日々

穏やかな日々を

受動喫煙の防止、東京五輪へ意欲 小池知事インタビュー

2016年08月14日 18時29分32秒 | タバコ
受動喫煙の防止、東京五輪へ意欲 小池知事インタビュー
2016年8月10日 (水)配信朝日新聞

 東京都の小池百合子知事が9日、朝日新聞のインタビューに応じ、2020年東京五輪・パラリンピックに向けたたばこの受動喫煙防止について、「何らかの制度を主催都市の責任でやるべきだ」と述べ、前向きに取り組む考えを明らかにした。

 04年のアテネ五輪以降、開催都市が罰則付きの法令を定めるなどの対応をとっている。舛添要一前知事は受動喫煙防止条例の制定に当初前向きだったが、その後「国全体で検討して欲しい」として見送った。

 小池氏は「国際標準にあわせられるよう、どのような措置が一番いいのか検討する」とし、国との連携や都としての条例化など、方策を探るという。膨張する東京大会の費用負担については、大会組織委員会や国、日本オリンピック委員会(JOC)に情報公開を求める考えを改めて強調した。

 「立ち止まって考える」と話していた築地市場(東京都中央区)の豊洲市場(江東区)への移転については、「(豊洲開場の)11月7日が迫っているからというだけの理由で結論を出すことは避けたい」と発言。関係者のヒアリングを進め、開場延期も視野に検討する考えを示した。(伊藤あずさ)
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社員の妊活、支援します セミナーや休暇制度 オフィス街で健康づくり 〈暮らしナビ

2016年08月14日 17時51分10秒 | 
社員の妊活、支援します セミナーや休暇制度 オフィス街で健康づくり 〈暮らしナビ〉
2016年7月13日 (水)配信共同通信社

 妊娠、出産、子育てしながら安心して女性に働き続けてもらおうと、不妊治療などの「妊活(妊娠・出産を目指す活動)」をしている女性社員を支援する企業の動きが広がっている。妊活に関する講座を社内で開いたり、不妊治療のための休暇制度を設けたり。オフィス街全体で働く女性の健康づくりを考える取り組みも注目されている。

 ▽知識

 「35歳前後から『卵子の老化』が始まります。妊娠したいと思われる方は、正しい妊活情報の取得とクリニックへの来院を検討してください」

 5月下旬、ロート製薬が大阪市のオフィスで開いた「女性のための社内妊活セミナー」。大阪府高槻市で不妊治療専門クリニックを開業する後藤栄(ごとう・さかえ)院長が女性社員約30人を前に訴えた。

 30代の女性社員は「妊娠の可能性が最も高いタイミングが排卵日の1~2日前という話は初耳だった。正しい知識の大切さを痛感した」と話す。

 排卵日検査薬も販売している同社が、社内向けの妊活セミナーを開くのは初めて。商品企画部の力石正子(りきいし・まさこ)部長は「子どもが欲しい社員には元気に出産して、仕事に復帰した後も長く活躍してもらいたい。社員の健康と幸せを実現するためにも、セミナーが必要だと考えた」と説明する。

 同社は社員の6割が女性で、育児休業取得率や復帰率は100%近い状況を達成できているという。子育てしながら安心して働ける環境が整ってきたので、妊活支援にも乗り出した。

 ▽治療

 埼玉県羽生市の女性会社員(25)は不妊治療を続けるため、3月に前の会社を退職した。ホルモン治療のため週に1、2度通院する必要があり、体調も不安定になりがちなためだ。前の職場では不妊治療について伝えにくい雰囲気があり、「病院に行く」とだけ上司に連絡し、仕事を抜けていたという。今は在宅勤務が主で、仕事と治療を両立できているという。

 大手企業では休暇制度を導入する例もある。IT大手のサイバーエージェントは、2014年5月に新たに策定した両立支援制度の一つとして、不妊治療中の社員が通院のために利用できる特別休暇を導入した。対象の女性社員は約700人で、月に10件程度の申請がある。

 富士ゼロックス(東京)は不妊治療を目的とした「出生支援休職制度」を導入。毎年1~6人の利用実績があるという。

 ▽長時間労働

 日本有数のオフィス街、東京・丸の内周辺の開発を手掛ける三菱地所は、14年度と15年度に20~30代の働く女性を対象に健康状態を調査する「まるのうち保健室」の取り組みを実施。長時間労働による欠食が不妊に関係している可能性が示唆された。

