善光寺を観光してから長野駅に再び戻りました。長野駅では、マラソンのイベントが行われていました。

 長野駅の東口からバスに乗り、受付会場であるビッグハットに向かいました。

 14時50分頃に到着し、宿のある渋温泉方面のシャトルバスの出発時刻まで、ビックハットに滞在しました。受付でゼッケンとTシャツを受け取り、EXPOブースの出展ブースを見て歩きました。

 シャトルバスに乗って渋温泉に到着し、温泉に浸かりながら、翌日に備えました。 


ホノルルマラソン 後編

2018-12-13 19:30:10 | マラソン

 レース当日は、夜中の2時50分に起床し、バナナとパンを食べ、スタート地点近くのホテルに宿泊しているということもあり、4時10分頃にホテルを出ました。

 アラモアナショッピングセンターのサンタクロースの横を通り過ぎて、スタート地点の自分のブロック(ゼッケンと同じ色の幟が立っているが意外にわかりにくい)を探しました。

 4時55分に車いすマラソンがスタートし、5時に花火と同時に先頭に並んでいるランナーがスタートし、僕は6分30秒後にスタートしました。花火が上がったと同時に、ゼッケンで指を切り、いきなり不吉な予感です。 

 スタート直後は道路幅も広く、歩いている人もほとんどおらず、意外にスムーズでした。ただ、キロ表示などが全く分からず、自分の感覚でとりあえず走っていきました(結果を見ると、僕自身にペース感覚というものが全くないことを痛感しました)。

 3.5キロ地点付近にあるホノルル市庁舎付近のイルミネーション(後日、きちんと紹介します)を通り抜け、5キロを33分8秒で通過したようです。アラモアナショッピングセンターのサンタクロースの横を通り抜け、ワイキキ方面へ向かいました。

 カラカウア通りあたりの景色が意外に朧気で、シェラトンモアナサーフライダーホテルの横を通り抜けたことしか、記憶にありません。10キロを1時間4分32秒で通過したようです(自分の感覚では、1時間位だったのだが・・・)。

 序盤の難所のダイヤモンドヘッドへ向かう上り坂もさほど渋滞もせず進んでいき、13キロ地点付近で6時30分になり、ようやく空が明るくなりました。ここからが、ホノルルマラソンの本当の戦いの始まりです。15キロ地点を過ぎ、18thストリートの下り坂で少しペースを上げるはずが、意外に上がりませんでした。

 17キロを過ぎて、カハラモールの横を通り過ぎます。ここから、カラニアナオレハイウェイの長い直線が続きます。

 ハイウェイに入り、ようやく6分/キロを切るペースで走れるようになりました。この辺りは向かい風が少々あったものの、日影の場所を走れたので、まだ大丈夫だったが、ハーフは事前の想定よりも5~6分位遅い、2時間12分54秒で通過しました。

 23キロを過ぎたあたりから、ペースは落ちなかったものの、日射しが強くなり、風もあったせいか、目がショボショボするようになり、かなり厳しいレースを強いられました。25キロを過ぎ、ハワイカイの周回道路に入ったところで、トイレ休憩をして、再び走り始めました。

 周回道路からハイウェイに戻ったが、ペースはさほど落ちず、30キロを3時間6分10秒で通過しました。この時点で4時間30分以内で何とか走れると思っていたが、ハイウェイがあと5キロあるというのが頭によぎった瞬間が、エネルギー切れの合図でした。ここから徐々に減速していき、腹が空き始め、34キロ過ぎにストップがかかりました。

 何とかハイウェイを抜け出し、1月にゴルフのソニーオープンが行われるワイアラエカントリークラブが見える辺りで、さじのようなものをエイドステーションの方が差し出してくるので、食べ物と思い、なめようとしたら、僕にとっては何の役にも立たないワックスで、手がベタベタしたしたままで、走らざるを得ませんでした。ここから先は、7分/キロのペースで走れる気力と体力も残っていませんでした。

 ダイヤモンドヘッドに向かう上り坂も辛うじて通過し、目がショボショボする中、40キロ地点付近から見える海の景色を焼き付け、坂を下って行きました。41キロ地点を通過した時点で、既に4時間30分を経過していたが、気力で残りの1キロを走り、4時間39分40秒で何とかゴールしました。

 ゴール地点の映像も付けておきます。(ホノルルマラソンの英語版サイトより)

 レイとメダルを首にかけてもらい、預けた着替えと完走Tシャツを受け取り、JALのテントでマラサダとコーラを飲み食いしながら、休憩した後、トロリーに乗ってホテルに戻りました。

 結果自体は納得のいくものではなかったが、ハワイを走ることができて良かったです。 花火が思っていたよりも盛大(10分ほど上がっていました)だったのと、海の景色や山の景色(ハワイカイから見える山の景色が良かった)が印象的でした。できれば、来年も走りたいが、数年後にまた来たいと思います。

 ※写真はレース前に撮影したものです