酵母によって体内でアルコールが醸造される
2013年に報告された米国の症例では、テキサス州に住む61歳男性が、アルコールを飲んでいないのに、酩酊のような意識障害を呈して救急外来に搬送されました2)。妻や病院の医師は、彼が本当は酒を飲んでいるのではないかと疑い、呼気中アルコール濃度を測定したところ、米国の飲酒運転の法的上限である0.08%を大きく上回る、0.33~0.40%のアルコールが検出されました。そこで、携帯品を一切持ち込ませず、病院の一室に24時間隔離した上で、血中アルコール濃度を測定した結果、食後の血中アルコール濃度が0.12%に達していました。食事には、添加物にアルコールがわずかに含まれていたのみでした。この患者さんの便からはサッカロミケス(Saccharomyces cerevisiae)というイースト菌の一種が検出され、炭水化物の発酵が腸内で起こっていることがわかったのです。
1976年に日本で報告された症例は、24歳女性で、炭水化物を食べると酒に酔ったような症状が出るというものでした。患者さんからは、Candida albicansとCandida kruseiという真菌が検出され、抗真菌薬を使用することで症状は消えたそうです3)。
いくつかの報告を見たところ、現状では、特定された真菌は酵母のことが多いようですが、他にも原因となる微生物があると思われます。
腸内細菌のバランスの乱れが原因に
自動醸造症候群を起こす患者さんにはどのような傾向があるのでしょうか。アラブ首長国連邦で一般人1557人の血液を調べた研究では、正常で健康な腸内細菌をもつ人にはこの現象はほぼ起きないことがわかっています4)。
しかし、この調査では、血中アルコール濃度が3.52mg/dLある人も見つかっています。飲酒の習慣がないアラブの国で、これほど高い数値となる人がいることを考えると、わかっていないだけで、一般人の中にも自動醸造症候群は思った以上に隠れているかもしれません。
自動醸造症候群の患者さん28人と正常人とを比較した報告がありますが5)、自動醸造症候群の患者さんは、より口臭が強く、下痢の頻度が高く、より長期間の抗菌薬使用がある、といった傾向がわかっています。
前述の、テキサス州の61歳男性も、自動醸造症候群と診断される6年前に骨折で手術を受け、そのときに大量の抗菌薬が投与されていました2)。
また、小腸の壊死などで大量に小腸を切除した短腸症候群の患者さんは、栄養障害が起こり、腸内細菌のバランスが崩れやすくなり、自動醸造症候群の原因となり得ることが知られています。
2001年に報告された13歳の患者さんは、アルコールの摂取がないにもかかわらず、酒に酔ったような症状を呈し、血中アルコール濃度の上昇も見られ、「自動醸造症候群」と診断されました6)。この患者さんは、新生児期に広範囲の小腸切除を受けており、便からはCandida GlabrataやSaccharomyces cerevisiaeが検出されています。
この稀な現象が起こってしまった場合、体内の酵母を抗真菌薬で減少させることと、低糖質・低炭水化物の食事を摂ることで、アルコールが“醸造”されることによる酩酊症状を抑えられることがわかっています。最近では、腸内細菌のバランスが崩れたときに、健康な他人の便を移植する、という治療法も行われています。
ちなみに、慢性疲労症候群は、便中の真菌が増加し、アルデヒドが増加するという報告があります7)。あくまで推測ですが、真菌によりアルコールがつくられ、酔っぱらって疲労したような症状を覚えるのかもしれません。