 報告書によると、体重(キロ)を身長(メートル)の2乗で割った体格指数(BMI)が、痩せ傾向で不妊につながる恐れがあるとされる19未満の人は、14年度に参加した749人の3割に上った。長時間労働で深夜に食事をして胃もたれを起こし、朝食を抜くことでエネルギーや栄養素が不足することなどが原因と考えられるという。

 同社はことし8月から3カ年かけて食事、運動、睡眠の生活習慣の改善策を確立する方針。丸の内の周辺企業にも参加してもらい、「朝食を食べる」といった日常生活に取り入れやすい項目から取り組む。
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トヨタ、不妊治療支援へ 1月めどに休暇制度導入

2016年08月14日 17時47分43秒 | 医療情報
トヨタ、不妊治療支援へ 1月めどに休暇制度導入
2016年8月8日 (月)配信共同通信社

 トヨタ自動車が来年1月をめどに、不妊治療を受けるための新たな休暇制度を導入することが5日、分かった。年間5日程度の休暇を取得できるようにし、その間は無給とする方向で労働組合側と調整している。仕事と出産の両立を支援して人材確保につなげる。

 大手企業を中心に「妊活(妊娠・出産を目指す活動)」をしている女性社員を支援する取り組みが増えており、トヨタが導入すれば同様の動きが加速しそうだ。富士ゼロックスやIT大手のサイバーエージェントなどは、既に支援策を採用している。

 トヨタは、8月中をめどに在宅勤務制度を大幅に拡大することも検討している。人口減少に伴う人手不足が懸念される中で、優秀な社員が子育てや介護などを理由に離職するのを食い止める考えだ。
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人材獲得へ中小企業

2016年08月14日 16時58分50秒 | 
「ホワイト」をアピール 人材獲得へ中小企業 「スクランブル」
2016年7月13日 (水)配信共同通信社

 中小企業が採用活動で、休暇が取りやすい、子育て中の社員に優しいなど「ホワイト企業」をアピールする動きが広がっている。賃金の水準や事業の多様さなどで大手をしのぐのが難しい中で「働きやすさ」を訴え、優秀な人材を獲得していきたいとの考えだ。

 小回りが利き、トップの判断で職場の環境を思い切って変えることも可能な中小の利点を生かせる面もある。社員の定着率ややる気を高める効果もあり、業績拡大につながる例も出始めた。

 ▽変わる働き方

 従業員数30人で玩具卸売業を営むマイルストン(横浜市)は、午前7時半~午後3時半の早朝シフトを導入した。上野陽一(うえの・よういち)取締役は「夕方の習い事や週末の海外旅行に便利だと好評」と話す。

 他にも有給休暇の100%取得や時短勤務者の採用を進め、出産を機に退職した女性技術者や、休暇取得を当然の権利と考える外国人の新卒者を集めた。

 いずれも、大手と同じ勤務条件で募集しても、優秀な人は来てくれないとの危機感からだ。良い人材を得たことで提案型の「攻めの営業」の力が強まり、ここ数年の売上高は毎年15~20%増えているという。

 印刷業のインターリンク(東京)は2012年に2代目の竹長剛(たけなが・ごう)社長が就任し、働きやすい職場作りを始めた。残業のある社員に正午出社を認め、出産・育児との両立も積極的に勧めた。この結果、12年までゼロだった育児休業取得者が一挙に3人も出た。

 来春卒業予定者の新卒採用では、数人の枠に大学生ら約4千人が集中した。11年に25人だった社員数は40人を超え、売上高も12年の6億円超から16年は11億円に伸びた。採用担当者は「トップ交代で働き方が大きく変わった」と話す。

 ▽求人難

 だが、千人単位で学生を採用するなど、業績を回復した大手企業が採用を拡大したため、中小の採用は厳しくなる一方だ。

 日本政策金融公庫によると、経営課題に「求人難」を挙げる中小は16年1~3月期、全体の26・3%に上り、1990年代前半のバブル期以来の高いレベルとなった。特に地方都市は、中小の割合が高く地元経済への影響も深刻だという。

