[検証コロナ 次への備え]発熱患者 80病院受け入れず
2020年7月18日 (土)配信読売新聞
都心から車で1時間、東京西部にある八王子市の南多摩病院に異変が起きたのは4月初め。地域医療の中核であるこの民間病院に、50キロ離れた23区から救急受け入れ要請が相次いだ。
4月10日は世田谷区から。午後9時24分、40歳代男性。「すでに80回以上断られている」。救急隊は困惑していた。発熱と息苦しさがあり、新型コロナウイルス感染症が疑われた。
「こんなことは初めて。病院がひしめく23区に病床がないはずはないのに」。益子邦洋院長はいぶかしがった。病床がいっぱいで断らざるを得なかった。
同じ日の午後10時22分、八王子から遠く離れた板橋区にある日大板橋病院にも世田谷から要請があった。通常は担当外の地域だ。
感染が広がっていた春頃、要請は増えていたが、4月は半分断っている状態だった。その多くがコロナ疑い患者で、この日は6件ほどあったが、受け入れ準備ができておらず断った。「世田谷のケースの30分前にも、別の要請を受けたばかりでした」。同病院総合科の高山忠輝教授は話す。
都内には、いわゆる「たらい回し」を5回程度に抑える「東京ルール」があるが、それは破綻していた。
患者増 救急ルール崩壊…軽症者の自宅待機続出
救急の受け入れを何十回も断られるという事態は、「東京ルール」が守られれば起きないはずだった。5回以上断られたか、20分以上搬送先が決まらない場合、地区ごとにあらかじめ決めた病院が受け入れ先を探し、見つからなければ自ら引き受ける――本来はそういう決まりだからだ。
新型コロナウイルスの感染が拡大し、発熱した「コロナ疑い」患者が80回以上断られた4月10日、東京の感染者は、その3日前に比べ倍増していた。
「当時、何十回も断られるケースには、実は軽症が少なくなかった。結局、自宅に戻った例もある」。杏林大病院(東京都三鷹市)の山口芳裕・高度救命救急センター長は明かす。
急患といっても命にかかわる重症者ばかりではない。重症でなければ病院は、どこかが受け入れるだろうと考えがちになるという。当時、防護具も感染症対策の知識も乏しい中、コロナに似た風邪のような症状の患者は、近くの開業医で診てもらえないことも多かった。
東京だけにとどまらない。同9日には、全国の救急医からなる日本救急医学会などが声明を発した。
「救急医療の崩壊をすでに実感している」
大阪でも中小の救急病院がコロナ疑い患者を避ける傾向があった。府の救急医療対策審議会で会長を務める嶋津岳士・大阪大教授は病院側の事情を説明した。
「コロナだった場合、十分な対応ができずに院内感染が起こったり、医療従事者が感染したりするリスクがあるためだ」
感染が拡大するなか、多くの人が不安から診療を求め、医療側は未知のウイルスに警戒感を抱く。開業医、地域の病院、大病院の役割分担は崩れ、患者は行き場を失い「難民」に――。
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4月10日夜、東京・西新宿の都庁。厚生労働省と東京都の医療担当幹部が顔を合わせた。都内の主な保健所長も加わり、場の空気は張り詰めていた。
都内の入院患者数と感染の届け出人数が合わない。入院していない感染者は、どこにいるのか――。厚労省側が都側を問い詰めるような雰囲気だったという。
保健所長らが口々に実情を話した。「入院先がないので、自宅待機になっています」。軽症者のホテル療養は、この3日前に始まったばかり。それ以前に、自宅待機を余儀なくされる感染者、感染疑いの患者が続出していた。
「都は把握していなかったようだ」。ある出席者はそう話した。
予想を超えたスピードの感染拡大は、準備不足に乗じてシステムを疲弊させ、現状把握すら難しい状況に関係者を追い込んだ。
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感染の波が、都市部を中心に広がっている。「たらい回し」や自宅で待機する患者が続出した4月とは異なり、都内では今、軽症者が病院のベッドを埋める事態が起きている。
感染者の7割が20~30歳代で、患者は軽症の人が多い。軽症者の療養場所となるホテルは6月末まで1150人分確保されていたが、現在は5分の1に縮小。そんな中での軽症者急増に、対応が追いつけていない。
都の対策本部にも携わる山口センター長によると、現在、すぐに使える病床は1500床程度で、すでに836床は埋まっている。
「このままでは、重症者や、重症化しやすい高齢の感染者など、本当に入院が必要な患者が増えてきたときに受け入れられない」。山口センター長は危機感を募らせている。