たたかれ、かみつかれ… 障害者施設の職員、絶えぬ傷
2016年8月19日 (金)配信朝日新聞
東北地方の重度障害者施設に勤める40代の男性の腕にはいくつも傷がある。右前腕部が多く、取材した日は赤い傷が五カ所ほど。暴れる利用者が爪を立てたり、たたいたりした痕だ。かみつかれて血が出たこともある。
「反応すればさらに興奮するから、平然と対応するように教わった。押さえつけるわけにはいかず、他の利用者にけがをさせてもいけない。職員がけがをしてでも盾になるしかない」
約50人の利用者が暮らす入所施設で働く。担当するのは約20人いる最重度の人たち。利用者が暴れるのは毎日のことだ。
福祉を志して、今の施設に勤め始めて1年近く。理想を持ってはいるが、24時間を超える宿直が明けるとぐったりする。疲労でケアが乱雑になる日もある。
「保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳」
津久井やまゆり園で起きた事件で逮捕された植松聖(さとし)容疑者(26)は、衆院議長に宛てた手紙にそう書いた。その内容は、理解できる面もあるという。
利用者にとって本当は自宅に居るのが一番落ち着くだろうと思う。だが家族の負担は大きい。確かに疲れ切った家族はいる。身寄りのない人や、家族がほとんど会いに来ない人もいる。
「生気の欠けた瞳」という言葉には、とっさにある同僚を思い浮かべた。トラブルが続いて疲れ切った日は、自分だってそんな目をしているかもしれない。
植松容疑者は、福祉の仕事に前向きな言葉を述べたこともあったとされる。
「きれいな言葉とそうでない面と、この仕事をしていれば、ひとりの中で同居することはあるんじゃないでしょうか」
現場には、給料や労働条件からたまたま福祉を選んだ人もいる。上司は「福祉を志してきた人と、そうでない人の差が大きい」と言った。仕事は低賃金ながら責任は重く、体力と使命感が要る。
「人員がもう少しほしいというのはどこの現場でも感じていると思う。少人数の共同生活のほうが利用者も落ち着くとも、誰もが思っているのではないか」
入所者はそれぞれに強い個性を持っている。他の入所者との相性もある。だが大きな入所施設では、効率的な集団生活を重視せざるを得ない。「障害が重ければ重いほど、大きい施設は悪い環境」とまで言う。
こうした環境では、自傷や他害などの問題も増えやすい。働く人のストレスも多くなる。
少数の利用者と支援者が共同生活する「グループホーム」なら、一人一人に合わせたより手厚い支援ができる。「暴れたりパニックになったりするのも理由がある。自傷や他害のある人でも、グループホームならはるかに落ち着くはずだ」
事件をきっかけに、こうした障害者福祉のあり方も問い直してほしいと、男性は考えている。(太田泉生)
■「施設から地域へ」転換めざす
重い障害がある人たちの生活の場をめぐり、政府は2002年の計画で「施設から地域へ」と掲げた。津久井やまゆり園のような入所施設の数を最小限にとどめ、グループホームなどでの地域生活への転換を目指したものだ。
神奈川県もこの理念に沿って計画を策定。13年度末の施設入所者は5053人だが、15年3月の第4期計画では、17年度末までにこのうち535人(11%)を、グループホームや一般住宅での地域生活に移行させるとの目標を掲げた。
だが現実には、障害が重い人ほど地域生活への移行も難しいという。新たに施設に入る人も一定数見込まれ、県は、入所者数が17年度末で2%減の4935人程度になるとみている。
2016年8月19日 (金)配信朝日新聞
東北地方の重度障害者施設に勤める40代の男性の腕にはいくつも傷がある。右前腕部が多く、取材した日は赤い傷が五カ所ほど。暴れる利用者が爪を立てたり、たたいたりした痕だ。かみつかれて血が出たこともある。
「反応すればさらに興奮するから、平然と対応するように教わった。押さえつけるわけにはいかず、他の利用者にけがをさせてもいけない。職員がけがをしてでも盾になるしかない」
約50人の利用者が暮らす入所施設で働く。担当するのは約20人いる最重度の人たち。利用者が暴れるのは毎日のことだ。
福祉を志して、今の施設に勤め始めて1年近く。理想を持ってはいるが、24時間を超える宿直が明けるとぐったりする。疲労でケアが乱雑になる日もある。
「保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳」
津久井やまゆり園で起きた事件で逮捕された植松聖(さとし)容疑者(26)は、衆院議長に宛てた手紙にそう書いた。その内容は、理解できる面もあるという。
利用者にとって本当は自宅に居るのが一番落ち着くだろうと思う。だが家族の負担は大きい。確かに疲れ切った家族はいる。身寄りのない人や、家族がほとんど会いに来ない人もいる。
「生気の欠けた瞳」という言葉には、とっさにある同僚を思い浮かべた。トラブルが続いて疲れ切った日は、自分だってそんな目をしているかもしれない。
植松容疑者は、福祉の仕事に前向きな言葉を述べたこともあったとされる。
「きれいな言葉とそうでない面と、この仕事をしていれば、ひとりの中で同居することはあるんじゃないでしょうか」
現場には、給料や労働条件からたまたま福祉を選んだ人もいる。上司は「福祉を志してきた人と、そうでない人の差が大きい」と言った。仕事は低賃金ながら責任は重く、体力と使命感が要る。
「人員がもう少しほしいというのはどこの現場でも感じていると思う。少人数の共同生活のほうが利用者も落ち着くとも、誰もが思っているのではないか」
入所者はそれぞれに強い個性を持っている。他の入所者との相性もある。だが大きな入所施設では、効率的な集団生活を重視せざるを得ない。「障害が重ければ重いほど、大きい施設は悪い環境」とまで言う。
こうした環境では、自傷や他害などの問題も増えやすい。働く人のストレスも多くなる。
少数の利用者と支援者が共同生活する「グループホーム」なら、一人一人に合わせたより手厚い支援ができる。「暴れたりパニックになったりするのも理由がある。自傷や他害のある人でも、グループホームならはるかに落ち着くはずだ」
事件をきっかけに、こうした障害者福祉のあり方も問い直してほしいと、男性は考えている。(太田泉生)
■「施設から地域へ」転換めざす
重い障害がある人たちの生活の場をめぐり、政府は2002年の計画で「施設から地域へ」と掲げた。津久井やまゆり園のような入所施設の数を最小限にとどめ、グループホームなどでの地域生活への転換を目指したものだ。
神奈川県もこの理念に沿って計画を策定。13年度末の施設入所者は5053人だが、15年3月の第4期計画では、17年度末までにこのうち535人(11%)を、グループホームや一般住宅での地域生活に移行させるとの目標を掲げた。
だが現実には、障害が重い人ほど地域生活への移行も難しいという。新たに施設に入る人も一定数見込まれ、県は、入所者数が17年度末で2%減の4935人程度になるとみている。