 同公庫の海上泰生(うなかみ・やすお)主席研究員は「顧客の需要は高まっているのに、中小は規模拡大のための人材が足りず成長の機会を逃している」と分析する。

 それでも、リクルートキャリア・就職みらい研究所の岡崎仁美(おかざき・ひとみ)所長は「学生は男女ともに、子育てや趣味と仕事を両立させたいとの考えが強まっている」と指摘。中小でも働きやすさで特色を出せば、採用を優位に進められるとみている。
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男性の育児に対する意識を変える必要がある、全くそのとおり。

2016年08月14日 16時51分09秒 | 医療情報
母は「学校行事」で有休 共働きでも理由に男女差
2016年8月9日 (火)配信共同通信社

 子どものために休むのは母親ばかり―。共働きで子育てする会社員を対象にした第一生命経済研究所の調査で、有給休暇の取得理由第1位は、女性が「学校行事」だったのに対し、男性は「家族との旅行・レジャー」だったことが8日までに分かった。「子どもの病気」を理由にした取得でも男女差は大きく、子育て負担が女性に集中していることがうかがえた。

 調査は大学生までの子どもがいる20~50代の正社員を対象に昨年11月に実施、配偶者が正社員の男女980人の回答を分析した。

 有休取得の理由を複数回答で尋ねると、女性では「子どもの学校行事(授業参観やPTA活動など)」が62・9%と最も多かったのに対し、男性は29・9%。「子どもの病気・けがの看病、通院」を理由に休む女性は35・9%いたが、男性は15・3%にとどまった。

 調査した的場康子(まとば・やすこ)上席主任研究員は「女性が働き続けるためには職場環境だけでなく、男性の育児に対する意識を変える必要がある」と指摘している。
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雨のないこの夏の心配

2016年08月14日 15時57分19秒 | 
夕立が来なくなって何年経つのだろう。
入道雲がなくなった。
したがって、千切れ雲、綿雲がなくなった。
数年前、飛行機で、入道雲を見た。
下は地上近く、上は飛行機すれすれ。
ずいぶん大きいな~
すごいなあ~
と思いながら、飛行機の小さな窓から、入道雲のもこもこを眺めた。
下から眺めれば、空の多くを覆う、大きな入道雲だろうか?
雨雲に発展する、
或いは、夕立を起こし、或いは、雷を起こす、雲になっただろうか?

子どもの時の夕立に心地よく濡れながら走った思い出
今の子供にはなしだね。
山陰でも、梅雨以外は傘なしで行けるね。
少し前までは、弁当忘れても、傘忘れるなって言ってたのにね~

ほんと、雨がないね~
庭はからから、ホトトギスが枯れているよ。

家近くの、朝顔と、ツツジと、ルリ柳に、水をかけているけど、
水不足のニュースって聞かないね。
大丈夫なんだね~

やっと、探し当てました。
我が家近くにも柿原ため池がありました。
[かきばらためいけ] 竣工[1953→2009] 堤高[17→23.9] 堤体積[102→139] 流域面積[2→1] 総貯水容量[1390→1290]


水道水源の貯水状況について
2016年 08月 10日

 松江市では梅雨明け以降、降水量の少ない状況が続いており、市民の皆様からご心配の声もいただいておりますが、8月10日現在、自己水源の千本ダム(59%)、大谷ダム(60%)、柿原ため池(66%)のほか、尾原ダム(63%)、布部ダム(65%)、山佐ダム(100%)の貯水量を確保していますので、安心して必要な水道水をお使いください。
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(リレーおぴにおん)炎暑こそ:3 ヒトの適応力、追いつかない 長谷川眞理子さん

2016年08月14日 15時41分34秒 | 
(リレーおぴにおん)炎暑こそ:3 ヒトの適応力、追いつかない 長谷川眞理子さん
2016年8月9日 (火)配信朝日新聞

 暑さと寒さ。生物にとってどちらが適応が難しいかといえば、暑さです。

 哺乳類の体温調節を考えると、寒いときは地中に潜ったり何かをかぶったり、行動で対処できる。でも、暑いときに体温を下げるのはハアハア息をする程度で、やりようがありません。

