「ほめ言葉」にも原則ある 香山リカのココロの万華鏡
2016年8月23日 (火)配信毎日新聞社
最近、男性の外見をほめるときに「イケメン」という単語がよく使われる。五輪中継を見ていても、時々スタジオでアナウンサーが「彼はイケメンランナーとしても人気です」などと言っている。一方、女性は昔から変わらず「美人アスリート」「美しすぎるスイマー」などと称される。
この「イケメン」にしても「美人」にしても、基本的にはほめ言葉なのだから、と使うほうも遠慮がない。しかし、言われるほうはどうなのだろう。
私の友人で、目鼻立ちがはっきりしていて背も高く、何度もタレントプロダクションからスカウトされたことがあるという女性内科医がいる。あるとき地元の健康講演会で講師を務めたが、閉会時に司会がこう言った。「今日のテーマは『高血圧の予防』でしたが、先生があまりに美しいので、先ほどから私の血圧は上がりっぱなしです」。会場は笑いに包まれたが、友人はがっかりしたそうだ。「一生懸命、高血圧を防ぐための運動や食事について話したのに、その意味はなかったと言われた気がした」
五輪選手はどうなのだろう。外見のことより競技の内容や結果について話題にしてほしい、と思う人もいるのではないか。ごくまれに「美しさを保つ秘訣(ひけつ)は?」といった場違いな質問をしているインタビュアーもいるが、いまレースや試合が終わったばかりなのに、とがっかりする人、「恋人は?」といった私生活に関する質問を不快に感じる人もいるのではないか。
もちろん、スポーツ選手がひとつの道に精いっぱい打ち込む姿はとても美しい。それをほめようとして「イケメン」「美人」という言葉が出てきてしまうことじたい、とがめるつもりはない。とはいえ、あることで真剣に勝負している人にそれとは関係のない外見のこと、私生活のことでコメントや質問を繰り返すのは、ハラスメントになることもある。たとえそれが悪意にもとづく否定的な言葉でなくても、あまりにしつこく繰り返すのは、セクハラと言ってもよい。
「走るフォームが美しい」はよくて「タレント並みの美貌」はよくない。「なんだか面倒くさいな」と思う人もいるかもしれないが、ちょっと考えればわかるはずだ。男だから女だからとか、外見がどうかといったことを忘れてがんばっている人に対しては、そのことは話題にしない。その原則をきちんと押さえ、あとはおおいにすばらしさをたたえれば、それでよいのだ。(精神科医)
2016年8月23日 (火)配信毎日新聞社
最近、男性の外見をほめるときに「イケメン」という単語がよく使われる。五輪中継を見ていても、時々スタジオでアナウンサーが「彼はイケメンランナーとしても人気です」などと言っている。一方、女性は昔から変わらず「美人アスリート」「美しすぎるスイマー」などと称される。
この「イケメン」にしても「美人」にしても、基本的にはほめ言葉なのだから、と使うほうも遠慮がない。しかし、言われるほうはどうなのだろう。
私の友人で、目鼻立ちがはっきりしていて背も高く、何度もタレントプロダクションからスカウトされたことがあるという女性内科医がいる。あるとき地元の健康講演会で講師を務めたが、閉会時に司会がこう言った。「今日のテーマは『高血圧の予防』でしたが、先生があまりに美しいので、先ほどから私の血圧は上がりっぱなしです」。会場は笑いに包まれたが、友人はがっかりしたそうだ。「一生懸命、高血圧を防ぐための運動や食事について話したのに、その意味はなかったと言われた気がした」
五輪選手はどうなのだろう。外見のことより競技の内容や結果について話題にしてほしい、と思う人もいるのではないか。ごくまれに「美しさを保つ秘訣(ひけつ)は?」といった場違いな質問をしているインタビュアーもいるが、いまレースや試合が終わったばかりなのに、とがっかりする人、「恋人は?」といった私生活に関する質問を不快に感じる人もいるのではないか。
もちろん、スポーツ選手がひとつの道に精いっぱい打ち込む姿はとても美しい。それをほめようとして「イケメン」「美人」という言葉が出てきてしまうことじたい、とがめるつもりはない。とはいえ、あることで真剣に勝負している人にそれとは関係のない外見のこと、私生活のことでコメントや質問を繰り返すのは、ハラスメントになることもある。たとえそれが悪意にもとづく否定的な言葉でなくても、あまりにしつこく繰り返すのは、セクハラと言ってもよい。
「走るフォームが美しい」はよくて「タレント並みの美貌」はよくない。「なんだか面倒くさいな」と思う人もいるかもしれないが、ちょっと考えればわかるはずだ。男だから女だからとか、外見がどうかといったことを忘れてがんばっている人に対しては、そのことは話題にしない。その原則をきちんと押さえ、あとはおおいにすばらしさをたたえれば、それでよいのだ。(精神科医)