 ところが、ヒトは、大量に汗をかくことでその蒸発熱で体温を下げることができる、珍しい動物です。ウマも汗をかきますが、ヒトは毛がないので、水のような汗をかく。炎天下のサバンナでもトコトコと歩いて獲物を追い、植物を探す。暑さに対してそういう特殊な適応をした、哺乳類の中でも変わった生き物といえます。だからこそ、マラソンもできるんです。

 同じ霊長類の仲間でも、サルやチンパンジーはそんなふうに汗をかけません。暑い盛り、彼らにできることは、木陰でじっと座っているだけです。

 ヒトには、涼しくするための技術もあります。気温が50度近いところなど、風土に合わせて生きていける文化もある。暑さへの適応は本来は得意なはずです。なのに、体温が上がりすぎて熱中症になる人が増えている。その意味を考える必要があると思います。

 環境変化のスピードが速すぎて、対応できなくなってきたのかもしれません。都市は冷房の排熱などでヒートアイランド化し、自分で自分を暑くしている面もあります。子犬が自分で自分のしっぽを追いかけているみたい。とくにこの10年くらいでしょうか、私がいる大学のある神奈川県の葉山でも、エアコンが必要になってきました。

 人工的な環境のなかで暮らし、自然の変化を感じ取れなくなった。対応が遅れることもあるでしょう。

 地球規模でみても、温暖化は生き物に大きな影響を与えつつあります。国連が2001~05年に行った「ミレニアム生態系評価」によると、北半球の99種の鳥やチョウ、高山植物の生息地は10年で平均して6・1キロ北に移動しました。122種の植物やチョウ、鳥、両生類が春に出てくる時期は、2・3日早まった。暑くなっても身体は急に変われず、逃げるしかない。

 地球のあちこちで、こうした生息域の変化が起き、生物が絶滅の危機にある。水や物質の循環、そして生態系全体が変わったとき、いったいどうなるのか。実は生態学者にもわかっていません。しかも何万年もかけてできたシステムが100年、200年という時間で変わるかもしれない。いずれ安定するにしても、その過程で破壊的な変化が起きないか。それもわからない。

 そんな地球の行く末に想像をめぐらせば、背筋がちょっとひんやり?(聞き手・辻篤子)

     *

 はせがわまりこ 進化生物学者 1952年生まれ。2006年から総合研究大学院大学教授。近年の研究テーマは人間の進化と適応。著書に「クジャクの雄はなぜ美しい?」ほか。
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毎朝ベッドでがんを叱った 死より怖い廃業の2文字 落語家林家木久扇さん 「医療新世紀」

2016年08月14日 15時35分07秒 | 
毎朝ベッドでがんを叱った 死より怖い廃業の2文字 落語家林家木久扇さん 「医療新世紀」
2016年8月9日 (火)配信共同通信社

 しゃべって客を笑わせてこその落語家が、喉頭がんで声を出せなくなった。死よりも、脳裏をよぎる「廃業」の2文字が恐怖だったという林家木久扇(はやしやきくおう)さん(78)。それでも転んだままではいない闘病ぶりは、どこか落語の登場人物も思わせる。

 おととし(2014年)の6月末です。変に声がかすれまして。近所の内科で風邪薬を処方してもらったけど治らない。うちのおかみさんが「お父さん、風邪じゃないわよ。ちゃんと調べてもらった方がいいわ」と言うんで7月に大学病院で内視鏡検査を受けたら、喉頭がんとの診断でした。

 ▽おかみの日記
 僕は2000年に胃がんで胃の3分の2を切除したり、39歳で腸閉塞(へいそく)になって「生還率50%」と言われたり、いろいろ経験しましたが、いつもおかみさんの対処が早いおかげで助かってきた。克明に日記をつけていて、僕の体調の悪さはあの時と似てるとか、読み返して処置を考える。今度もそれがよかったんです。

 2度もがんになってびっくりしましたが「死ぬのか」ということはあまり考えませんでした。
 これは戦争と関わりがありましてね。生家は東京の日本橋で僕が小学校1年生の時、毎晩のように空襲がありました。焼夷(しょうい)弾でそこらじゅうが燃え、消防車が走り回っても消せない。そのうち消防車まで燃えて。大勢の人が日々、死と背中合わせでした。あの恐怖と比べたら、病気で死ぬかもしれないとしても自分の体の中だけのこと。大したことねえやって。

 ▽17人養える?
 だけど声が出ないのがこんなに大変とは思わなかった。かすれちゃって意思が伝えられないし、しゃべる商売で声が出ないんじゃ...。僕の稼ぎが頼りのお弟子さん10人に家族7人。ずっと出なかったら何の商売をしようか。そう考えるだけで切なかったですよ。
 幸い、リニアックという10億円もする装置で放射線治療を週5日、7週間受けて、9月初めにがんは消えました。でも声は出ないまま。あの頃が一番怖かった。僕のライフワークの番組、笑点(日本テレビ系)は結局9週間休みましたが、僕の空席に桂文珍(かつら・ぶんちん)さんが座ってしまうんじゃないか、(春風亭(しゅんぷうてい))小朝(こあさ)さんかと気が気じゃなかった。
 声が出たのは9月21日。おかみさんに「おはよう」と言われて何の気なしに「おはよう」と。「お父さん、声が出たわ。みんな来て」。涙ぐむおかみさんを見て「ああすまなかった」と思いました。

 ▽おかしがって
 喉が駄目な間も、負けるもんかって、絵や文章の仕事は積極的に受けました。それと毎朝、がんを叱っていました。病気で体が衰えたとき「もう駄目か」なんて独り言を言うとすごく気分が落ち込みますよね。それは全身の毛穴が聞いてるからじゃないかと。ならば逆に叱りつけてやれって。
 落語家ですから独り言は上手です。ベッドに腰掛けて「おい、がん。何で俺の体の中にいるんだ。喉は俺の商売で一番大事な所だ。俺一人で生きてるんじゃない。養ってる家族や弟子もいるんだ。出てってくれ」って。ばかばかしいですがとお医者さんにこれを話したら「とてもいいことだ」と言われましたよ。
 僕は何でも面白がるってことはあります。胃がんの時、点滴しながらテレビに出演して大変でしたが、遠くから自分を見ておかしがってるようなところもあった。問題にぶつかると「どう裏をかいてやるか」と思うし、人の顔を見れば何を売って稼ごうかと考えます。ひょっとして、これもよかったんですかね。

 ※喉頭がん
 喉頭はいわゆる喉仏に当たる部分で、声帯を含む。声帯にがんができるとほぼ確実に声がかれる。喉頭がんの発生率は10万人に3人程度と少なく、男女比は10対1と男性に多い。早期に発見すれば声を失わずに治すことも可能。

▽林家木久扇さん略歴
 1937年東京生まれ。工業高校卒業後、会社勤めと漫画家清水崑(しみず・こん)門下生を経て落語家に。73年林家木久蔵(はやしや・きくぞう)として真打ち昇進。2007年木久蔵を長男に譲り自身は木久扇(きくおう)に。得意の漫画、絵画の作品多数。ラーメン販売事業も展開する。
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闘病の父へささげる入賞 勇気くれた「頑張れ」

2016年08月14日 15時22分40秒 | 医療情報
闘病の父へささげる入賞 勇気くれた「頑張れ」
2016年8月9日 (火)配信共同通信社

 「頑張れ」。日本から届いた映像の中で、闘病中の父は不自由な口を懸命に動かしていた。重量挙げ女子58キロ級の安藤美希子(あんどう・みきこ)選手(23)が初めての五輪で5位入賞を果たした。父美生(よしお)さん(60)は脳出血で倒れ、千葉県白井市の自宅と施設を行き来してリハビリを続ける。試合前に見たメッセージに勇気づけられ、夢の舞台で躍動した。

 美生さんが倒れた時、安藤選手は小学1年だった。緊急手術を終え、頭に包帯を巻いて運ばれてきた姿を見て「ワー」と大泣きした。一命は取り留めたものの、右半身が不自由になり、失語症で言葉が聞き取りづらい。

 安藤選手は埼玉栄高校で競技を始めてすぐに頭角を現した。五輪出場は家族の希望となった。

 だが、2012年のロンドン五輪は、同学年で仲のいい八木かなえ(やぎ・かなえ)選手(24)や水落穂南(みずおち・ほなみ)選手(23)が代表の座を獲得する一方、安藤選手は落選。「悔しくなかった」と強がるが、母貴子(たかこ)さん(59)は「家でぼろぼろ泣いていた」と明かす。

 失意のどん底にあった安藤選手を立ち直らせたのは、美生さんが買ったお守りだった。代表になれるよう、安藤選手に内緒のまま、貴子さんと2人で奥日光まで買いに行った。落選確定後、初めてそのことを聞いた安藤選手は「頑張る」と貴子さんにぽつり。リオ五輪への出場を心に固く誓い、実現させた。

 「とりとめのない愚痴を、聞いてくれる」。美生さんへの感謝を口にする。好成績にも「上位と比べ、レベルが低い」と浮かれることはない。リオデジャネイロは遠く、父を連れてこられなかった。4年後の東京五輪。近くでさらに活躍する姿を見せることが、次の目標だ。(共同=酒井沙知子)
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象徴としてのお務めについての天皇陛下お言葉(全文)

2016年08月14日 11時35分55秒 | 
象徴としてのお務めについての天皇陛下お言葉(全文)
2016年8月9日 (火)配信朝日新聞

 (宮内庁8月8日発表・全文)

 戦後七十年という大きな節目を過ぎ、二年後には、平成三十年を迎えます。

 私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。

 本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

 即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。

 そのような中、何年か前のことになりますが、二度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。

 私が天皇の位についてから、ほぼ二十八年、この間(かん)私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行(おこな)って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

 天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

 天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二ケ月にわたって続き、その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が、一年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

 始めにも述べましたように、憲法の下(もと)、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。

 国民の理解を得られることを、切に願っています
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(象徴天皇のこれから:1)「象徴」とは、追求の末 8年ほど前、陛下「先のこと」言及

2016年08月14日 11時33分37秒 | 
(象徴天皇のこれから:1)「象徴」とは、追求の末 8年ほど前、陛下「先のこと」言及
2016年8月9日 (火)配信朝日新聞

 「生前退位」の意向を周囲に示していた天皇陛下が、自らの思いをビデオメッセージという形で広く国民に問いかけた。国内外に大きな反響を呼んだ「お気持ち」は、限られた人数の間で静かに検討が進められてきた。

 「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」。天皇陛下はビデオメッセージで、象徴天皇としての率直な思いを明かした。かねて近しい人たちには同様の思いを伝えてきたという。

 「常に先のことを見越して判断することが大切だと思います」。象徴天皇として自らはどうあるべきか。親交のある男性に、陛下は理想とする姿を切々と語った。「先のこと」には、皇室の将来への思いがにじむ。8年ほど前のことだ。

 同じ頃、陛下は変調を訴えた。ストレスによる胃腸炎と診断され、宮内庁幹部が「心労や心痛をじっと耐えていらしたと思う」と明かすなど、体調不良が表面化した時期だった。

 陛下は新憲法下で即位した初の天皇だ。憲法で「国民統合の象徴」と定められたが、具体的にどうあるべきかの定義はない。「陛下はきまじめすぎる性格。理想の天皇像を常に追い求めていたのでは」。幼少時からの同級生はそう語った。

 陛下は年齢を重ねるうち、不調を訴えるようになった。12年には心臓の冠動脈バイパス手術を受けた。「常に満身創痍(まんしんそうい)」(宮内庁関係者)で、疲労が色濃い姿が見受けられるようにもなった。

 ■宮内庁、内々に検討会

 体調が懸念される中、陛下は、退位について言及するようになった。宮内庁の風岡典之長官によると、陛下は5年前から、幹部や側近に「象徴としての務めを果たすことが困難となった場合に、どのように考えればよいのか」と折に触れて伝えていたという。2011年3~5月、7週連続で東日本大震災の被災地や被災者を見舞うなど、疲労が蓄積していたころだ。

 宮内庁は「年齢にふさわしい公務のあり方」を模索し、即位20年の09年に陛下の式典でのお言葉を原則なくすなどの軽減策を打ち出すものの、陛下はそのつど難色を示し、天皇としての務めを果たせなくなれば退位も辞さないとの考えを示すようになっていった。

 一方、その間にも、昨夏の全国戦没者追悼式では陛下が段取りを誤り、同10月に富山県で開かれた全国豊かな海づくり大会では式典中に段取りを確認して進行が遅れる場面があった。陛下は自らの体調に不安を強めていったとされる。

 宮内庁幹部や側近はこうした状況を踏まえ、今年に入って内々に検討会を始めた。宮内庁OBを交え、歴代天皇の退位の先例、外国王室の事例などを検討。首相官邸にも、陛下の意向を踏まえた検討内容として報告してきたという。

 「陛下は周囲が説得しても、お若い頃と同じ高度で飛び続けようとされる。それなら譲位も含め、選択肢を増やそうというのが支えるものの総意だった」と宮内庁関係者は明かす。

 風岡長官によると、陛下の意向を踏まえ、象徴のあり方についてのお気持ちを公にすることを昨年から検討。年末の陛下の誕生日会見で表明する案もあったが、宮内庁内での検討を優先すべきだとの意見があり、今年に入って公務との兼ね合いを見ながら日程を再度調整された。記者会見も検討されたが、テロップを付けるなどして多くの人たちに見てもらうことを考慮し、ビデオメッセージに決まったという。

 (島康彦)

 ■お気持ち文言、官邸と調整

 「陛下には、生前退位への強い思いがあると受け止めざるを得ない」。8日夕、天皇陛下のお気持ちを聞いた官邸幹部は、そう語った。

 首相官邸では、天皇陛下が生前退位の意向を持っていることが7月中旬に報道された後も、制度導入への慎重論が多かった。菅義偉官房長官は陛下の意向について「全く把握していない」と強調。安倍晋三首相の周辺は「陛下の意向を受けて検討に動けば、政治的行為になりかねない。天皇の位はこれまで通りの世襲しかない」と語っていた。

 今回の天皇陛下のお気持ち表明をめぐり、複数の政府関係者は首相官邸と宮内庁で事前に文言を調整したと明かす。

 「陛下の気持ちが強くて止められない」。ある官邸関係者は8月初旬、官邸幹部からこんな話を聞かされた。宮内庁が示したお気持ちの原案では生前退位により強い意向が示されていたが、事前調整で抑制的になったとも聞いた。首相周辺によると、宮内庁と官邸で1週間ほど前から調整を始め、3、4回ほど文案の往復があったという。「お気持ち表明は政治的になるのではないかという危惧があった」と話す。

 宮内庁以外の政府関係者によると、天皇陛下の生前退位を望む意向が政権中枢に伝えられたのは民主党の野田内閣の頃だったという。当時は天皇の公務の負担軽減にテーマが絞られ、有識者ヒアリングを通じて女性宮家創設などの論点整理がなされた。しかし、2012年末の衆院選後に政権復帰した自民党の第2次安倍内閣では、表だった議論はなされなかった。

 その後、13年11月に天皇、皇后両陛下が自身の葬儀などへの「お気持ち」を公表した。首相に近い閣僚経験者は、その時点で「安倍政権が陛下の退位に正面から向き合い始めた」と指摘する。ただ、天皇の退位のあり方が本格検討された形跡はうかがえず、内閣官房の皇室典範改正準備室は女性宮家創設を主なテーマとして検討を進めた。

 自民党の幹事長経験者が語る。「今の安倍政権には皇室問題に一家言ある人が多い。それもあって、柔軟な対応ができていないのではないか」

 (岩尾真宏)

 

 ■即位後の27年6カ月にわたる天皇、皇后両陛下の主な公務

内閣からの上奏書類への署名・押印   29498件

認証官任命式              2532人

信任状捧呈(ほうてい)式         819人

勲章親授式                916人

勲章受章者らからの拝謁(はいえつ)   2083件

外国元首・王族との会見          333件

離任外国大使夫妻らの引見        1051件

国内訪問                2080件

宮中祭祀(さいし)            820件

 (今年6月末現在、宮内庁まとめ)

 

 ■天皇陛下の公務の日数(宮内庁まとめ)

2015年 261/365(72%)

  14年 251/365(69%)

  13年 274/365(75%)

  12年 242/366(66%)

 〈全国1741市町村(東京23区含む)のうち即位後に天皇、皇后両陛下が訪れたのは535市町村。訪問件数は年平均75.4件〉
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